ぱらり、と紙が捲れる微かな音。
それが断続的に室内に響く。窓から差し込む太陽の日差しだけで部屋の中が明るくなってしまうくらいの、小さな
部屋。
その部屋の片隅に置かれた古惚けた小さな本棚。
本棚の脇に座り込み、手にしている表紙の字が読めなくなってしまっている程古惚けた表紙の本をまたぱらりと
捲る。そうした動作を繰り返していくうちに、不意に開いていたページに影が落ちたことに気が付き顔を上げると、
そこには見慣れた赤が視界に入ってきた。
何時もながら、不機嫌そうに刻まれている眉間の皺。
自分と同じ色をした翡翠色は何をしているんだと訪い掛けて来ているような気がしたので、本をぱたりと閉じてそ
のまま彼に差し出した。

「それ、多分アッシュの事だ」

「一体何なんだ、これは」

「ん〜・・・。アッシュの成長日記じゃん?」

「俺の・・・?」

座り込んだ体勢で本棚の中を物色しながら言うルークにアッシュは僅かに首を傾げた。

確かに見る限り自分に関る過去の出来事が事細かく綴られていた。
母親がつけていた日記帳なのだろう。流暢な字で日付や天候なども記されてあった。

ページを捲り進めていけば、ギリギリ記憶に引っ掛かる内容が綴られていたりして思わず懐かしさが込み上げて
くる。
だが、ある場所を境にして母親の日記はぴたりと止まっていた。
白紙が続くページを取り敢えず捲り続けると、最後のページに滲んだインクで単語が数個書かれているのを見つ
けた。






『 あの子が 無事に           帰ってきますよう 』






最後のページに綴られていた単語を言葉も無く見つめる。

皺の寄った紙に、恐らく泣きながら書いたのだろう。インクの滲みは母親の涙なのだとアッシュは気付いた。

ぱらり、と紙が捲られる音にアッシュは本に落としていた視線を上げる。

「な?アッシュの日記だったろ」

別の本を足の上に載せて読んでいるルークが下から笑いかけてくる。

アッシュは本を閉じると近くに置かれていた小さなテーブルに日記を置いた。
テーブル付近にあった椅子を移動させて、ルークの真正面に座る。

床に直に座っているルークと椅子に腰掛けているアッシュとでは目線が異なる。

一方は斜め上を見て、一方は斜め下を見て。

同じ瞳が同じ顔が鏡合わせに向かい合う。


「お前、日記の中身を見たのか?」

「・・・うん」

「それで。また『俺は居場所を奪ったんだ』とか何とかってうじうじ考えてるのか?」

「・・・・・・・」

「・・・ったく」

アッシュは嘆息すると顔を伏せてしまったルークへと手を伸ばす。

ぽん、と軽く頭を叩けば僅かに赤い髪が揺れる。

置いた手をそのままにしていれば、ルークの手がそろそろと伸びてきて、きゅっと弱くだが握ってきた。

「だって、事実だし。でも・・・もう一つ別のことも考えてた」

「別のこと・・・?」

「アッシュには小さい頃の思い出があるんだな、て」

「・・・」

「俺には小さい頃って無いから。羨ましいな、て考えてた」

思い出らしい思い出なんて無いし、とルークは苦笑いする。

確かに、レプリカであるルークには『幼い頃』なんてものは無いに等しいだろう。
屋敷の人間はルークを『記憶を失った者』として扱い『幼子』としては見ていなかっただろうから。

苦笑いから次第に哀しげな表情へと転じ、伏せがちになってきたルークの顎をくいっと指で引き上げる。

強制的に目を合わせるような形になった体勢のまま、アッシュは口を開く。

「お前には幼い頃の思い出が無い。それは当然だろう」

レプリカなのだから、そうアッシュが言うとルークはくっと眉根を寄せる。





そうだ。こいつは俺のレプリカなのだから。

たった七年ばかりしか生きていない己のレプリカ。

しかし、もう今目の前に居るのはレプリカではない。

自分は認めたのだ。『ルーク』という存在を。

レプリカではなく、1人の在るべき人間と。





そして、恋心を寄せる唯一の愛おしい存在と。





「過去の記憶など、どうでも良いだろう」

「アッシュ・・・?」

「これから俺と様々な思い出を作って行けば良い」

「アッシュと思い出を・・・」

「何だ、嫌なのか?」

「ううん、嫌じゃない。凄く嬉しい」



愛おしい半身は花が綻ぶ様な笑顔を見せる。



アッシュはその笑顔に引かれるようにルークの唇へキスを落とした。

ルークもされるがままに瞳を閉じてアッシュの唇を受け入れる。

甘い甘い口づけは暫く続き、漸く唇が離れたときルークはポツリと

「・・・これも思い出になったりするのかな」

「なるんじゃないか。・・・最も」

「最も?」

「こんなもの、この先作っていく思い出の中に残っているとも限らないがな」

顎から指を離して髪を掻き上げながらアッシュは立ち上がる。

ルークは唇に指で触れながら、そうかなと呟く。

呟きを拾ったアッシュが訝しげにルークを見れば、彼はえへへと照れ臭そうに笑いながら

「だってさ。今のキスってファーストキッスってやつだろ?そう簡単に忘れらんねぇよ」

「・・・・・・」

「立派な思い出だな!」

満足そうに笑うルークにアッシュはすっと腰を屈める。

ルークは首を傾けてアッシュ、と名を呼ぶ。

アッシュはそれには答えずにさらりと流れる朱色をした髪を指に絡ませる。

「あれがお前のファーストキスか」

「え、あ、うん」

「ならば、まだまだ良い思い出が作れそうだな」

「本当か!」

「あぁ・・・」

ルークの言葉に応えると同時にアッシュは再び唇を塞いだ。





















窓から零れる太陽の日差しが二人を優しく包み込み、辺りを照らす。

お互いの長い赤毛が表情を隠すように顔を覆う。

散らばって混ざり合う僅かに色の違う赤から覗く二人の手は硬く結ばれていた。




二度と手放すかとでも言うように繋がれた手。














さぁ、これからが新たな始まりの一歩。

















これから先は、二人で共に足跡を残していこう。





















お待たせしました!
777HITを踏まれたaiさんへ「甘めのアシュルク」です。
甘め甘めと悶々としながら書いたのですがどうでしょうか?
ご希望に沿えていれば良いのですが;;

取り敢えず設定としては『二人とも生存捏造ED後』となって
います。
場所はファブレ邸のある一室と言うことで(・・・

・・・。

この小説はaiさんのみお持ち帰りどうぞ。

それでは、リクエスト有り難うございました!!