<出逢いはとても唐突に>
帰り道、突然降り出した雨。
基本的に教材を学校へ置いてきているので軽い鞄を頭に乗せ、せめてもの雨除けにとしてみたが、斜
め上から降って来る雨には全く効果が無い。苦い顔をして駆け抜けて行く朱髪の少年。
雨足の速いそれはあっと言う間に少年―ルークの全身を濡らし、周りの景色も灰色へと変えていく。
濡れるのを防ぐ事を半ば諦めて鞄を振り回すように走っていたルークの前方に『何か』が見えた。目を
凝らしてじっと見てみるが雨煙と距離がまだあるせいで『何か』がハッキリと解らない。それも距離が縮
んでいくと漸く地面に倒れ伏した幼い子供だと判明した。ルークは慌てて駆け寄ると小さな身体を抱き
起こした。
「おい、大丈夫か?!」
ルークが声を掛けても相手はピクリとも反応しない。雨に濡れそぼった身体はぎょっとするほど冷たく、
一瞬死んでいるのかと思ったが、微かに胸が上下しているので生きているようだ。その事に少しだけホッ
とする。そして顔を隠すように張り付いた前髪を払い、ルークは小さく息を呑んだ。頬に走る裂傷、何か
で縛られていたのか赤く鬱血している細い首。だらりと力なく下がった腕や手には細かい切り傷があり、
全身ボロボロの子供の姿にルークは絶句する。
一体この子供に何があったのだろうか。しかし今は詮索するよりも子供をどうするかの方が先決だ。
ルークは抱き上げた子供を少しでも雨に濡れないよう抱え込むと再び走り出した。
乱暴にドアを開け放ち玄関に転がり込むと、ルークはうはぁと声を漏らした。
子供を拾った場所から家がある程度近かったとは言え、走っても10分はかかる距離だったので、それ
を全力疾走とあらば例えスタミナのあるルークと言えども限界に近いものがあった。焼け付くようにひり
ひりする喉を生唾を呑み込むことで誤魔化し、未だ腕の中で身動ぎすらしない小さな身体を見下ろす。
そこでルークは、初めて既視感に眉をひそめた。
自分と同じ明るい赤毛。毛先にかけて徐々に色が抜け落ちている長い髪。
それはかつて髪を伸ばしていた頃のルークと似ていた。
「・・・変なの」
まぁ、いいやアッシュが帰ってきたら相談してみよう。
ルークはあっさり疑問を放り投げるとリビングへ向かった。途中で洗面所からバスタオルを二個とって、
テレビの前の絨毯に腰を下ろした。まずは子供の身体を拭いて水気を取ってやる。長い髪の毛をわしゃ
わしゃ拭いていると「・・・んぁ」「お、気が付いたか?」子供の唇から小さく声が聞こえた。次いで瞼が小
さく震えると、うっすらと双眸が覗く。
「・・・目の色も同じだ」
まだ覚醒しきっていないのか、ぼんやりと視線を漂わせる子供の瞳は翡翠色だった。それはルークと兄
であるアッシュのものと同じ色。その翡翠の双眸がしっかりとルークを捉えると、徐々に大きく見開かれ
ていく。
「おまえだれだよっ!」
「誰って訊かれても。・・・お前を拾った人間?って言えば良いか?」
「ひろった・・・?」
警戒心剥き出しの子供の声に、ルークが正直に答えると子供は、そうだアイツは・・・等とぶつぶつ呟き
ながらふらりと立ち上がった。かなり覚束無い足取りで数歩進んだところで、後ろからぐいと引っ張られ
尻餅をつく。振り返れば赤毛の少年が驚きに目を見開いて子供を見つめていた。座り込んだ子供は仏
頂面で、なにすんだよ!と叫ぶが、相手はそれを受け流して自ら掴んでいたモノを指差して
「何で、なんで尻尾・・・?!」
「あたりまえだろ、オレはネコなんだからなっ!」
「ね、猫?!いやだってお前人間の姿―――」
「しるかよそんなこと!!とにかく、オレはネコなんだよ!わかったかバカ!」
「バカ?!!おまっ、お前みたいなガキに言われたくねぇよっ!!」
ルークの手中からするりと抜けた灰色の尻尾。それは子供の尻にくっ付いていて、しなやかに動く様は
到底玩具には思えない。しかも今まで髪の中に隠れていたのか、ひょんとこちらもまた灰色をした三角
耳が頭の上に現れた。
子供にバカと言われた怒りと驚きで感情が爆発しているルークは口をパクパクさせ、必死に現実を受け
止めようと頑張った結果
「・・・兎に角!お前、本当に猫なんだな?」
「そうだ。おれはネコ!」
胸を張って肯定する子供に、ルークははぁと溜め息を吐いた。何故偉そうに言うのかは突っ込まないで
置くとして。
何やら厄介なものを拾ってきてしまった後悔するルークだった。
それでも見ていて痛々しい子供の身体にある傷へちらりと目をやってルークは立ち上がる。
「まぁ、お前怪我してるみたいだし、手当てするか」
「・・・うん?てあて?」
「ほっぺたの傷とか、消毒して絆創膏貼ってやるよ」
待ってろ、ルークは言い置いて救急箱を取りにリビングを出て行った。
残された子供はぱたりぱたりと尻尾を絨毯に打ちつけながら、何処か不安そうに瞳を揺らしていた。
「アイツはだいじょうぶかな・・・」
呟かれた言葉は、外で未だ降りしきる雨音によってかき消されてしまった。
* * * * *
ルークが帰宅する少し前。アッシュもまた降り出した雨へ胸中で悪態を吐きながら走っていた。
そしてやはりルークと同じ様に前方に『何か』を見つけ眉をひそめる。
アッシュはルークとは違う道で家へ向かっていた。しかしアッシュが見つけたのも、小さな子供だった。
「おい・・・」
近づいて、頬に手を当て声を掛けてみるが返事は無い。雨に濡れて重くなった髪を払い除けて、アッシ
ュは嘆息すると子供を抱き上げた。こんな人気の無い場所で子供を雨の中置いておくわけにもいかな
い。それに、自分の髪色とそっくりのこの子供がどうにも赤の他人とは思えなかった。
そして帰宅してリビングへ入り、飛び込んできた光景にアッシュは絶句した。
「あ、アッシュ、お帰り。雨は大丈夫・・・じゃなかったみたいだな」
はい、タオルとルークから差し出されたタオルと反射的に子供を抱いている逆の手で受け取りながら、
アッシュは
「・・・なんだ、ソイツは」
それだけ言葉を搾り出した。ルークは絨毯に座りぺたっと子供の頬に絆創膏を貼り終えた後で、アッシュ
の方を向き直って言った。
「猫だって」
他人から訊いたような言い方に、アッシュは思わずこめかみを押える。
確かに尻尾や耳を見る限り猫だとは思えなくは無いが、人間の姿をしてるだろうがっ!ついに脳味噌だ
けじゃなく目まで腐ったかこの屑がっ!!そうアッシュが罵声を上げようと口を開いた時、ぼすんと下半
身へ衝撃を受けてタイミングを逃してしまった。仏頂面で下に視線をやれば、見上げてくる大きな翡翠の
瞳。頭の上にある三角耳がピクピク動いて、子供はアッシュへ腕を伸ばしてシャツの裾を引っ張った。
「あ、なぁ!そいつ、そいつ!!」
「・・・コイツの事か?」
「そうそう!」
「何、アッシュも拾ったんだ」
「五月蝿い」
取り敢えずその場に膝を折ってアッシュが腕の中に居る子供を、ルークが拾ってきた子供に見えるよう
にしてやった。そこでアッシュは自分の抱えている子供の頭にあり得ない物を発見して、ルークに視線
で訴えてしまう。ルークは肩を竦めて、俺良く解んないとさっさと戦線離脱しアッシュに現状理解を委ね
た。アッシュはそんなルークに小さく舌打ちし、改めて子供二人を見下ろした。
一方は朱髪でルークと似ているが何故か猫耳と尻尾が生えている子供。
また一方はアッシュと同じ紅蓮の髪色で、この分だと瞳の色も同じであろう黒の猫耳と同じく黒色の尻
尾が生えた子供。
・・・まずは身体を拭こうか。
2007/05/30 初出
200708/31 サイト掲載