<まずは話しを訊こう>
目の前でぎゅうっと力一杯に目を閉じて座っている子供を見て、ルークは思わず漏れそうになる笑い声
をピンセットを持った左手とは逆の手で塞ぐ。頭の上にある灰色の三角耳も時折ピクピクと動くが、それ
以外はぺたんと伏せられている。尻尾はピンと枝のように真っ直ぐに伸びてしまって、余程緊張してい
るということが窺えたが、逆にルークにはそれが面白くて仕方が無かった。焦らすだけ焦らしていると、
そっと子供の片方だけの瞼が持ち上げられる。ルークはにやりと笑みを浮かべ、子供が目を見開きき
る前に膝頭へピンセットで摘んでいたガーゼを押し当てた。
「ふぎゃあ?!」
同時に子供が飛び上がって悲鳴を上げる。
ルークはとうとう耐え切れなくなって腹を抱えて爆笑した。
「傷口へ消毒液で湿らせたガーゼを当てると、死ぬほど染みるんだぜ?」
ルークが手当てをしている最中に、冗談半分で言った事を目を丸くして信じた子供。人を疑わないヤツ
だな、と双子が同時に思った時、子供が少しばかり眉間と鼻の頭に皺を寄せた。
「・・・いたいのはイヤだ」
「でも消毒は大切なんだぞ?ちゃんとしないと病気になって死んじゃうかもしれないんだぜ」
救急箱から消毒液とガーゼにピンセットを取り出して準備万端のルークがにやにや笑いながら言うとそ、
そうなのか?と子供はうろたえた様に大きな翡翠の瞳で赤毛を見る。本当に疑う事を知らないんだな、
と再び同時に双子。
兄とちらりと視線を交わして、アッシュが知るかと視線を外せばルークは面白いからこのままいこうと内
心でほくそ笑む。
たっぷり消毒液を染みこませたガーゼを摘んでぶら下げて
「病気になりたくなかったらちょっとぐらい我慢しろよ」
子供が渋々頷いた。
そんな経緯を経て冒頭に至る訳なのだが。
「バカッ!ビックリしたじゃねぇか!!」
子供が痛みよりも不意打ちでされた事に驚いて飛び上がり、勢いのまま走ってアッシュの首にしがみ付
きながらルークに吼える。縋り付いて来る子供に戸惑いながらも、椅子から落ちないように片手で小さ
な身体を支えながらアッシュは諫めるようにルークを軽く睨んだ。ルークはアッシュの視線に気が付い
て、漸く笑いを収めた。ぐずっ、と鼻を啜る音が耳元で聞こえ、アッシュが僅かに顔をずらすと子供の瞳
に涙が溜まっているのが目に飛び込んできた。
あぁ、泣く。
アッシュは慌てて今にも零れそうな涙を湛えた翡翠色を覗きこんだ。
「な、泣くな。大して痛くは無かっただろう?」
「う・・・、い、いたくは、なかっ・・・、でも、びっくり・・・た」
嗚咽を交えて言葉を発する子供。やがて耐え切れなくなった堤防が決壊し、大粒の雫が子供の頬を伝
う。うわぁ〜んと声を上げて泣き出し、子供はぐしゃぐしゃになった顔をアッシュの肩に押し付ける。じわ、
と服に染みてくるものは果たして涙だけだろうか。はぁ、と溜め息を零したアッシュはポンポンと子供をあ
やすように背中をポンポン叩く。そうしながら鋭い眼差しはルークを射抜いてこの屑がと物語っている。
それに対しルークは不満気に頬を膨らませて絨毯に胡坐を掻いて座っていた。
「アッシュはそいつには優しいんだ」
「・・・馬鹿か、お前は」
ぼそりと言われたルークの言葉に一瞬だけ絶句し、次いで呆れたようにアッシュは半眼になった。あか
らさまなルークの嫉妬。自分でけし掛けて置きながらそれか。アッシュは半眼のまま襖で隔たれた部屋
の方を指差し、もう一方の子供の様子を見て来いと言った。無言で立ち上がりルークが小さく小さく、ア
ッシュのショタコンと呟いたのをばっちり拾ったアッシュは、テーブルの上にあったティッシュ箱を思い切
り投げた。空を飛んだ箱はルークの後頭部に見事クリーンヒットし、痛烈な直撃を受けたルークが情け
ない悲鳴を上げた。
* * * * *
ぎゃあぎゃあと騒がしい音に気が付き、のろのろと重い瞼を持ち上げる。
視界に入った見慣れぬ木目の天上に我知らず眉間に皺が寄ってしまう。上半身を持ち上げ、周りをよ
く見ようと視線を回らす。そこへ、明かりの付いていなかった部屋に子供の背後から一筋の光が差した。
驚いて振り向けば、そこには頭を摩っている赤毛の少年が立っていた。
「お、目、醒めたんだ。お前怪我はあるか?」
子供に問い掛けながら、ルークはアッシュに子供が目を醒ました事を告げる。
すると、襖が完全に開けられ、立っていた少年と同じ顔をした少年がもう一人子供を見下ろす。後から
現れた方の腕には子供が抱えられていた。そ抱えられている子供を見た子供は目を見開いて、叫んだ。
「お前っ、無事だったのか?!」
「・・・?ぁ、・・・・・、なぁ!」
突然声を上げた子供、そしてアッシュの腕から抜け出して駆け寄る子供。
お互い抱き締めあって無事を確認しあうその姿に、ぽつりと
「何か訳ありっぽそうだよな、やっぱり。どうする?」
「どうするも、まずは話を訊くのが先だろう」
ルークの言葉にアッシュはそう返すと、子供たちへ近付いて、自分が家まで連れ帰ってきた子供の頬
に触れた。子供は警戒するようにアッシュを睨んでいたが、気にした風もなく触れてくるアッシュに僅か
に戸惑いを見せた。
それでもアッシュの手をぱしりと弾いて拒絶し、低い声を出した。
「何のつもりだ。まさか、ここにとじこめておいて、おれたちをアイツらにわたす気か」
「・・・どう言う事だ?」
子供の言葉にアッシュは眉をひそめた。それはルークも同じ事だった。
「アイツら・・・って、お前たちの飼い主?」
ルークが訊ねると、灰色の耳をピクリと動かして、子供が不安げに瞳を揺らした。アッシュを睨む子供も
また、気丈な態度こそはしているものの瞳の奥に不安と恐怖を押し隠していた。
ただならぬ事情を抱えていそうな子供二人にアッシュは嘆息する。
厄介ごとを持ち込むのはルークだけの筈だったのに。
ルークはアッシュの言葉を待って口を噤み事の成り行きを見ている。
「・・・。事情は後でゆっくり訊く。俺たちは別にお前たちを閉じ込める気は無いから、安心しろ」
アッシュは子供たちの赤毛を優しく撫でて、滅多に見せない笑顔を見せた。
その笑顔に、子供は顔を見合わせていたがやがて小さく頷いた。
2007/06/10 初出
2007/09/23 サイト掲載