<アッシュとカイ>





「ふ〜ん、じゃあこの子たちは猫なんだけど、ヒトの姿をしてるんだな」

へぇ、とガイは感心した風に声を漏らした。膝上に居るルカの灰色の三角耳を指でちょいと摘んで、反射的にぴくぴく動く耳に、うん本物っポイと頷く。

「あまり他人には知られたくない。だから」

「あぁ黙っておくよ。心配するな」

渋い表情のアッシュにガイは笑う。それからつぃと空中へ視線を漂わせ

「あれ?でもこの話し、何処かで・・・・・・」

「どうした?」

「あ、いや、何でもない」

取り繕うように再び笑うと、ガイはルカをソファの上に置いて立ち上がった。壁に掛かっている時計で時間をを確認し、また明日来る、そう残して玄関へ向かう。するとルカとカイがてててと小走りにガイの後をついていく。本当に子供たちはガイに懐いているようだ。アッシュも玄関までガイを見送りに行く。靴を履いたガイは子供たちの頭を軽く撫で、ルークとアッシュへひらりと手を振り出て行った。パタリとドアが閉められると、ルカはルークの服の裾を引っ張った。ん?とルークがルカを見下ろせばルカが腕を伸ばしてくる。すぐに意図に気付いたルークは、脇の下に手を入れ、ひょいと抱き上げればルカは満足そうに笑い、ルークの首筋に顔を埋めた。それを見たカイがアッシュをちらりと見る。アッシュも気が付いてカイを見た。しかしカイは目が合うとさっと視線を逸らし、一人リビングへ戻っていった。

「あれ、アッシュはカイと仲悪いのか〜?」

「オレはカイとなかよしだけどな!」

にやにや笑いながらルークがからかう様に言い、ルカが胸を張る。アッシュはぐっと眉間にしわを寄せ二人を無視して踵を返した。



翌朝、アッシュがリビングへ行くと、既にカイがソファに座っていた。

「おはよう、カイ」

「・・・・・・」

アッシュが声をかけても、カイはちらりと一瞥しただけで何も言わなかった。昨日は挨拶を返してきたのに。不思議に思うも、アッシュは特にそれ以上は声をかけることをせず、キッチンに立った。

「おはよー」

朝食が出来上がり、皿に盛り付けたところへルークがリビングへ現れた。ルークより先に起きてきたルカはフォークを振っておはようとルークに言い、カイも小さくおはようと言った。カイが挨拶した。アッシュはフライパンを片手に眉をひそめ、カイを見る。カイの視線は皿の上に釘付けになっているのでアッシュの視線には気が付いていない。
ルークに挨拶して、アッシュにはしない。そこにはどういう意図があるのだろう。すごい気になる。

「あ、アッシュ目玉焼きが焼け過ぎてるぞ」

ふらふら寄って来たルークに指摘され、アッシュは漸くフライパンへ目を移した。
フライパンの上の目玉焼きは少し、焼け過ぎていた。フライ返しで掬い上げた目玉焼きを子供たちの皿に取り分け、フライパンを流し台へ置きに行く。

それまでずっとアッシュの思考を占領していたのはただ一つ。

・・・俺はカイに嫌われているのか。

アッシュは肩を落として嘆息した。





しかしそれはどうやら違ったらしい。



*     *     *



その日の夜。一番最後まで起きていたアッシュがリビングで宿題をやっていた時だった。
キィ、とドアの軋む微かな音を鼓膜が捕らえた。手を止めて、テーブルに置いていた携帯で時間をチェックすると、既に日付が変わっていた。誰かが飲み物を飲みに来たのだろう。そう勝手に決め付け、アッシュは再びペンを走らせる。しかし数分してもリビングへ来た誰かは、ドア付近から動く気配を感じさせない。違和感を感じたアッシュは椅子の後ろ足へ体重を掛けて傾けさせると、その姿勢でドアの方を確認した。そこにはカイが俯いたまま佇んでいた。どことなく様子がおかしい。アッシュは立ち上がり、カイの元へ歩いていく。足音にカイがビク、と肩を揺らしたが顔は俯けたままだった。カイの前で立ち止まったアッシュは、膝を折ってカイと同じくらいに目線をあわせ、なるべく優しく聞こえるよう声をかけた。

「どうした、眠れないのか」

「・・・・・・」

「カイ・・・?」

そっとアッシュがカイの表情が見えるように、前髪を掻き揚げる。カイは大人しく抵抗する素振りを見せなかった。掻き揚げた前髪の下に隠されていた表情を目にしたアッシュはぎょっとした。大きな翡翠の瞳は今にも零れんばかりの涙を湛えていた。唇は声が出てしまうこと防ごうときつく引き結ばれている。だが時折喉が上下するとヒク、としゃくりが小さく聞こえた。怖い夢でも見たのか、アッシュは前髪へ触れている手でそのままカイの頭を撫でた。その途端、ぐしゃりとカイの顔が歪んだ。ギリギリで堰き止められていた大粒の涙が、子供の白い頬を滑り落ちていく。アッシュは再び驚いて心持身を引いてしまった。もしかして頭を撫でたのがいけなかったのだろうかと内心で焦る。ルカの泣き顔はルークで連想すればイメージが沸く。しかしカイだと、自分が泣いたときの顔から連想しないといけないので難しいものがある。よって、カイが泣くのを見るのは初めてで、ついでにどう対処したらいいのかがわからない。どうすればいい。思わず放してしまった手を彷徨わせながら、アッシュはふと下腹部辺りで何かに引っ張られている感じに気が付いて目線を落とした。小さな手がアッシュのシャツの裾を引っ張っている。それを確認して、もう一度カイを見る。カイは顔を上げないで泣き続けている。

「あー・・・」

自分でも何とも言い難い声が漏れ出た。アッシュは僅かに躊躇った後、カイの背中へ手を回した。子供の背中はとても小さくて、とても温かかった。そのまま自分の方へカイの身体を引き寄せ、抱き締める。カイはパッとぐしょぐしょになった顔でアッシュを見上げた。戸惑ったような感情が覗くその表情にアッシュは金髪の幼馴染がよく浮かべるような表情をした。困ったように眉尻を微かに下げ、小さく笑う。
大丈夫だから。
そう気持ちを込めて背中を擦ると、カイはアッシュの胸へ顔を埋めた。しゃくり上げる声が聞こえるが、それはまだ何処か抑えているようにアッシュの耳には聞こえた。



何があったのかなんて訊ねはしない。

ただ、今は自分の腕の中で落ち着いてくれればいいと願う。

お前たちが安らげる場所として。ヒトとして。

だから泣きたければ泣けばいい。泣き顔は見ないでいてやるから。



いつしか、腕の中の泣き声は抑えられることが無くなり、リビングに響き渡っていた。



















赤毛四人が仲良くなったところでラストスパートをかけていきますー。

2008/01/22