<それぞれの思惑>





その日、ガイは受けるべき講義を受け終えてまた双子の家にいるこどもたちの様子でも見に行くかなあと考えながら大学の中央庭園を歩いていた。

「おや、ガイじゃないですか」

ふと背後から掛けられた声にガイは後ろを顧みた。
白衣を纏った長身の男性がこちらへにこやかに笑ってついでに軽く手を振っている。

「ジェイド・・・教授、お久しぶりです」

「別に敬語で喋る必要はないですよ、貴方と私の仲じゃないですか」

語尾にハートマークがつきそうな口調で話す相手にガイは「はぁ・・・」何ともいえない反応を返す。
ジェイドはガイの通う大学の教授の一人で、密やかに「天才」とも噂されている人物だった。
そんな彼とはひょんなことから知り合いになって現在の関係に至るわけだが。

「友人に届くか否かくらいの仲だよな」

ガイが呟くと、ジェイドは否定することなく笑みを深めた。



「最近は講義が終わるとさっさと帰っているみたいですが、何かあるのですか?」

「ん、あぁ。前に話した双子のことを憶えてるか?」

「えぇ、名前はアッシュとルーク、でしたね」

「そう。今その家にこどもが二人増えてな。アッシュとルークは昼間は学校だから保護者がいないこどもの面倒を俺が代わりに見に行ってるんだよ」

勝手にな。と、双子がいたら絶対に突っ込みを入れられそうだったが、生憎双子はこの場にいないのでジェイドは素直にその言葉を受け止めて頷いた。

「貴方も世話好きですねえ」

「こどもってのも可愛いもんだぞ」

ガイはこどもたちを思い浮かべてひとり頬を綻ばせる。
そのとき、二人のすぐ傍を物凄い勢いで駆け抜けていく者がいた。ジェイドと同じ白衣を身に纏い、裾を翻らせて全力疾走をしている。ジェイドは小さくなってゆく後姿を見て僅かに方眉を跳ね上げさせた。
ガイが知り合いなのかと問うと顔面に貼り付けていた笑顔に少しだけ苦いものを含ませたジェイドが答えた。

「認めたくないですが、私の幼馴染です。最近、実験で利用していた猫二匹が逃げ出したと大騒ぎしていたんですよ。・・・この様子だと、まだ猫探しは続いているみたいですね」

「猫・・・?」

「はい。何か・・・心当たりでも?」

「あ、・・・いや。ところで、その見つけた猫は・・・また、実験に使うのか?」

「恐らく、そうでしょうね」

「・・・・・・」

ジェイドの返答にガイはそうかと小さく呟いた。心なしか青年の表情が強張ったものになったことに気付きながら、ジェイドはそんな素振りを見せることなく再び笑みを浮かべる。他人に自身の胸中を窺わせようとしない作り笑顔を貼り付けて。

「それでは、私はまだ講義ありますので」

「あぁ、それじゃあ」

お互いに背を向けて歩き出す。
それぞれ会話をする中で導き出した、ある予想を秘めたままにして。



*     *     *



以前ジェイドから何気なく訊いたことがあった「動物に人並みの知能を与える実験」についてを今になってはっきりと思い出したガイは自分でも知らずのうちに歯噛みしていた。
恐らく逃げ出したという猫二匹はルカとカイのことだろう。
先の話でジェイドは薄々感づいたかもしれない。
ガイが実験利用されていた猫の居場所を知っているかもしれない、と。
だがジェイドはこの実験に賛同しているわけではなく、むしろ反対している側だといっていた。だから仮にもしガイが隠していたことに気付いていても黙っていてくれるだろうと、そんな確信がガイにはあった。
しかし見つかるのも時間の問題かもしれない。
研究所もガイの通う大学と双子の家はそう遠くない距離にあると訊いている。研究所と大学周辺に目星をつけてくまなく探されたりでもしたらきっと簡単に見つかってしまうだろう。
そう思考をめぐらせながら歩いているといつの間にか双子のマンションの前までやってきていた。
ガイはエントランスを抜けてエレベーターへ乗り込んで壁に寄り掛かって肺が空になるまで息を吐き出した。
ジェイドとのやり取りの中で立てた自分の予想が外れることを祈りながら、ガイはどんどん上がっていくエレベーターの階数を見つめていた。

「ルカとカイの居場所がバレなきゃ良いんだが・・・」



ガイは脱走した実験体について何か知っていることを隠している。
そして大体の予想はつく。
実験体の居場所は双子の家なのだろう、と。
しかし予想したところでジェイドはこの考えを幼馴染へ伝えようとは微塵も思っていなかった。
この実験にはもともと反対していたし、何より<あれ>に加担することが気に入らないというのもあった。
廊下を歩きながらジェイドは微かに口元を歪める。
脱走した実験体が見つかってしまえば再び実験は続けられる。ジェイドはそんなことを望んでいない。
実験体が脱走したまま公の場に晒されて実験に対する非難が飛んで実験が失敗に終わればよいと思っていた。失敗に終わり、実験体は処分されるか見世物にされるかのどちらかかもしれないが、そんなことは自分には関係ないと思っていた。
だが、こともだちのことを話していたガイの表情を見たジェイドは複雑な心境に駆られた。
あの様子からして、余程実験体のこどもたちに感情移入しているのだろう。
それならば。

「どうか捜索が見つからないまま終わって欲しいものですね」

夕焼け色に染まりだした外の景色を見つめ、ジェイドは夕焼け色よりもさらに深い赤の双眸を細めて呟いた。



















2008/03/08