<晴れ渡った空の下で>
日曜日の朝ということもあり平日と比べれば比較的穏やかに迎えられる。・・・はずだった。
食卓を囲みながら、低血圧の所為もあってなのか、ルークがうつらうつらと閉じかけた瞼を必死に持ち
上げている状態でフォークを左手に、右手でコップを取ろうとして危うく中身をひっくり返しかけたところ
へアッシュが絶妙のタイミングで手を伸ばしコップを支えた。思わずホッと安堵の吐息を漏らし、アッシュ
は未だボケーっとしているルークへ怒鳴った。ルークの手はコップを探してふらふらテーブルの上を泳
いでいる。
「いい加減、しゃきっとしねぇと怒るぞルーク!」
「う〜…もう、怒ってる…ふあぁ、じゃん」
欠伸を交えながらアッシュの手中にある自分のコップに漸く気が付いたルークはそれを手に取り、反省
の色を見せない様子で答えた。
「ったく、少しはルカを見習ったら」
どうだ、と言葉を続けようとしたがそれは横目でルカの様子を確認した後では無理だった。
双子の向かいに座る三角耳と尻尾を併せ持つ子供たちのやり取りが自分たちのものと寸分違わぬもの
だったからだ。
初めて使わせたフォークが余程気に入ったのかそれ以降は和洋中関係なく毎食必ずフォークで食べ
るようになったルカが、右手で(ルカはルークと同じ左利きだ)コップを掴もうとして指を滑らせカイが慌
てて身を乗り出すと両手で傾きかけたコップをキャッチした。衝撃でたぷんと波打つコップの中身がぎり
ぎり零れなかったことに双子の兄と一緒に安堵しながら、カイはルカにくわっと牙を剥いた。だがやはり
ルカの反応もルークと似たもので、イマイチ反応に反省色が伺えない。ついでに話しを訊いているのか
すら微妙だった。灰色の三角耳は外界の音を遮断するかのようにぺたりと伏せられているのだ。
ちらりと視線が交わったアッシュとカイの現在の心情はきっと似たり寄ったりのものだっただろう。
穏やかに過ごせるかと思われていた休日の朝食は結局、兄サイドが弟サイドへ喝を入れながらだった
ので穏やかとは到底掛け離れたものとなっていた。
騒々しい食事も終盤へ差し掛かり、皿の上が綺麗になった頃、ふと窓の外を見たカイが何気なく呟い
た。
「外へいってみたい」
「そと・・・?」
ぴくん、と灰色の耳が起き上がって反応を示すのを見たアッシュは微苦笑し、呟きを零した当人がしま
ったと口元を押さえている方へ視線を流した。カイは僅かに頬を朱に染め顔を俯けて、なんでもないと
ぼそぼそ言った。しかし外、という単語に触発されたのか先程までは、ともすれば今にも寝てしまいそう
な様子だったルカが大きな瞳をパチリと見開きテーブルに身を乗り出した。
「おい、行儀悪いからちゃんと座れ」
「そと!オレもそといきたいっ!!」
アッシュの忠告を綺麗に無視したルカは、そとそとそと、と連呼しだす。鼓膜に響くボーイソプラノが耳
障りに感じたのか、ルークがぐっと眉間にしわを寄せた。向かいのルカにうるさいと言い、フォークにぶ
すりとウィンナーを突き刺し口に運ぶ。するとルカは椅子の上に立ちテーブルに手を付いたまま連呼す
るの一度止め、頬を膨らませた。
「なんだよ、べつにいーじゃねぇか!オレだってそといきたいんだからさっ」
「別に外そとって騒ぐ必要ねーだろ」
「そーとーいーきーたーいぃー!」
「だあぁーもう、行きたきゃ勝手に行けよ!」
「いわれなくてもいってやる!ルークのばかちん!!」
「ば、ばかちんって何だよ!ならお前はバカ猫だな、このバカ猫!」
「なっ、バカっていうなー!」
隣で繰り広げられる低レベルな言い争いを背景音に、アッシュは未だ俯いているカイに声をかけた。
カイはぴくと方耳を動かし、そろりと顔を上げた。
「外、行きたいんだろう」
アッシュの問いに、カイは小さく小さく頷いた。控えめとも取れる肯定だったが、アッシュを見返してくる
双眸は期待に輝いているのがありありと見えた。
あまり自分には寄って来ないカイが、こうして自分へ要求してくることが多くなって以来自然とアッシュの
口元は綻ぶようになった。嫌われているのかとばかり思っていたのだが、実際はそうではなかったのだ
と知ったときの嬉しさは、言い表せないほどだった。
「・・・なぁ」
「なんだ?」
「ルークがルカのことをバカって言ってるけど、ルカはルークの情報が元になっているんだから―――」
「その先は言わなくていい」
外に行けると表情に喜びを滲ませたカイが何を言うのかと思えば。アッシュは子供の言わんとしている
ことに気付き先回りして言葉を封じた。
ルカはルークが元なのだから、その点では、ルークは自分自信に馬鹿と言っている様なものなのでは
ないか。
本人が気付かずに黒耳の子供が気付いてしまった辺りに、アッシュは何ともいえない虚しさを感じた。
* * * * *
朝食の後片付けを済ませ、子供たちにキャップを被せて三角耳を隠し準備を整えると、アッシュは自室
に引っ込んで出てこない弟を呼んだ。
「ルーク、行くぞ」
「何で俺が行く必要があるんだよ」
「行かないのか」
「・・・・・・行かない」
「そうか。なら今日の昼食は抜きだな」
「え」
バタン、と勢い良くドアを開けたルークがそれはないだろと顔に出してアッシュを睨んだ。しかしアッシュ
は飄々としてルカとカイを玄関の方へ促し歩きながら、ルークの横を通り過ぎる。
夏だしシューズじゃなくてサンダルでも良いだろ、と言って金髪の幼馴染が買って来た安物のビーチサ
ンダルを履いた子供を確認するとアッシュはルークを振り返った。
「行くぞ」
「・・・わかったよ」
どうせ行かないと言っていたのは朝食でのルカとの言い争いを引っ張っていたのだろう。本当に思考回
路が子供と良い勝負の弟にアッシュはため息を吐く。玄関のドアを開けて嬉々として外に出た子供たち
の手を取り、鍵はルークに任せて歩き出す。
今日の天気はからりと良く晴れた晴天で、頭上には青々とした広大な空が広がっていた。
マンションの外に出ると、ルカとカイはきょろきょろせわしなく首を動かしていた。子供同士に手を繋がせ
自分たちの前を歩かせていたルークはその様子に首を傾げた。
「お前らって、そんなに外見たことなかったのか?」
「ない、はじめて」
ピッタリと揃ったサウンドにふーんとルークが気の無い返事を返す。次いで、ルークはルカとカイの頭に
手を置いてにっかと歯を見せて笑った。
「まぁ、俺が遊びの楽しさを教えてやるよ」
その言葉に、子供たちは大きく頷いた。
「・・・ルカに腹を立てていたんじゃないのか」
「いや怒ってたけどさ。相手は子供じゃん?俺、高校生だし。俺が大人にならなきゃなあって」
ルークが少し胸を張ったのに対し、そんなのは当たり前だ、とアッシュは言い返しながら少しだけホッと
した。漸く自分が高校生であることを自覚してくれたようだ。
辿り着いた公園では子供たちが各々の遊びに夢中になって走り回っていた。
双子は公園に踏み込んだが、何故か今までウキウキとはしゃいでいた子供たちが公園に入ろうとしない。
どうした、とアッシュが訊ねれば、カイが小さな声で答えた。
「おれたちは人間じゃない」
「・・・・・・」
「もしバレたら、こわい」
「大丈夫だって!バレても俺たちが守ってやるから。な?」
ルークが子供たちの手を引いてずんずん歩き出す。戸惑いを見せた瞳でカイが後ろを着いてくるアッ
シュを振り返ったが、アッシュは微かに笑みを見せただけでルークを止めようとはしなった。
「着いた。まずはコレで遊ぼうぜ」
ルークが示したのは蜘蛛の巣のようなネットが張られたアスレチックだった。少し網目の大きいネットに
ビクつきながらもルカとカイはルークに支えられながら足を乗せて立った。ぎしぎしと軋んだ音を立てる
ネットの上でルークはひょいひょい歩いていく。取り残された子供たちは不安定な足場でバランスを取
るのが精一杯で動くに動けない。ルークが歩く度に振動して揺れるネットが、不意に大きく揺れた。
あっ、と思ったときにはルカとカイはバランスを崩して尻餅をついてしまった。ネットとはいえ、硬い縄を
粗く編んで造られていたものだったから衝撃はある程度吸収されはしたが痛いものは痛かった。
何なんだと恨みがましく思いながら元凶を探す。ルークを見たが、ルークは倒れこんだルカとカイを見
て大丈夫かー?と声をかけてきたので、恐らく確信犯ではないだろう。なら別に犯人がいるはず。カイ
はぐるりとアスレチックを見渡して、先程まではいなかった一人の少年を見つけた。
背格好はルカとカイとそう変わりない。帽子を被った少年は揺れるネットが楽しいのか、笑いながらジャ
ンプし始める。途端、ゆっさゆっさと大きくネット全体が揺れ出す。ルカは軽く悲鳴を上げて後頭部から
ネットに沈み込んだ。一方のカイは必死に立ち上がろうとして失敗し、四つん這いの姿勢になっていた。
何度か立とうと試みるが無駄に終わり、結局カイはネットの上を四つん這いのまま移動し始めた。
目指す先には少年。やっとの思いで少年の元まで辿り着いたカイは声を上げた。
「おい!」
「ん、なんだよおまえ」
カイに気が付いた少年がジャンプを止めてカイを見た。カイはふつふつと沸き起こる怒りのまま少年に
怒鳴った。
「いきなりゆらすな!おどろいただろうがっ」
「そんなん知るかよ、ここはみんなであそぶばしょなんだから、べつにいいじゃねぇか!」
むっとした表情になった少年もカイに怒鳴り返す。それから、何だよおまえムカツクなと言うとカイから距
離を取るようにぴょんと跳ねてネットの上を動いた。
「何だカイ、ケンカか?」
ルークがネットの上を歩いて寄って来たが、カイはそれを一切無視した。ぐっと拳を握り締め、そろそろ
と歩き出す。軽い足取りでネットの上を歩く少年に追いつきたかったのだが、なかなか上手くいかない。
一度立ち止まったカイはハッとしてにやりと口端を持ち上げた。軽く膝を曲げ、ジャンプする。するとネ
ット全体が呼応して大きく揺れ動く。
「うわぁ?!」
悲鳴が上がった方を見れば、ネットに沈んだ少年がいた。どうやら上手くいったようだ。カイは満足気に
喉を鳴らす。こけた時に落ちてしまったのか、ネットの上に帽子が転がっている。そして呻いている少年
に近づいて行き、そこで足を止めた。
「・・・耳」
「え、・・・あ?!」
カイが呟くと少年は転がった帽子に気付いて慌ててそれを頭に乗せた。次いでカイを見上げて見たな
と低く呟く。カイは眼を丸くして少年を見つめていた。
「お前も猫なのか?」
「あーぁ、バレたらいけなかったのに・・・って、え?今なんて言った?」
「お前も、猫なのか」
「も、ってことは・・・」
「俺は猫だ」
ホラと帽子を外して己の黒い三角耳を見せる。少年はあんぐりと口を開けて固まっていたが、唐突にが
ばりと立ち上がると、乗せた帽子を脱いで現れた自身の三角耳を指差した。髪色と同じ鳶色の三角耳。
それは見紛う事なきカイやルカと同じ形をしていた。
「そっか。お前も猫なのか!おれ、おれはロイっていうんだ。なあ、お前は?」
「・・・カイ」
「カイ!じゃ、あっちで引っくり返ってるのは?」
「ルカ」
「ルカも猫?」
「あぁ」
「へぇ、なんかすっげー」
ロイと名乗った少年は嬉しそうに肩を揺らして笑う。カイもルカ以外に自分と同じ境遇の存在とはじめて
出逢ったことに対し、不思議な気持ちだった。研究所にいたときにはルカ以外にいるなんて知らなかっ
たからだ。
「カイー?お、友達になったのか?」
「え・・・」
「おぅ、友達!おれ、ロイ!」
引っくり返ってじたばたしていたルカを抱えてやって来たルークにロイが威勢よく答える。なった覚えの
ないカイは勝手に友達宣言したロイに戸惑う。しかしルークはロイの言葉を真に受けて良かったな、な
んて言い、ルークの腕の中でルカがオレもともだちっ!!と騒ぎ出したので弁解する隙がなかった。ロ
イはルカに笑顔を向けてもちろんだと頷く。
友達。
口の中で呟いて、カイはくすりと笑った。
少し離れた場所にいたアッシュがどうしたんだと問いかけてきたの対して、カイは笑顔で言った。
「友達ができたんだ」
アッシュはカイの無邪気な笑顔にそうか、それは良かったなと吊られるように笑った。
波涛由様へ捧げます『にゃんこ話でほのぼの』です。
携帯サイト二周年を祝して、波涛様よりリクエストを私が受けて書かせて頂きました。
二周年おめでとう御座いましたっ!!これからもサイト運営頑張ってください!
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