蒼く蒼く何処までも広がる空。

その大空を一羽の鳥が飛んでいくのをルークは見ていた。

次第に小さくなっていき見えなくなってしまった鳥は一体何処に飛んでいったのだろうと
ぼんやり考える。

頭上に広がる蒼を見ながらルークは太陽の光の眩しさに目を細める。


「・・・何何時までも空なんか見てるんだ」

「あ、アッシュ。お帰り」

響いてきた低い声によりぼんやりと虚空を漂っていた意識が現実に引き戻される。

街中に設置されているベンチに正装姿のまま座っていたルークはひらひらと此方に歩み寄
ってくるアッシュに手を振る。

未だ座ったまま動こうとしないルークの元へ辿り着くとアッシュは腕を組み、呆れたよう
に言う。

「お前、今現在公務中だっていう事を解ってるのか」

「あ〜・・・、うん。一応」

「だったらもっとしゃっきとしろ。見っとも無い」

「・・・だって疲れたし」

アッシュの小言にルークは頬を膨らませ、しかし大きな声で反論は出来ずにぼそりと呟く。

相手には聞こえない程度の声量で言ったつもりだったが実際にはしっかりと聞き取られた
らしく、アッシュは「ガキかお前は」とルークの額を指で弾いた。

ルークが痛てぇと声を上げるよりも先にアッシュは踵を返し肩越しに額を押さえている半
身を見る。

「さっさとしろ。置いて行くぞ」

「うぅ〜・・・」

恨めし気な視線をアッシュに向けても相手は飄々とした態度でそれを受け流す。

それが悔しくてならないのだが、生憎こちらは対抗手段が無く恐らく喰いついて行ったと
しても呆気なくかわされるに違いない。

そう考えると尚更悔しさがこみ上げてくる。

いつか絶対負かしてやると胸中で意気込み、ベンチから勢いよく立ち上がった時目の前を
記憶に引っ掛かる赤い布を頭に巻いた自分と同じ歳くらいの少年が横ぎって行った。

思わずその姿をじっと見つめていると、相手が視線に気付いたのかゆっくりと此方を顧み
た。

蒼く透き通った瞳。

少年は軽く首を傾けてルークに問いかけて来た。

「僕に何か用ですか?」

「あ・・・、いや」

ルークは耳朶に残っている以前言葉を交わした幼い子供の声を思い出す。

あの子供の声と差して変わりの無い声を持つこの少年は――

固まっているルークに相手は困惑したような困った笑みを浮かべている。

「えっと、用が無いなら僕はこれで・・・」

「お前、その頭の赤い布。それどうした?」

「え・・・?」

これですかと少年は自分の頭に手をやる。

「これは僕の父から貰ったものですけど・・・」

「じゃぁ―――」

更に訊ねようとしたルークの頭にアッシュの拳が振り下ろされた。

ガツンと鈍い音がして、少年は自分が殴られた訳でもないのに痛そうに首を竦めた。

「何相手を困らせてんだよ。行くぞ」

アッシュはルークの襟首を無造作に掴むとそのままズルズルと引っ張りながら歩き出す。

ルークは必死に踵で踏ん張りブレーキを掛けるがアッシュも負けじと引っ張る力を強め
る。

その光景をぽかんと少年は見ていたが、不意に笑い出した。

笑い声に二人が同時に動きを止めると少年は頭に巻いていた布をするりと解く。

そして赤い布をルークへと差し出しながら静かに囁くように言葉を紡いだ。





「大切な人を失わない為の、哀しませない為のお守り。海はこの世に一つしかない。だか
らいずれ僕の元へ還って来る」






訊いたことのあるフレーズにルークは目を見開く。

呆然と自分を見つめてくる翡翠色の瞳に少年はにっこりと微笑みながら言った。





「良かったですね。大切な人を失わずに済んで」