<初めまして私は―――>





先程からじっと注がれている二対の翡翠の双眸。
燃えるような赤髪と透き通った翠の瞳が王家の血を告ぐものとしての証。
今目の前に居るのは、これから世話役として自分が仕える公爵家の嫡男である二人の少年。
瓜二つの双子は仲が良いのか、お互いから片時も離れる事はないらしい。
硬く繋がれた小さな手。互いを手放さないとしている雰囲気がありありと解る。
そこまで絆が深いのか。或いは―――
笑顔を顔面に張り付けながら、思考を廻らす俺の前で。
片方の赤毛が、空いている方の手を伸ばしてきた。一瞬ぎょっして身を引きかけたけど、直ぐに小さな手が自分の
髪を触りたがっているのだと言う事に気が付いて、僅かに身を屈めた。それに気を良くしたのか、幼い顔に相応の
無邪気な笑顔を浮かべ、髪に触れてきた。金髪が珍しいのか、しきりに触れてくる小さな温もりに下を向きながら
俺は微かに笑った。暫くそうしていると、見かねたのか公爵の静止の声がかかり、温もりが離れていった。
頭を上げると、ニコニコと笑んでいる赤毛と、仏頂面の赤毛が視界に入ってくる。
今気が付いたが、仏頂面の方の髪色の方が濃くて俺の髪に触れていた方の髪色は、それに比べて若干色抜け
たように薄かった。紅色と朱色と言ったところか。そして相変らず繋がれた手は離れる様子は無い。

と、仏頂面の方がもう一人へと何かを耳打ちした。
耳打ちされていた方はふんふんと頷いていたが、耳元から片割れの顔が離れるとぱぁと顔を輝かせた。
そして離れないのではと思い始めていた繋がれていた手を離し、母親の方へと駆け寄って行った。
・・・仏頂面の方は俺の前から一歩も動かない。
子供特有の大きな翡翠の瞳はただじっとこちらを窺うように見つめてくる。
まだ確認はしていないが、恐らくこちらが兄の方だろう。
目つきが朱色の方より鋭くて、しっかりとした雰囲気を漂わせている。
それでもあどけなさがある顔には、既に眉間に皺がよっていて、苦労しているのかなぁなんて考えてしまう。
確かにあのいつでも好奇心全開で無邪気そうな弟には手を焼かされそうな感じがする。

ひたすら見つめてくる視線が痛い。ちょっと逃げたくなってきたぞ。

弟の方は母親へと爪先立ちになりながら必死に何事かを耳打ちをしている。
兄から訊いた事を伝えているのだろうか。
公爵婦人はクスクス笑みを漏らしながら息子の話を訊いている。
微笑ましい光景の一方で、すいませんこっちはかなり気まずいんですけど。

俺の心の叫びが伝わったのかと思えるようなタイミングで、弟が話し終わったのかアッシュアッシュと叫びながら
兄の手をぐいぐい引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。
アッシュ。それが兄の名前なのか。
引っ張られる所為で視線が固定できなくなったのか、兄は俺から視線を外し、眦を吊り上げながら弟の方を振り
向いて引っ張るなと一喝する。仲が良い様で悪いのか。それとも兄の性格がキツイだけなのか。解らないなぁこ
の双子。しかし怒鳴られた方は臆する事も無く、怒っている兄に構わず腕を引っ張り続ける。早く早くと兄を急か
して、溜息を一つ吐いて漸く走り出した兄と共に広間から慌しく去って行った。

一通りのやりとりをポカンと眺めているしかなかった俺に、公爵が咳払いをして一先ず部屋に戻っていなさいと
言われたので、急いで姿勢を正して一礼した後、俺は割り当てられた部屋に戻った。


そういえば名乗っていなかったなと気が付いたのは、部屋に辿り着いて大分経ってからだった。


夕方になり、夕食の準備が始まった。
使えだしたばかりの俺は手伝う事はせずに、やり方を覚える為にメイド達の動きを眼で追って必死に頭に叩き込
んでいた。皿がテーブルに並べ終えられるのと同時に部屋へ双子が入ってくる。
後ろ手に何か持っているのだろうか。ぴったりと身体寄せ合って何かを隠している。
婦人がそれに気が付いたのか、僅かに目を見開いて口元に手を添え、零れる笑みを隠していた。

揃って椅子に座り、その時に隠していたものをさっとテーブルの下に隠す。
料理を目の前にこそこそと何事かを相談しあっている。
メイドたちもその光景に微笑ましく思ったのか笑みを見せている。


平和だな、この場所は。


ぼんやりと双子を見ていると、ばっとこちらを赤毛が揃って急に振り向いてきた。
同じ顔に見つめられると言う未だ慣れない体験にドキドキしながら、極力笑顔を努めて何ですかと訊ねる。
弟の方が手招きしながら、満面の笑みでこっちに来てと言うので素直に近付いていく。すると今まで隠していたも
のだろうか、テーブルの下から取り出したものを俺に差し出してきた。思わぬ贈り物に絶句して固まっていると、
兄がぶすっとした声でいらないのかと言ってきた。慌てて首を横に振って、そんな事無いです有り難く頂きますと
言って受け取った。俺の手には弟から手渡された銀色の小さな懐中時計。これを俺にくれると考えたのは兄の方
だろうか。



言葉も無く手元に目を落とす俺に、弟のボーイソプラノが問うてきた。

「お前の名前は、なんていうんだ?俺はルーク」

こっちはアッシュと兄を指差し(その際に兄が人を指差すなと向けられた指を叩き落としていた)なぁ教えてよと迫
られて、俺はその場に跪いて、これから仕えるべき主たちに頭を下げながら、ゆっくりと答えた。

「・・・ガイ・セシルと申します。ルーク様、アッシュ様」





私はあなた方を敵討ちとする復讐者です。





コチ、コチと握り締めた掌の中で時を刻む、一定調子に続く秒針の動く音。



こうして俺の新たな生活が始まった。




















微妙に原作沿いパラレルです。
原作と違うのは、アッシュとルークが双子なところ位です。
ガイが復讐者でファブレ邸に潜入したのは変わりません。
このパラレルがいつまで続くかは微妙ですが、本編スタートまで
持って行けるだろうか・・・。