<little by little>





俺がファブレ邸へ仕えだして半年が経過しようとしていた。
この半年で双子の性格はほぼ把握出来た。
兄であるアッシュ様はこどもらしかぬ表情で態度もどこと無く・・・公爵様に似ている気がする。王家継承者としての意識が強いのか作法などもしっかりと弁えていて周りから見れば<良く出来たこども>だ。
それは公爵家にとっては良いことだし喜ばしいことでそして誇りにもなるのだろう。
でも何故か俺に対しての態度が冷たいというか・・・。いや別に良いんだけどね。
一方のルーク様はアッシュ様とは違いこどもこどもらしくて俺としてはこっちの方が可愛らしくて好感が持てる。笑顔を振り撒いては周囲を和ませるルーク様は常に笑顔が耐えないのだ。ただ、極上の笑顔を見せるのはアッシュ様の前でだけなのだとメイドから訊かされたときは軽くショックを受けた。そしてアッシュ様が滅多に見せない笑顔を見せるのはやはりルーク様の前のみ。気を許せるのは弟だけなのだろか。

以前、中庭のベンチで仲良く昼寝をしている姿を見つけたことがあった。それを見た瞬間、俺は思わず苦笑を零してしまった。
互いに寄り掛かりあって手を繋いでいる姿は、兄弟というよりはまるで恋人同士のように思えたからだ。

またこんなこともあった。

ある日、珍しくルーク様がひとりでいる所を見かけた。
双子の世話係を任されていた俺が丁度シーツの取替えに部屋へ行ってたときだった。
ベッドのシーツを整え終えて一息つき、埃が舞ってしまった室内の空気を入れ替えようと窓に歩み寄った。窓の取っ手へ手を掛けて、そこで中庭にルーク様が立っていたことに気付いた。何をしているのかと思ったら、ルーク様は空をじぃと見上げていた。その様子を暫く眺めているとルーク様がおもむろに両腕を持ち上げた。俺にはその光景がまるで何かを求めて縋るように伸ばされているみたいに目に映った。遠目だったからはっきりとはわからなかったが、今にも泣き出しそうな顔をしていた気がする。
常に笑顔を絶やさないルーク様のその表情が眼に焼きついて離れない。一体何があったのだろうか。
中庭へ出てルーク様のもとへ行こうと窓辺から部屋の入り口へつま先を向ける。すると部屋のドアが外側から開かれた。ぎくっとして固まった俺に戸口に立ったアッシュ様が不審そうに眉をひそめた。

「・・・何をしている」

「あ・・・、シーツを取り替えていました」

眉間に皺を寄せたアッシュ様が部屋へ入ってくる。同時に鋭い眼差しが向けられた。暗に早く出て行けといわれている気がしたから俺は急いで一礼して替えたシーツを持って部屋を出ようと彼の横を通り抜けた。
ふと何気なく振り返ってアッシュ様の顔を見たとき、俺は思わず目を見開いた。
窓の方をへ視線を向けたアッシュ様の表情がさっきのルーク様とそっくりだったからだ。だがその表情はすぐに消えてしまい、アッシュ様がジロリと俺へ睨みを効かせた視線を送ってきたので今度こそ本当に部屋を出た。
俺が中庭に出たときには既にルーク様の姿はなくなっていた。





*     *     *





唐突に訊ねられた。



いつものようにガーデンテーブルで淹れたてのミルクティーを飲んで焼きたてのクッキーを幸せそうに頬張りながらルーク様が訊いてきた。

「ガイは俺が死んだら哀しんでくれる?」

「・・・・・・は?」

全く突拍子もない問い掛けだと思った。咄嗟に上手い反応が出来ず、間抜けた声を上げてティーポットを片手にぎこちなく緑翠色の瞳を見返した。驚くほどに静かな光を湛えたその眼はじっと俺の答えを待っている。
一緒にお茶をしているアッシュ様はこちらのやり取りは一切無視してひとり優雅にティーカップを傾けている。
辛抱強い視線に考えあぐねて結局出した俺の答えは―――

「哀しむ・・・と、思います」

「・・・・・・そっか。ありがと」

にっこり笑顔を返されて俺は心を鷲掴みにされたような感覚がした。
ぐっと唇を噛み締め、俺はその場を立ち去ろうと黙礼して踵を返す。だが意思に反して一歩を踏み出せずにたたらを踏んだ。ルーク様の小さな手が俺の服の裾を掴んで俺を引き止めていた。

「俺たちのことは呼び捨てでいいから。アッシュとルークだよ。よろしく、・・・ガイ」

「・・・・・・」

「勝手に決めてるんじゃねぇよ」

「えぇ、別にイイだろー」

「ふんっ」

アッシュ様は鼻を鳴らしても否定はしなかった。ということは、構わないのだろうか。
どうしたら良いのかわからず途方に暮れて眉尻を下げると、ルーク様が俺を見てまた笑った。
一体何がおかしかったのか、俺にはわからない。ルーク様はまるで思い出を振り返っているような遠い目をして口元に笑みを乗せていた。俺にはそう見えた。

「・・・じゃあ、アッシュにルークと呼ばせていただきま―――」

「それと!呼び捨てなんだから敬語もナシな!」

「え、・・・わ、わかり・・・った」

ビシリと人差し指を突きつけられながら俺はこくこくと首を縦に振った。するとルークは満足そうに頷いてクッキーを口に運ぶ。と、アッシュがソーサーへカップを置くと自分の口元を指で示しながら

「ルーク、ここ。付いてる」

「え、どこ?」

「ここだ」

示しているのとは逆側を手の甲で拭うルークにアッシュが身を乗り出して弟の口端に付いたクッキーの欠片を指で摘んで取るとそのまま指を口まで運んで欠片を食べてしまった。その行動に思わず目を瞠ってしまったらアッシュがちら、と俺を一瞥して鼻で笑った。
・・・・・・な、何か馬鹿にされた気がしたぞ今。
でも、何故か悪い気はしなかった。
ここに来て、ファブレへと仕えだして、はじめて温かいという感じがした。
俺の果たすべき本来の目的はファブレに対する復讐だったのに。
復讐相手と一緒にいて抱いてはいけない気持ちを抱いてしまった。
俺は俺自身に愕然とした。これは復讐者であるまじき感情だ。

賑やかに騒ぎ出した双子の元から離れ、部屋に戻った俺は灯りもつけない自室でひっそりと笑みを零した。

「不思議なもんだよ」

ルークに死んだら哀しんでくれるのかと訊かれたそのときは回等に詰まったが、今なら即答出来る気がした。

「俺は二人が死んだら哀しむな。・・・そもそも、そう簡単に死んで欲しくない」

その想いが負の感情からではなく、心の底からあの幼い兄弟の幸せを願った偽りの無い言葉だった。





*     *     *





「・・・何故あんな質問をした」

「んー?・・・なんとなく、かなあ」

「屑が」

「あはは、それ久しぶりだな」

クッキーを摘みながらルークが笑うとアッシュはしかめ面をする。

「・・・もう二度とあんなくだらねぇ問い掛けをするなよ」

嘆息してアッシュがいうと、ルークは不意に笑顔を消した。

「アッシュは俺が死んだら哀しんでくれる?」

「お前は俺が死んだら哀しむんだろう?」

「うん」

真顔でルークが首肯するとアッシュが「なら、俺も同じだ」とあっさり返してきた。
当然のように返された応えにルークは淡く笑んだ。

<あの時>はこんな風に<二人>でお茶をすることなんてなかった。
このくらいのこどもの姿のときは毎日を漠然と過ごしていて日々の中でいつも<ルーク様>を求められていた。
それがとても苦しくてくるしくて・・・。
だけど、今は違う。

被験者のルークとして生きていたアッシュと複製品として生きていたルークは、今こうして双子として生きている。

「ガイと仲良くなるために、また一歩進めたな」

「まだまだ道のりは遠そうだがな」

「いいんだよ、それでも・・・」



少しずつすこしずつ、歩み寄ればいいのだから。


















<初めまして私は―――>からの微妙に続きものです。
実はアッシュとルークは逆行していたんですよ、というお話しでした。
逆行して、気付けば何故か双子として一緒にファブレ邸にいたのです。
ガイさま半年で呆気なくほだされてしまいました(笑

2008.01.30