鋼ワールドinアシュルク〜アッシュSideその2〜





とりあえずこの世界は自分が居たオールドラントではないという事がハッキリとわかった。夜が明けてチラホラと
街中へ出てきた道行く人の服装を見る限り、若干似通った感じはするもののやはり何処か違う風にアッシュには
見えた。
そして時折向けられる奇異の視線。
信仰の主たるローレライ教団の団服はそんなに珍しいものでも無い筈だ。現に街中を普通に歩いていても視線を
向けられる事など無かった。
だが今はちらちらとすれ違い様に自分を見てくる人間が居る。
アッシュは溜め息をついた。

「・・・服を調達するか」



「・・・・・・」

服を調達。簡単そうで、実は今のアッシュにとっては簡単な事ではなかった。
何せアッシュはこの世界の通過を持っていない。掌に乗った硬貨を見下ろし暫し逡巡。まさか盗むなんてこそ泥
的な行為はプライドの高いアッシュには出来ない。
さて、どうするかと言うと・・・。
掌から視線を外し見やった方向には建物の間にあるひっそりした暗い路地裏。アッシュは路地裏へと脚を運ぶ。
想像以上に入り組んでいる路地を黙々と歩いていくと、やがて開けた場所へ出た。水路が流れている場所を中心
にボロ布で作られたようなテントが幾つもある。スラム街よりも貧相な感じのするその場所には少なくない人間の
集団がいた。
突然現れた赤毛の青年へ一斉に視線が集中する。どの人間も褐色の肌に赤い目。人種なのだろうか、とアッシュ
は一瞬思案する。少し予想外な展開にアッシュはぐっと眉間の皺を深めた。本当なら軽くボコしても良いだろう輩
から金を取るつもりだったのだが。そんな物騒な考えを持って難しい顔をして立っていたアッシュへ、一人の老人
が話しかけてきた。

「何故アメストリス人がこのような場所へ来た」

「アメストリス人・・・?」

何だそれは。そういう響きを含ませたアッシュの言に、老人は一時黙り込んだ後

「イシュヴァール人をご存知か」

「知らん」

即答するアッシュに老人は僅かに戸惑ったようだった。しかし、ふと何かに気が付いたのかアッシュの身体を上か
ら下まで見て

「一先ず、着替えを差し上げよう」

良く見れば血塗れだ、老人が言った。そう言われて自分の身体を見下ろせば、確かに見え難くはあるが黒い染み
がある。これもまた予想外ではあったが、服を調達出来そうなので、ここで初めてアッシュは態度を崩した。

「感謝する」

敬意を込めて礼を老人に言い、頭を下げる。老人は驚いたように目を見開きそして微かに笑み、頷いた。










着替える為に空けてくれたテントの中でシャツに腕を通しながら、アッシュは思考を巡らす。

先程の老人が言う、アメストリス人とイシュヴァール人。
アッシュには全く聞き覚えの無いものだった。
また遠目から自分を見る視線は決して好意的ではなかった。
人種間での争いか。
そう弾き出し、アッシュはこそりと息を吐く。厄介な所に来てしまった。

最後にシャツのボタンを留め、アッシュはついとテントの入り口をみやった。
外で待っているであろう老人には訊く事が沢山ある。紅蓮の髪を翻し、アッシュはテントを出た。

「おぉ、サイズが丁度合って良かった」

「あぁ。・・・ところで、幾つか訊きたい事がある。良いだろうか」

「・・・答えられる範囲でなら」

「すまない」

「こちらへ」

老人がアッシュを促しゆっくりと歩き出す。
ボロボロのテントが密集する中を抜けていきながら、アッシュはさり気無く周囲を観察した。
やはり褐色の肌の人間ばかりが目に付く。だが極々稀に白い肌の人間を見つけ、アッシュは軽く目を瞠った。
警戒心剥き出しの視線ばかりを向けられていたからイシュヴァール人以外は受け容れられていないのかと思っ
ていたが、どうやらそうでも無いらしい。

「ここで話をしよう」

足を止めた老人があるテントを指差した。そして入りなさい、とアッシュへ言う。アッシュは言われた通りテントの
中へ入る。
そして中で人が横たわっているのが目に入り、良いのかと視線で老人に問うと老人は構わんとあっさり返してきた。
身体に白い包帯が捲かれ、かなりの重症人のように見えるのだが、本当に良いのだろうか。しかし老人はさっさと
座ると、アッシュに座らないのかとでも言うように視線を投げてくる。僅かに逡巡した後、アッシュは腰を下ろした。
その時何気なく見えた怪我人の腕の刺青と額の大きな傷跡が印象的だった。


















初出 04/15・5/20
加筆修正 08/03