暖かな日差しが世界を優しく包み込む。
天から降り注ぐそれは、世界に命の営みを育み循環作用を作り出す。
東から昇り、西へと沈み行く穏やかに照らし続けてくれていたそれに、人々は感謝の意を捧げて眠りにつく。
そして日課となっている朝起きて窓のカーテンを引いて、輝く朝の日差しを浴びながら
微笑み、天高く昇っている太陽に、言うのだ。
「今日と言う一日が、良い日でありますように」
<巡り続けるこの世界で願わくは幸あらんことを>
それはファブレ公爵邸でも例外ではなく。
その日も使用人である金髪の青年ガイは公爵子息の一人がまだ温かく気持ちの良いベッドの中で惰眠を貪って
いるであろう部屋へと入る。
しっかりと閉められたカーテンにより、室内は薄暗い。ガイは窓辺へ寄るとカーテンを思い切り開けて日差しを部
屋の中へと招き入れた。続いて窓も開け放ち空気を入れ替える。気持ちよさそうに小鳥が囀りながら飛んでいく
のを眺め、良い天気だ、と満足そうに一人呟く。一通りの事を済ませてガイはくるりとベッドの方へ向き直った。ベ
ッドの上では突然入り込んできた朝の外気の冷たさにもぞもぞと布団を頭まで被って寝直そうとしている赤毛の
姿がある。その姿にやや呆れつつ、布団からはみ出した赤毛を掴まないように注意しながらガイは勢い良く布団
をひっぺがした。バサッ、と取り払われたベッドの上で膝を丸めて身を縮こまらせて尚も寝続けようとしている彼
は、何て言うか相変らず朝が弱いようで・・・。
手にした布団を畳みながらガイは赤毛に声を掛けた。
「おはよう、ルーク。いい朝だぞ」
「うぅ〜・・・、まだ・・・ねみ・・・・ぃ・・」
途切れ途切れに聞こえてくる睡眠要求を訴える声。
ベッドの上に置かれた布団へ手を伸ばし再び潜り込もうとするのをやんわりと止めながらガイは苦笑した。
「早く身支度を整えないと朝飯食いっぱぐれるぞ」
「・・・・・・。それは、ヤだ」
むくりと上半身を起こして赤毛が幾分か明瞭な声音で言う。食べ物で釣れてしまうその子供っぽさにガイは再び
苦笑を漏らしながら「ホラ、先ずは顔洗って」「ふあ・・・ぁい」赤毛の背中を押して洗面所へと向かわせる。水の流
れる音を聞きながらシーツの皺を伸ばし、布団を整える。ガイの手によりベッドが丁寧に整えられるのとほぼ同時
に赤毛が戻ってきた。手で口元を隠すことも無く欠伸を漏らす赤毛を手招いて、寝癖でボサボサになった朱の髪
へとガイがブラシを入れる。二年振りに生還を果たした赤毛の髪は、旅をする以前くらいまでに長くなっていた。
質の良い髪は一度ブラシを入れれば真っ直ぐに伸びてサラサラと青年の背中を流れていく。
ブラシを入れ終えて、ガイが洋服ダンスから礼服を取り出すと赤毛は僅かに顔を顰めた。
「俺、その服嫌いなんだよなぁ。動き難いし・・・」
心底嫌そうに呟いた赤毛に、ガイは寝巻きを脱ぐように指示しながら礼服を指差した。
「でもこれを着てないと怒られるだろう?」
誰に、とは言わなかったが赤毛にはガイの言わんとしている部分が解ったらしい。
ますます眉間に皺を寄せたその表情は
「あ〜ぁ、ルーク。アッシュみたいな顔になってるぞ」
「元々同じつくりなんだから仕方ねーだろ」
ルークはぼそりと言った。
ガイは続いてルークの部屋の隣にあるアッシュの部屋へ向かった。
息子が二人帰ってきたのだから部屋が一つでは足りないだろうと、急ごしらえで作られたもう一つの離れ部屋。
左右対称の造りになっているのは意図的になのかデザインの都合上なのか。
そんな事を考えながらガイは扉をノックした。
「アッシュ、起きてるか?」
「・・・・・・」
返事を待つが返ってくる気配は無い。ドアノブを捻るとガチャリと回ってドアが開いた。
ルークの部屋と同様にガイは中へ踏み込むと先ずは窓辺に向かう。カーテンを引いてベッドの上に日差しを照ら
すと、ベッドの住人が身動ぎをした。赤色をした睫の下からうっすらと覗いた翡翠色の瞳を覗き込んでガイは笑い
かけた。
「おはよう、アッシュ」
「・・・ガイ、か。アイツ、は・・・?」
常なら物事をハッキリと喋るのに、寝起きだとまるで幼児の拙い喋り方になる。
その変わりようが意外に面白いのだがその事を本人の前で口にすれば、顔を真っ赤にして怒る様が目に見える。
ガイは笑顔のままアッシュの問いに答えた。
「今日は先にルークを起こした」
「そう、か・・・」
半身を起こしてガイの話を訊いているアッシュだったが時折カクン、と糸が切れてしまった人形のように首が傾く。
まだ完全に脳が覚醒しきっていないのであろうアッシュの様子にガイは常々抱いていた感想を漏らした。
朝が弱い点と言うのは二人とも似てるんだなあ。
先に身支度を済ませたルークが食卓について暫くした後、アッシュが姿を現した。
アッシュは燃え盛る炎のように赤い髪を緩く三つ編みにして纏めている。礼服もしっかりと着こなしてその堂々た
る姿は他の上流貴族の者たちに劣らない。貴族生活を離れていたにも関わらず礼儀作法などを弁えている辺り
流石と言うべきだろう。
そして、そうしたアッシュがルークのちょっとした誇りだった。
椅子に座ったアッシュと目が合い、ルークは笑った。
「おはよう、アッシュ」
「おはよう、ルーク」
互いに一日の始まりを告げる挨拶を交わす。
今日も宜しく、と意味も込めて。
朝食を済ますと、二人は公務の視察へと出た。
その帰り道。
「なぁ、タタル渓谷寄って行こうぜ」
「何を急に・・・」
「別に良いじゃん、お願い出来るか?」
「畏まりました」
「お、おい・・・」
視察を終えた帰りの道中でルークが唐突に言い出し、半ば強引に進路はバチカルより逸れてタタル渓谷を目指
す。ガタゴトと揺れる馬車の中で、半眼になったアッシュがルークの横顔をじっと見据えて無言の圧力をかける。
ルークはそれに耐えながら、只管にはやくタタル渓谷に到着する事を願った。
***************
『俺は・・・アッシュが好きなんだ』
そうルークから話を切り出されたのは、エルドラントで剣を交える直前だった。
俯き加減にそう言葉を紡いだルークの表情はアッシュからは見えなかった。
またルークからもアッシュの表情は見えては居なかった。
ルークは俯いて地面を見たまま、ぐっと唇を噛み締める。
自分の想いを今ここで告白したところで意味は無いと解りつつも、今までずっと秘めていたこの気持ちをアッシュ
へ伝えたかった。
本当であれば宝珠を彼に託すその時に伝えたかった。
けれど、アッシュとは喧嘩越しの別れとなってしまい最後のチャンスを逃してしまった。
この気持ちを伝えるには回線では駄目なのだ。
直接、自分の口から言わなければ。
『ずっと・・・、好きだった。本当はグランコクマで言うつもりだったんだけど・・・』
そこまで言ってルークの言葉は途切れてしまう。
自分が言っている言葉が、とても身勝手なものだと言う事は承知の上だった。
今まさに勝負を始めると言うこの最中に、自分はとてつもなく突拍子も無い事を言っている。
解っていた。
けれど。
でも、どうしても伝えたかった。
だって、俺はもう直ぐ消えてしまうのだから。
『それは本心から言ってる事なのか』
静寂が漂う中で、アッシュから無感情に放たれた言葉。
ルークは顔を上げて、アッシュを真正面から見据え首肯した。
決して揺らぎはしない翡翠の瞳を見返しながら、アッシュはローレライの剣をすらりと抜き放ち、剣先をルークへ
向けた。
『俺を好きだと言って、お前はどうする』
『・・・どうも、しない。アッシュが戦いを望むなら、俺はそれを受けて立つだけだ』
向けられる剣先とアッシュの鋭い眼差しを受け止めながらルークは静かに言葉を紡いだ。
『本当は、闘いたくないけど。アッシュは、それを望んでいるんだろ?』
己の腰にある剣の柄に手を掛ける。鞘から引き抜かれた刀身が鈍く光る。
近くも無く、遠くも無い距離を保ったまま二人は言葉を交わしていた。
しかしそれももう、終わり。
『―――存在を賭けた、勝負だ・・・!』
―――カラ、カラン。
地面を持ち主の手から離れた剣が音を立てて滑る。
アッシュは仰向けになった体勢のまま、自分の顔の直ぐ真横に剣を付き立て馬乗りになっている複製品を静か
に見上げていた。
そのアッシュの頬へ、透明な雫が一滴、二滴と降って来る。
ルークは両の瞳から涙を溢れさせながら、剣から手を離してアッシュへと抱きついた。
嗚咽と泣き声を殺そうともせず、ボロボロと涙を零しながらルークはぎゅうとアッシュに抱きついて離れようとはし
なった。
広い空間にたった一つの泣き声が響いている。
高い天井を見上げながら、アッシュは溜息を吐いた。
『・・・・・・離れろ』
『・・・っ、アシュ・・、おれっ、・・・・・・』
『一先ず離れろ』
しゃくりあげながら何か言おうとするルークを制して、アッシュは上に乗って居たルークを退かした。脇にずれた
ルークへちらりと視線を投げてからアッシュは再び溜息を零し、泣き腫らした目元をゴシゴシと擦っているルーク
の手を抑えた。動きを制限されたルークは目を瞬いてアッシュを見た。アッシュはルークの頬に残る涙の筋を指
でつぅとなぞった後で、目の前にあった赤毛の頭を胸元へと引き寄せた。
それは決して強い力ではなかったのだが、ルークの頭はあっさり胸元に収まった。
『え、・・・あ、アッシュ?何・・・・・』
『うるせぇ、黙って訊け』
困惑して腕の中から慌てて逃れようとする赤毛の頭を抑え込んでアッシュはルークを黙らせる。
それから、少しトーンを和らげて、言った。
『俺も・・・お前が好きだった』
『・・・・・・・・ぇ』
『何時の間にか、俺はお前に惹かれていた。憎い相手だとばかり思っていたお前を愛しいと思うようになった』
それは中々気が付けていなかった感情の一つだった。
そして時間が経過していく内にその感情が何なのかに気が付いた時、自分は酷く動揺した。
でも今はこの感情を受け入れられる事が出来た。
何故なら―――
『お前も、俺を好きだと言ってくれたから・・・。俺もこの感情を受け入れる事が出来た』
ルークを束縛していた腕を離す。
アッシュは立ち上がると離れたところに落ちていたローレライの剣を拾い上げる。
剣を持ったまま扉を開く為の仕掛けがある場所に立つ。
扉が重い音を響かせてゆっくりと開かれていく。それと同時に、部屋の奥の方から何十もの足音がこちらに向か
って来ている気配もあった。未だ呆然として座り込んでいるルークへアッシュは
『いつまでボーっとしてやがる!!早く立ちやがれ!』
『あ・・・、うん』
一喝すると、ルークは慌てて立ち上がってアッシュの元へ駆け寄った。近付いてきたルークへアッシュは無言で
ローレライの剣を差し出した。すると、途端にルークが今にも泣き出しそうな顔をする。
『嫌だ、アッシュも一緒に―――』
『どちらか一人がここに残らなければあの扉は開け無い事ぐらいさっきので解ってんだろう!』
敵も来ている、さっさと行け!
その言葉にルークは奥へ視線をやって初めて敵の姿を確認した。目前へと迫ってきた敵の数の多さに、我知ら
ずの内に息を呑む。アッシュは舌打ちすると乱暴にルークの手に剣を持たせ、扉の方へ突き飛ばした。
数歩よろけたルークは、アッシュの名を叫ぶ。
自分を認めて、好きだと言ってくれた愛しい半身の名前を。
こんな別れ方は嫌だ!!
『俺もここに残って一緒に―――』
言いかけたルークの言葉を、アッシュは複製品の名前を音にのせる事で遮った。
『ルーク』
『・・・っ、しゅ・・・!!』
『行け、ルーク。ここは俺が食い止める。だから、早く行け』
扉に背を向けているアッシュからはルークの表情は解らない。
けれど、ルークが今にも泣き出しそうな表情をしていることが容易に想像できた。
『約束しろよっ!必ず生きて帰るって!!』
『・・・解った』
ルークはアッシュの答えを訊いて意を決し、踵を返して走り出した。
愛しい彼が自分へ託してくれた剣を抱き締めて。
***************
蒼く広がる空の下。
ルークはセレニアの花畑の中に仰向けに倒れこんだ。
ぼすりと倒れこんだルークの身体を、花たちは柔らかく受け止め、花弁を空中へと舞わせた。
エルドラントを見渡せる花畑で、ルークは舞い散った白い花弁をそっと掌へ収める。
たった一枚の花弁に、ふぅと息を吹きかけ再度空中へ舞い上がらせる。
ルークの手中を離れた花弁は他の花弁と共に風に流されて青い海原へと飛んでいく。
その光景を眺めながら、ルークは淡く微笑んだ。
「俺は、アッシュが好き。すっげー好き。大好き」
アッシュは?
そう問いかけると、隣に腰を下ろしていたアッシュが微かに笑みを浮かべた。
「決まってるだろう」
その答えにルークは満足そうに再度笑う。
「すっげ、嬉しい」
「そうか」
笑いあい、どちらからとも無く顔を近づけていき、唇を重ねた。
唇を離した後で、アッシュはふと
「そう言えば」
「ん?どうかしたのか?」
「永遠の愛を誓うちょっとした儀式的なものを一つ思い出した」
「へぇ・・・どんなんだよ」
上半身を起こしてルークが興味深そうにアッシュを見る。
アッシュは暫し考える素振りを見せた後、ルークに立つ様に言う。
言われるまま立ち上がったルークを前にアッシュはその場に跪いてゆっくりと頭を下げた。
恭しくルークの左手を取り、誓いの言葉を愛しい半身へ捧ぐ。
「全ての者が平等であるこの世界で、私はこの命尽きるまで貴方へ一生の愛を捧ぐ事を誓います」
手に取ったルークの左手の薬指へ軽く触れる程度のキスを落とし、アッシュはそっと手を離した。
一時ポカンとしていたルークは、徐々に頬を朱に染めていき
「・・・は、恥かしいな、コレ」
「だが立派な儀式の内の一つだ」
さらりと言うアッシュに、ルークはお返しとばかりに跪いた姿勢の彼の額へキスをした。
互いの愛を確かめ合いながら、赤毛は言葉を交わす。
「有り難うアッシュ。これからもよろしくな」
「あぁ、こちらこそよろしく。ルーク」
そして毎日が幸せな日々でありますように。
白亜様よりリクエスト頂きました
『アシュルクED捏造後のお話』です。
内容は甘め・シリアス・ほのぼの何でも良いとのことだ
ったので全部ひっくるめて詰め込んでみました。
詰め込みすぎて無駄に長くなってしまった感が否めませ
んがそこは目を瞑っていただけると幸いです(すみません;;
それでは、一万打企画へのリクエスト有り難う御座いました!
03.20
※この小説は白亜様のみお持ち帰り可となっています。