<身をもって知ったこと>
ガイはやれやれと肩を竦めて嘆息した。
ちらりと横目で見やる先には目にも鮮やかな赤毛の双子がギリギリと拮抗しあっていた。
互いの手をがっちり掴んで力の限り押し合って、両者とも引こうとしない。
「・・・、いい加減、に・・・諦めろっ!」
「ヤ、だ!だいたい・・・アッシュが、悪いんだ!」
鏡に向かい合わせた様にそっくりな顔をした赤毛が鼻頭がくっ付き来そうなくらいの距離で怒鳴る。一方は眉間の
皺をぐさりと刻み、一方は大きな目に怒りの色を露わに睨みつけて。
「俺の大事な・・・大事な・・っ、エビグラタン食べてさ!!」
「・・・だから!それは悪かったといってるだろうが!!」
「謝って済む問題じゃねーっての!」
一際大きく叫んだ明るい赤毛のルークが若干涙になった。それに動揺を見せたのはアッシュだ。見る見るうちに眼
前にある翡翠の双眸へ水の膜が張っていく。今にも零れ落ちそうなほどに溜まった涙。未だ押し合っている姿勢の
まま、アッシュの眉間の皺が今までとは別の意味で一本増えた。
「な、泣くな」
「っ、ないて、ねーよ・・ばかアッシュ」
鼻をすんと啜ってルークが悪態を吐く。しかし言葉とは裏腹にルークの瞳からポロリと雫が零れ落ちた。自然、そ
の水滴をアッシュの視線が追い掛け、下を見る。次いで、ポタポタと雫が次から次へと落下してきた。アッシュがそ
っと顔を上げれば、身長が同じなので自然、ルークの翡翠の双眸から透明の涙が流れているのが視界に飛び込
んでくる。ぐず、っと鼻を鳴らして唇を噛み締め、嗚咽を殺しているルークに、アッシュは苦虫を噛み潰したような
表情をした。気が付けば互いの手には既に力は込められておらず、アッシュが手を引くとルークの手は重力に従
ってパタリと落ちた。自由になった手でルークはごしごしと顔を乱暴に拭うと、身体を反転させた。おい、とアッシュ
が声を掛ける間も無く、ルークはそのまま走って家を飛び出してしまった。反射的に伸ばしたアッシュの腕が間抜
けに突き出され、僅かに指がピクリと動きその手は前髪を掻き揚げるために額へと持っていかれた。はぁ、と溜め
息を吐けばそれまで傍観していたガイが苦笑した気配を感じ取って肩越しに振り返った。
「何が可笑しい」
「いや・・・。アッシュも大変だな、と思ってさ」
ガイが玄関を指差して、我が儘坊ちゃんだろアイツと言うので、アッシュは舌打ちしてその言葉を肯定した。
「全くだ。何故俺が・・・」
言いかけてアッシュは唇を閉ざした。それから何かを考える素振りを見せた後、ポツリと
「お前が原因か、ガイ」
「え」
疑問系ではなく確信を持って断言するアッシュに、ガイはぎょっとして焦ったようにわたわたと両手を振ってついで
に首も音が鳴るくらいに振った。
「ち、違うアッシュ!俺が原因じゃ・・・、いや、少しは俺かもしれないけど!!」
あぁ、何余計な事を言ってるんだ俺!最後には自分に突っ込みを入れてガイが頭を抱え込んだ。
アッシュは物騒な光を瞳に湛えて口端を持ち上げた。
「ならお前がしっかりと責任を取れ」
* * * * *
勢いで家を飛び出しても行き先もなく、マンションの前で立ち尽くすこと数分、ルークは近くの公園へ足を向けた。
「アッシュが悪いのに、何で俺が家を出てこなくちゃなんねーんだよ」
ブランコに座ってルークはぶちぶち文句を並べる。
そもそもエビグラタンを俺が大好きだって事はアッシュも知っていたはずなのに。
確か昨日の夜エビグラタン食べるからってアッシュに言った気がしなくも無い。
いや、言ったよな。うん言った。
やっぱアッシュが全面的に悪い!
悪かったと言いながら、あの態度の何処が悪びれていたのか教えて欲しいものだ。
ルークと半分取っ組み合い状態になって開き直ったように悪かったと言ってるだろうがと言われても納得いく訳が
無い。
ブランコを揺らしながら、ルークは俯いた。
「・・・・・・アッシュのばーか」
「誰が馬鹿だ」
「・・・っ、アッシュ?!」
不機嫌そうな低い声音が頭の上から降ってきて、ルークは顔を跳ね上げた。目の前には腕を組んで立っている
アッシュがいた。
「帰るぞ」
「ヤだ」
「何でだ」
「ヤなもんはヤなんだよ」
つんとそっぽを向いて言い張るルークに、アッシュはこめかみをひくりと引きつらせた。反射的に怒鳴ろうと口を開
きかけたが、それを必死に思い留めて極力抑えた口調でルークに話しかけた。
「・・・・・・なら、ジャンケンで決めよう」
「は?ジャンケン??」
兄からの意外な提案にルークは顔をアッシュの方へ向けて素っ頓狂な声を上げた。アッシュは頷いて右手を持
ち上げてみせる。
「そうだ。お前が俺に勝ったら、一緒に帰る。それと家に帰ってエビグラタンを作ってやる」
「俺が負けたら?」
「一緒に家に帰るだけだ。エビグラタンは無い」
・・・それって、アッシュの罪が水に流されてるのと同じなんじゃないか?
ルークは一瞬そう思ったが、アッシュの手作りエビグラタンが食べられるかもしれないこの提案は魅力的だった。
アッシュは料理が上手で、エビグラタンも時々作ってくれたりした。そのエビグラタンが最高に美味しいのだ。アッ
シュとは今までジャンケンなんてしたこともないのだが、まぁ良い機会かもしれない。
ルークはどうする、と目で問うて来る兄へ頷いて了承の意を伝えた。
「勝負は三点先取形式だ。良いな」
「良いよ」
「まずは一回目。―――ジャンケン」
ポン。
アッシュがポン、何て言うのが可笑しくてルークはくすりと笑みを零しながら手を出した。
ルークが出したのはグー。アッシュはパー。一回目はアッシュの勝ち。むぅと頬を膨らませてルークがアッシュを
見ても、アッシュは目をあわそうともしないで、次いくぞと二回戦目をはじめようとする。振り上げた手を再び合図
とともに形を決めて出す。今度はルークの勝ちでお互いに一勝ずつ。よっしゃとルークは内心で小さくガッツポー
ズを決めて喜ぶ。アッシュは差した表情の変化も見せずに三回戦目をはじめる為に声を上げる。
ポン、と出されたのはアッシュのチョキとルークのパー。これでアッシュがリーチになった。わ、マズイ。さっきまで
の喜びが嘘のように引いていく。こうした心理的な考えを必要とする勝負にルークは弱い。ジャンケンでは考えが
単純な人は、まず出す時に簡単なグーとパーを最初に出す人が多いとはガイから訊いた事があった。だけど今
の勝負相手は、単純どころか複雑思考回路の持ち主だ。・・・自分とは違って。必ずルークの考えを読んで何を出
すか決めているに違いない。アッシュがルークの考えを読むのは簡単だろう。しかしルークがアッシュの考えを読
むのは大変難しいことだった。どうしようどうしようと焦りばかりが募る。そんなルークの心情を読み取ってか、アッ
シュがちらりとルークの顔を見て薄く笑った。
「これで俺が勝てばお前の負けだ」
「わ、わかってるそんなこと!」
「そうか」
「ほら、やるぞ!!」
ジャンケン―――ポン。
「・・・・・・・あ」
「・・・俺の勝ちだな」
アッシュはあっさり言うと、ルークに背を向けた。これで話は終わった。でもあのジャンケンに負けたときのルーク
の愕然とした表情に、アッシュは勝負に勝ちはしたが、エビグラタンを作ってやろう、なんて思っていた時だった。
がしり、と後ろから肩を掴まれて強引に後ろを向かされる。
「もう一回勝負だアッシュ!」
「・・・今ので終わりだ。俺の勝ちで勝負は付いた」
「まだ!俺は納得いかない!!」
「お前の納得いく、いかないの話じゃないだろう」
「うっさい!とにかくもっかいジャンケンだ!」
いきりたつルークにアッシュはうんざりして、ジャンケンをすると折れた。ルークは無意味に腕まくりまでして気合
十分だ。変なところで熱くなるな。はぁとアッシュが溜め息を零すその向かいでルークがジャーンケーンと腕を振
り上げた。
ポン。
両者が出したのはどちらもチョキ。あいこなのでもう一度。
すると再びパーであいこ。先ほどの勝負ではあいこなんて一度も出なかったのに。
三回目もあいこ。四回、五回と回数を重ねるがあいこが続くばかりで勝負が付かない。
「なんであいこばっかりなんだよ!さっきはあっさり勝負付いてたのに!!」
というとう二十回目まであいこが続き、ルークがうがぁと叫んだ。
「アッシュ負けを認めろ!」
「負けを認めるのはお前だろうが」
この前の勝負で本当はアッシュが勝って終わっているのに。しかし呆れて呟くアッシュの言葉はルークの耳には
届いていない。
「俺のエビグラタンー!!!」
ルークはビシッとアッシュへ人差し指を突きつけて宣言した。
「こうなったらぜってー勝つまでジャンケンするからなっ!!」
「・・・・・・何故そうなる」
明らかに趣旨がずれたぞ今。
「問答無用っ!」
「・・・・・・・・・・・・・」
頭痛がしてきた。アッシュは額を押さえて通算何度目かの溜め息を吐く。
ここでアッシュがエビグラタンを作ってやると言ってもムキになったルークは絶対にジャンケンに勝たないと気が
済まないだろう。面倒くさい奴だ。
そこでやっと、初めてエビグラタンを食べてしまったことに後悔を覚えたアッシュだった。
窓花様よりリクエスト頂きました
『赤毛二人でジャンケンをしていて、子供っぽいことになるとルークが暴走してしまう。
パラレルでもゲーム時期でもどちらでも可(簡略化)』です。
設定はパラレルかゲーム時期どちらでも良いとあったので、一応現代パラレルとして書かせて頂きました。
同位体ならではの同じ事をしてしまう、的な要素をもっと出せれば良かったのですが・・・;;
でもジャンケンをしている赤毛を想像するのは楽しかったですv
それでは、一万打企画へのリクエスト有り難う御座いました!
07.13
※この小説は窓花様のみお持ち帰り可となっています。