奪えるものなら奪ってみな





ここは王都バチカルにあるファブレ公爵邸の一室。その一室では紅蓮を髪に宿した青年が机に向かってペンを走
らせていた。サラサラと紙に書いていく音が室内に響くだけで、静かな時間が流れていく。
机に積み上げられた書類を半分ほどに減らした頃、右手に持っていたペンを止め、ふぅと息を吐いて強張った身
体を解すように肩を少し回す。次いで首を鳴らして椅子を引き立ちあがる。窓辺に歩み寄り窓を開け放って新鮮な
空気を取り入れると流れ込んでくる風は中庭に綺麗に植えられた様々な種の花の香りも運びそして気持ちよく頬
を撫ぜていく。その感触に目を細めていると、青年の視界に鮮やかな明るい朱色が飛び込んできた。それは双子
の弟、ルークの頭だった。中庭を走って横切ろうとしていたルークをアッシュは呼び止めた。

「何、アッシュ」

気付いたルークがアッシュのいる窓の下までやって来て首を傾げた。見下ろしたルークの顔は何処か嬉しそうで、
ルークのそういう表情は大抵『彼』がこの屋敷を訪れる時と決まっていた。恐らくルークが急いでいたのも、もうす
ぐその『彼』が来るからなのだろう。それはアッシュにとっては喜ばしくないことだった。

「なぁ用が無いんだったら俺、ガイのこと出迎えに行きたいんだけど・・・」

ガイ。ルークの唇から紡がれた名前、ガイことガイラルディア・ガラン・ガルディオス。マルクト帝国の貴族であり伯
爵の地位に在る若者だ。
その名を耳にした途端アッシュは不愉快そうに眉間の皺を増やした。


以前ルークと共にインゴベルト国王からマルクトへ親善大使として赴いて欲しいとの命を受け、帝都グランコクマ
へ行ったときに、謁見の間の中心の玉座にゆったりと腰掛けるピオニー陛下を囲むように軍服を身に纏う軍人が
ずらりと並ぶ中、唯一人違う装いをした金髪の青年がいた。それがガイであり、双子との初めての出逢いだった。
初めての経験に双子が緊張しながらもピオニー陛下へインゴベルト国王から預かった親書受け渡しと挨拶を無事
に済ませ、僅かな暇が出来たときだった。かつん、とブーツの踵が鳴る音に同時に気が付いた双子が視線を投げ
た先に、爽やかな笑顔を浮かべた彼がいた。ガイはそのまま歩み寄ってくると初めまして、と手を差し伸べて挨拶
をしてきた。最初こそは当惑して顔を見合わせてしまったが、アッシュより先にルークがガイの手を握り返した。

「はじめまして、ルークです」

「ガイラルディア・ガランだ。ガイと呼んでくれ」

親しげに話しかけてきた彼だったが、何故かアッシュに一瞬向けた視線は氷のように冷たかった。



ルークには優しいのにアッシュには冷たい。彼の態度はそんな感じだった。
そもそも、アッシュはガイから拒否される以前に彼のことが最初から好きになれそうにないと思っていた。
直感的に大切な弟を奪われるかもしれないと感づいていたことも理由の一つかもしれない。
ここで一応弁解しておくが、俺は本当に弟としてルークを大切に思っているわけで、別にそういった気があるわけ
ではない断じて本当に。今までずっと片時も離れずに一緒にいたルークが自分の元を離れてガイのところに行っ
てしまうのが寂しいというか、取られた感がして悔しいというか。
そう思考を飛ばしていると、痺れを切らしたルークが大きな声でアッシュの名を呼んだ。それにより引き戻されたア
ッシュはすまないと詫びて何故か窓の縁に足をかけた。ルークは目を丸くして再度アッシュと言おうとしたが、僅か
に早く兄は窓からひらりとルークの隣へ着地した。ルークがアッシュなら絶対にやりそうにないことを目の当たりし
て唖然としている。しかし当人は乱れた服装と前に垂れ下がってきた紅髪を払い除けて、どうした玄関先に行くん
じゃなかったのかとのたまった。アッシュに言われ、はっと復活したルークは慌てて走り出す。その後ろをアッシュ
が早歩きで追いかけていった。

「ガイ!久しぶりだなっ」

「よぉルーク、元気にしてたか?」

相変わらず人の良さそうな笑みでルークを迎え、飛びついてきた身体を優しく受け止めて赤毛を撫でる。見ていた
メイドや白光騎士団の者たちが思わずくすりと微笑を零しそうな和やかな雰囲気の中でアッシュだけは面白くない
と言わんばかりに眉間に皺を深く刻んでいた。一通りルークとのやり取りを済ませたガイが漸くアッシュへ目を向
けた。そこで再び笑みを浮かべた。
ルークに見せるのとは違う、明らかに作ったとわかる偽物の笑顔。

「やあアッシュ。ご機嫌そうで何より」

「・・・これでご機嫌そうに見えるとは貴様の目は余程視力が低下しているらしいな」

「そうかな?俺はアッシュの笑顔なんて見たことがないから(見たくもないが)それでも十分機嫌が良いのかと思っ
たんだ」

ほら、眉間の皺がいつもより多いしな。そう言ってガイは己の眉間を人差し指で軽く叩いた。すぐさま嫌味を嫌味で
返され、アッシュは表情を険しくしていく。笑顔で嫌味を言う奴ほど性質が悪い!
出会い頭から嫌味の応酬を始める兄とガイの様子に、ルークはくい、とガイの服の袖を引っ張った。

「なぁ・・・・・・ケンカ?」

ガイよりも身長の低いルークは自然とガイを下から見上げる形になる。それをわかってはいつつも顎の下から見
上げられという仕草はガイへ超絶級のダメージを与えてくる。ぐらりと揺れた理性を持ち直し、ガイはルークの赤
毛を掻き混ぜて安心させるように笑いかけた。

「違うよ。アッシュと俺のコミュニケーションだ」

「本当か?嘘じゃない?」

「嘘じゃないって」

「そっか、なら良かった」

ガイの言葉を信じたルークはへにゃりと表情を崩した。その単純さも可愛くて、ガイはルークの身体を抱き締めた。
ルークもガイの抱擁を抵抗することなく受け入れている。そうして二人の世界へ歩き出そうとしていたが、それを許
すまじとアッシュが割って入り込んでガイをぎっと睨み付けた。引き離したルークを自分の後ろに回して、ガイと正
面から対峙する。ルークが傍から居なくなった途端、アイスブルーの瞳が冷たい光を宿してアッシュを捉えた。長
身であるガイに身長で劣っていたとしても気の持ちようなら負けない。例え氷のように凍てついた双眸で見据えら
れても・・・見据えられ、ても・・・そ、それが何だって言うんだ!俺はこんな奴には絶対負けねぇ!!視線に動揺し
ている辺りでもう負けかけていたりするがそこは華麗にノータッチ。負けてない負けてない。自分に言い聞かせて
気張るアッシュと一方のガイは余裕の笑みを浮かべ、アッシュを一瞥すると困惑顔でアッシュの肩越しに顔を覗か
せているルークを呼んだ。それに応じてルークがアッシュの前に出ようとするがアッシュが手を掴んで阻止する。
本格的に困った顔になったルークは掴まれた手を見下ろしてアッシュの顔を見た。どうしていつもガイが来るたび
に兄はこうなるのだろう。まるで俺とガイが仲良くしてはいけないみたいだ。

「やっぱりアッシュは俺とガイが仲良くなるのが嫌なのか?」

「・・・っ、嫌、と言うわけではない・・・・・・」

「ならどうして?」

「そ、それは・・・」

問い詰められてアッシュは言い淀む。嫌ではないと言ってしまったが、実際は物凄く嫌なのだ。しかしそれを面と
向かってルークには言えない。言えるわけがない。

「ルーク、お前はアイツが好きなんだろう」

ガイの方向を見ずにアッシュはガイを指差す。それに対しガイは人を指差すなデコと胸中で悪態を吐く。面では
ルークににこにこ笑いかけておきながら胸の内ではアッシュに酷いことを言っている。それがガイと言う人間なの
だと知っているものは残念ながらこの場には居なかった。強いているならアッシュが気が付きかけているくらいだ
ろう。
訊ねていたのはルークのはずだったのにアッシュから訊ね返され、ルークははぐらかされたかと考えたがとりあ
えず頷いた。

「好きだよ。だって俺たち」

恋人同士だもんな。

ルークは丁度目の合ったガイへ確認するように言った。ガイは一度目を瞬くと、あぁそうだな恋人だ、と赤毛の言
葉を首肯した。

俺たち恋人です宣言に、アッシュは完全な敗北を悟りがっくりと肩を落としてルークを解放した。

屋敷の者たちがこの状況を見ているというのに、躊躇いや臆することもなく、俺たち恋人なんですよと公言したガ
イとルークは爆弾発言を聞いてしまった通りすがりのメイドや見回りをしていた白光騎士団の者が衝撃で固まっ
ているのを他所に、腕を組んで密着状態になりながら連れ立って中庭の方へ消えた。










「なぁガイ」

「ん?」

「ガイはアッシュのこと好き?嫌い?」

「そうだな・・・正直、好きとは言えないな」

「・・・・・・そっか」

「俺が好きなのはルークだけだから」

「え?」

「ルーク以外の奴は好きにならない」

「ガイ・・・」

「納得したか?」

「・・・・・・うん」

ベッドの上にガイが座り、その隣に座ったルークはガイの肩へ寄り掛かって幸せそうな笑みを口元に刻み目を閉
じた。

「俺もガイが一番好きだよ」





ルークの部屋の様子を中庭の一角にしゃがんで双眼鏡を使って覗き見していたアッシュは歯を食い縛って今にも
駆け込みに行きたい衝動を必死に抑えていた。敗北を悟りはしたが、妨害を止めるなんて誰も言っていないから
な。二人の仲を引き裂けずとも、あのいけ好かない金髪野郎に良い想いをいつまでもさせてやるほどこの俺は甘
くない。双眼鏡で様子を見ながら、アッシュは次はどの様な手段を使うか思考をフル回転させる。
・・・ルークに成り済まして別れ話を持ちかけるとか、どうだろうか。ルークと俺の髪の長さは大体同じだし髪色は少
し染めれば何とかなる。分け目も変えれば完璧にルークになれるだろう。後は演技力次第。
おっ、これはいけるかもしれない。
アッシュは自分の思いついたアイディアにほくそ笑む。
しかしそんな愉悦感に浸れたのは僅かだった。

「・・・・・・なっ?!」

未だ監視(と言う名の覗き)続けていた部屋で、ガイがルークの顎に手を添えたのだ。その動作の次に来るのは嫌
でもわかる。思わず立ち上がり駆け出そうとしたが一歩踏み出した姿勢でアッシュはガイがこちらを見た気がして
眉をひそめた。窓に背を向ける形になっているルークの背中へ腕を回し、中庭を望めるガラス越しの金髪の青年
が口を動かした。


「随分と悪趣味なことだな」


気付いてやがったのか。口の動きを読み取ったアッシュは無言で走り出す。ぐんぐん距離が縮んで行くのは、ル
ークの部屋までの距離と、ガイとルークの唇が近づいていく距離。必死にアッシュが走る様を見ながらガイは何
かタイミングを計っているのか口端を持ち上げるだけでキスをしようとはしていなかった。部屋まで一メートルとな
った時、窓から突入してやろうとアッシュが強く右足を踏み込んで跳躍した。

その瞬間。

ガイは待っていたと言わんばかりにルークの唇へ己のそれを重ねた。

同時に見せ付けられたアッシュが窓を突き破り損ね、無様にガラスへ張り付く。
べしゃりと響いた衝撃音に驚いたルークが振り返りアッシュの姿を見てポカンとする。

「あ、アッシュ・・・?何やってんだよ」

「な、何でも・・・ない」

窓越しに会話する双子をベッドに座り優雅に足を組んだガイは面白そうに眺めていた。自らの唇をつぅと人差し指
でなぞり窓を開けて中へ入れてくれたルークへ礼もそこそこに憤怒の形相をしたアッシュに声をかけた。

「なかなか良い表情だったぜ、さっきの」

何処までも余裕を見せる暗殺標的はさらりと金髪を揺らして笑った。





その後ますますアッシュのガイとルークの恋路を邪魔する行動が過激になっていくこととなる。




















七架様よりリクエスト頂きました
『ガイルクパラレルで アッシュは双子の兄。ガイはマルクト貴族。主に兄の妨害にもめげず愛を
育む最強カップル。腹黒ガイ・天然ルーク。 二人揃えば最凶(簡略化)』です。
企画唯一のガイルク!しかし黒ガイは初めてだったので書き慣れないと言いますか・・・;;
ちゃんと黒ガイになっているか不安です(汗
ギャグチックを目指してアッシュには色々頑張ってもらいました。弟馬鹿なアッシュも素敵ですよねv


それでは、一万打企画へのリクエスト有り難う御座いました!

07.22

※この小説は七架様のみお持ち帰り可となっています。