『ルーク』と『アッシュ』





アクゼリュスが崩落した。原因は、ルークの超振動によるセフィロトツリーの消滅によってだった。



ガイは足元に転がっていた瓦礫を蹴って、苛立つ気持ちを抑えられずに舌打ちをした。ぐるりと周囲を見渡せば、広がるの
は赤紫色の気味悪い空と海。海、というか流れる泥のような気もする。淀んだ空気が漂い、呼吸をするのが辛い。この場に
長居をしていては危険だ。何となく、ガイはそう思った。はやくこの場を離れるべきだ。しかし、最悪の事態に女性陣はどこ
か呆然としていて動きが鈍い。ジェイドは無表情を装いながらも、赤の双眸がタルタロスを映し出して揺らめいていた。ガイ
は今度はため息を零す。さて、どうしたものね。思考を巡らせようとしたときだった。ガイが先程蹴り飛ばした瓦礫に、誰か
のつま先がコツンとあたった。気が付いたガイがそちらへ視線を向けると、ルークが立ち尽くしていた。怖々と辺りを見渡し、
近くに死体が倒れているとルークは、小さく悲鳴を上げた。死体を避け、ルークがのろのろとこちらへ向かってくる。ガイは
それをじっと見つめていた。そのガイの視線にルークは伏せがちだった顔を上げる。ルークは怯えを含んだ表情でガイを
見返した。
まだ全てを把握しきれてはいないだろうが、何となく察してはいるのだろう。ルークの喉が生唾を飲み込んで上下した。

「タルタロスに乗りましょう。状況把握はそれからです」

ジェイドがルークを一瞥して、そういった。硬い表情のまま、仲間たちはタルタロスへ乗り込んだ。




イオンがセフィロトツリーが消滅した経緯を仲間へ話す。途中、ティアから外郭大地と魔界についての説明も入った。仲間
たちはみな呆然と聞き入っていた。

「あなたは兄に騙されていたのよ」

「・・・・・・っ?!」

はっと息を呑んだルークを仲間が冷たい瞳で見据える。ルークは震える唇を必死に動かして叫んだ。

「お、俺は悪くねぇぞ!だって、だってヴァン師匠がやれっていったんだ!俺は悪くねえ、俺は悪くねえっ!!!」

悪いのはみんなヴァン師匠だっ!!ルークは肩で息をしながら立っていた。
ジェイドは嘆息すると、唐突に踵を返した。

「・・・・・・ここにいると、馬鹿な発言に苛々させられる」

冷え切った声音で言い残し、タルタロスの中へ消えていく。続いて、アニスがイオンを引っ張って行ってしまう。
ティアはナタリアも、それぞれにルークを軽蔑しきった目で見やり、同じ様に艦橋から去って行く。
残ったガイは、哀しげに眉根を寄せた。

「ルーク・・・・・・あんまり俺を幻滅させないでくれ」

「ガ・・・!」

呼び止めかけたルークの声を無視して、ガイもまた行ってしまった。
残されたルークは伸ばした腕をパタリと下ろし、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
ミュウが足元で小さく鳴いた。ルークは膝を抱えてこどものように泣きじゃくっていた。





*     *     *





「貴方が本当の『ルーク』だと」

「そうだ。俺が被験者のルークだ」

ユリアシティに現れたアッシュから複製品の話を訊かされたナタリアはアッシュが自分の知るルークだとわかった途端、嬉
しそうに顔を綻ばせた。しかし、ガイは浮かない顔で、ティアの部屋へ寝かせてあるルークが気になるのか、しきりに自分た
ちが出てきた方角を顧みていた。ルークの朱色より深い赤色を髪に宿したアッシュは、その長い髪を翻してタルタロスへと
向かう。

「外郭大地に戻ってヴァンの計画を探る」



外郭大地へ無事に戻ることが出来たアッシュたちはベルケンドへ向かった。
そこで保管計画の話をスピノザから訊かされ、レプリカについての情報を得るためにワイヨン鏡窟へ行くことになった時だ
った。一番後ろを歩いていたガイが立ち止まった。アッシュが振り返れば、ガイはアッシュの翡翠色の瞳を見据えていった。

「俺は、降りるよ。ルークを迎えに行く」

ガイがそういうと、ナタリアとアニスが非難の声を上げた。しかしガイは困ったように笑うだけで、取り合わない。アッシュは
複雑そうな表情を一瞬だけ浮かべた。

「・・・・・・レプリカが外郭大地に戻ってくるなら、アラミス湧水洞だ」

「アラミス湧水洞ね。・・・悪いな、アッシュ」

ガイが謝ったが、アッシュは既に前を見て歩き出していた。



仲間が去り、ひとりその場に残ったガイは、ポツリと呟いた。

「知らない方が幸せなのか、或いは―――」





*     *     *





長い長い眠りから目覚めたルークは、ぼんやりとしていた。
体力、そして精神的にも疲労が溜まっていたらしく、ティアの話しによると数日間は寝ていたそうだ。
上手く働かない思考のまま、ルークは覚束無い足取りで中庭へ出た。サク、と草を踏みしめ、ルークは花畑の真ん中に佇
むティアの傍に歩み寄った。

「目が覚めたのね」

「あぁ。・・・・・・なぁ、ティア」

「何?」

「俺は複製品なんだってな」

師匠が俺のこと、レプリカって呼んでたし、何となく、アッシュを見てそうなんだ、って思った。

「・・・・・・」

「アッシュが、本物のルークで、俺は偽物なんだ」

ひとじゃない、まがいもの。造られたから、記憶なんて最初から無かったんだよな。

「それが、どうしたの」

「ぇ・・・?」

「貴方が、複製品で偽物だから、何だって言うの?貴方は『貴方』でしょう」

ティアは唖然として固まっているルークに事も無げに言い放った。
確かに、ティアが言う通りなのかもしれない。だけど、実際にはそう考えても割り切れないのも確かだ。
ルークは顔を歪めて目の前の少女を見つめた。

「ティア、俺は『俺』だっていうことを、主張していいのか?複製品なのに」

「複製品だから駄目だ、なんてことは無いわ。それに・・・、私が知っているルークは『貴方』しかいないもの」

貴方がルークじゃないといってしまったら、私が知っている『ルーク』は何処に行ってしまうの?
ティアはそれまできつい口調だったのを少しだけ和らげた。

「ルーク、貴方は『ルーク』よ。だから、しっかりして」

「・・・あり、がとう、ティア」

「あら、お礼を言えるのね」

少しだけおどけた調子でティアが言い、ルークは決意を秘めた瞳で強く頷いた。

「俺、変わるよ。あの時、俺は間違ってた。自分で考えて行動しないで、ヴァン師匠の言いなりになって。
・・・アクゼリュスの人を殺したのは、俺だ。だから罪を償わなくちゃならない」

ルークは一言ひとことを自分に言い聞かせるように言葉を紡いでいく。

「俺、変わりたい、・・・変わらなきゃいけないんだ。・・・・・・ティア、ナイフ貸してくれ」

「えぇ」

ティアの手からナイフを受け取ったルークは、長い髪を片手で一まとめにすると、纏めた部分へナイフを入れた。横にスラ
イドさせ、ナイフがざくりと焔色の髪を切り離した。軽くなった頭を左右に振り、ルークは泣きそうな顔で笑った。

「これが、今の俺に出来るせめてもの証明だ」

幻想的な花畑へ舞い散る焔を見やりながら、ティアは小さく微笑んだ。





*     *     *





ティアの前で変わると宣言し、外郭大地に戻ったルークの元へ戻ってきてくれたのはガイだけだった。
ティアはルークを見ていると約束をしたので、一緒についてきてくれている。
みんなではなくとも、ガイとティアがいてくれることが、複製品である事実を知らされたルークの、唯一の心の支えだった。



「ヴァン師匠!」

その日、ルークは偶然滞在していたベルケンドでヴァンの姿を見かけた。ひとりで追いかけるのは無謀かとも思えたが、気
が付けば足がひとりでにヴァンを追いかけていた。ヴァンは路地に入ったところでルークを待ち構えるように立っていた。
そして、そこにはアッシュの姿もあった。
ヴァンは複製品のルークじゃなくて、被験者であるアッシュを必要としている。
その事を改めて突きつけられたようで、どうしても胸が苦しくなった。

「師匠・・・」

「久しいな、ルーク」

ヴァンは口元を歪めていった。

「複製品として思い込んで過ごした日々はさぞ辛かっただろうな」

「・・・・・・ぇ」

「お前は複製品などではない。複製品はこの、アッシュの方だ」

「なっ・・・!じゃあ、どうしてアッシュに記憶があって、俺には記憶が無いんですかっ?!」

「不運なことが起きてな。気絶していたお前が目を覚ましたときに、私の腕を振りほどいて逃げようとして誤まって階段から
落ちたのだ。その際に頭を強く打ったショックで記憶がなくなった。私は当初の計画を少し変更して、複製品のアッシュへ
『記憶の刷り込み』をして、被験者に仕立て上げ、ルーク、お前を複製品としたのだ」

「どうして、俺が複製品だってことにしたんだ」

「絶望の淵まで追い込んでも、お前は私に縋ってくるだろうと思っていた。だが、ガイラルディア様やティアの影響の所為か、
お前は縋って来はしなかった」

これは誤算だった。そういって喉を震わせて笑うヴァンに、ルークはぞくりと背筋があわ立つのを感じた。その中で、アッシュ
は瞬きもせずにじっとヴァンの傍に立っていた。その瞳は濁っていて、自我を宿していない。その事に気が付きつつも、ルー
クは狂気すら窺がわせるかつての師に、震える唇を必死に動かして訊ねた。

「アッシュを、どうするつもりなんですか」

「アッシュは複製品だ。壊れればいずれ捨てる。私に必要なのは、お前だ」

アッシュを捨てる、と淡々とした声音で言い捨てるヴァンに、ルークは愕然とする。まるで消耗品が使えなくなったから捨て
るだけのことだと当然のようにいうヴァンが信じられない。

ティアは、複製品である『ルーク』でも、ルークを『ルーク』として認めてくれていた。
ガイは、記憶がなくても、ガイにとっての『ルーク』はルークなのだと、そういってくれた。

では、アッシュは?

本当はアッシュが複製品で、まがいもので。
自分のじゃない記憶を刷り込まれて『ルーク』だと思い込まされて。
空っぽじゃないか。
『ルーク』がいても、『アッシュ』がいない。
空っぽだ。

ルークの頬を涙が伝った。それを少しだけ意外そうにヴァンが眉を上げて見ていた。

「何故、泣く」

「アッシュは、『アッシュ』だ。生きてるんだ。・・・捨てるなんて、物扱いしないでください」

「複製品は所詮、物だろう。お前は、アッシュが憎くないのか?」

「・・・・・・どうして」

「アッシュの所為で仲間は離れていったようなものだろう?ナタリア姫は事実、アッシュを被験者と思い込んで想いを寄せ
ている」

くっ、とヴァンが嘲笑を漏らした。アッシュの首へ腕を伸ばし、片手でギリギリと締め上げる。しかしアッシュは何も感じない
のか、苦痛に顔を歪めることもなかった。

「やめろっ!」

思わずルークは剣を抜き、ヴァンへ斬りかかっていた。ヴァンはアッシュの首から手を離すとその場から飛び退る。倒れこ
んだアッシュを背に庇うように立つルークへヴァンは囁くようにいった。

「また話しをしよう、・・・『ルーク』」

ヴァンはそういい残し、路地の奥へ姿を消した。



緊張感から開放されたルークは脱力してその場に座り込んだ。仰向けに倒れたアッシュは虚空を見つめたまま動かない。
まるで人形のようになってしまった彼に、ルークはそっと頬へ触れた。少しだけ冷たいが、確かにアッシュにも体温がある。
それは彼が生きている、という何よりもの証拠だ。
複製品でも生きているのだ。『アッシュ』が存在しているのだ。
それをヴァンによって否定されてしまい、ルークは哀しかった。
自分が複製品だと思っていたとき以上に、哀しかった。
アッシュの頭を優しく包み込むように腕を回して抱きしめる。ルークは額を重ね合わせて、彼の存在を強く自分の中へ焼き
付けた。

みんなが離れていったのは、アッシュの所為じゃない。アレは俺が悪かったんだ。アッシュは悪くない。
それを理解しているから、ルークはアッシュに対して憎しみを抱かなかった。

「アッシュ、お前は『ルーク』じゃなくて、『アッシュ』なんだ」

他の誰でもない。『アッシュ』なんだよ

ルークはそう呟いた。










柔らかく包み込まれた腕の中で、アッシュの濁った翡翠の瞳が一筋の涙を流した。


















風君様よりリクエスト頂きました『ルークがレプリカと分かり、皆が離れて
行くが後にアッシュが真のレプリカであると発覚してしまう話』です。
アッシュがレプリカという特殊設定に少々てこずってしまい、時間が掛か
ってしまいました;;
リク消化が大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした・・・!

それでは、一万打企画へのリクエスト有り難う御座いました!

11.29

※この小説は風君様のみお持ち帰り可となっています。