<天秤が掲げる もの>
「あり得ねぇ!」
第一声はそんな悲鳴にも似た叫び。
それを訊いて栗色に近い髪色の少女が眉を顰めた。
少々切れ長の濃い青の瞳が叫びを上げた人物を捉えて呆れた色を浮かべる。
「あり得なくないわ。現実よ。私たちは擬似長振動でバチカルから飛ばされてしまったの」
冷静な声音が告げるその言葉の意味。
うん、解らない訳じゃない。俺は知っているから。
目の前に居た少女は立ち上がり周りを警戒するように見てから歩き出した。
懐かしさの込み上げてくる少女の後ろ姿を呆然と見つめ、ふと自分の頭に手をやってみた。
「・・・長い」
確認の為に毛先を引っ張ってみるけど、痛い。ヅラじゃ無い様だ。
何だか解らないようで呑みこめて来たこの状況。
つまり
これって、何か。
「・・・戻ってきた、って事か」
こりゃ、あり得ねぇ・・・。
そう思いたくもなるのは果たして俺だけなのだろうか。
ティアの勘違いから馬車を降りて辿り着いた農村―エンゲーブ。
穏やか雰囲気が流れるこの緑豊かな村で、そう言えば出逢ったんだよなぁ。
喰えないオッサンとほわわんとした導師様とその守護役の少女に。
そうそう。それで金の払い方とかも知らなかった俺が店先の林檎を勝手に食ったから村長のローズさん
に突き出されて・・・。今思い出すだけでも恥かしい。
だから、俺は過去の経験を活かして今回は林檎を見つめてただけだったのだが―――
「私はマルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です」
「・・・・・・」
「おや、何故そんなに嫌そうな顔をするのですか?」
目の前に立つ長身の軍人が苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでいる赤毛の少年に問いかける。問
い掛けられた方は一度ジェイドを見て、それから鼻の頭に皺を寄せた。
何か腹立ちますねこの態度。
ジェイドはひくりと頬を僅かに引き攣らせる。だがその反応は得意の作り笑顔で見事にカバー。咳払い
をして気を取り直す。
「貴方のお名前は?」
「・・・・・・ルーク」
フルネームを名乗らない相手にジェイドはすっと赤の瞳を細めた。
短く名乗り、ルークは床に視線を落として顔を上げようとしない。ティアがルークを食料泥棒だと騒ぐ村
人たちへも聞こえるように声を張る。漆黒の翼はマルクト軍が追い詰め、それを自分たちは見たと言う
ティアの言にジェイドも自分が証人でありルークが漆黒の翼では無いと村人へ告げた。それでも食料
泥棒の犯人では無い訳じゃないとざわめきが納まらない中に凛と響いた声が一つあった。
「彼の仕業ではありませんよ」
家の入り口からゆっくりと現れた緑髪の穏やかな表情を湛えた少年。
白い装束を身に纏い、片手に音叉の様な形をした杖を持っている。
ルークは爪先から視線を外し、背後を振り返った。
そこには淡く微笑む彼の姿。
「・・イ・・オ・・・」
赤毛の微かな呟きに気が付いた者は誰も居なかった。
そしてその顔が今にも泣きそうに歪められていた事にも。
***************
ライガを退治し、ジェイドの計らいでチーグルの森で拘束されたルークとティアはタルタロスに乗ってい
た。王族である立場を利用してインゴベルト王まで謁見を取り持って欲しいと頼まれ、ルークはそれを
無言で首肯し承諾した。その後、艦内を見学して良いと言われたが、そんな気にもなれずルークは借
りたベッドの上に寝転んでいた。
何故自分は過去へ戻ってきてしまったのだろう。
俺はまたこのままあの悲劇を繰り返さなくてはいけないのだろうか。
そして、目の前で自分の腕の中で力尽きて身体も残さず消えてしまった彼を失う哀しみを味遭わなけ
ればならないのだろうか。
ティアが障気で苦しむ姿や、ガイが過去の事で辛い思いをする姿を見るのは嫌だ。
レプリカの命を喰らうのだって、出来る事ならしたくは無い。
そして、誰にも哀しい思いをして欲しくない。
しかし六神将の一人である桃色の髪を持つ今にも泣き出しそうな表情をしている少女の母親だと言うラ
イガを殺してしまった。彼女は恐らく自分たちへ怨みを抱き復讐せんと襲撃に来るだろう。
一つの哀しみを自分は未然に防げなかった。
だけど
「俺はこの先の出来事を知っているんだ」
だから、大丈夫。
皆が笑って暮らせる世界を・・・。誰も犠牲にならない未来を。
拳を握り締め、ルークはその瞳に決意の色を宿した。
「過去に来たからには絶対、絶対にあんな結果に辿り着いてなんかやるかっての!」
****************
「ルーク、どうしたんだ?」
天空客車から降りてバチカルの街を歩いてる途中、ガイが隣を歩いていたルークが足を止めて空を見
上げているのに気が付いて声を掛けた。ルークは街の上に聳える城を仰ぎ見ながら呟いた。
「・・・・・・預言、か」
「・・・ルーク?」
「ん、何でもねぇ。城行くんだろ。早く行こうぜ」
訝しむガイにルークは笑みを向けて歩き出す。前を行く朱色の長髪を見つめながら、ガイは眉を顰めた
まま一先ず足を動かし後を追う。
タルタロスでルークと合流してカイツールでヴァンと逢えたというのにルークは表情を硬くしてその場に
立っていた。常なら嬉々としてヴァンへ飛びついて行くのに今は何処と無く避けているようにガイには見
えた。またヴァンもそんなルークの違和感に気が付いたのか方眉を上げていたが流石に口に出す事
は無かった。それにヴァンと逢う以前にもルークの言動は今までと違っていたというのは恐らく自分の
勘違いではないと思う。道中、体力の無いイオンを気遣うように歩調をゆっくりしたり頻繁に休憩を取っ
たり、ガイはそんなルークに驚かされてばかりいた。そしてヴァンを避けようとするルークの様子も屋敷
に居た頃には考えられない事だったので、一体どうしたんだ頭でも打ったのかと思ったくらいだ(本人に
は大変失礼な話しだが)。何より、ヴァンを見る翡翠の双眸が哀しげに揺れていたのが目に焼きついて
離れなかった。
ファブレ公爵邸へ行く前に、城へ行きイオンを国王へ引き合わせる役目を果たす。ジェイドが親書を渡
し、ルークたちは屋敷へ向かった。ガイの提案で一旦仲間と別れて無事を報告する為にルークとティア
はシュザンヌが居る寝室へ行く。ガイが扉を叩き、訪問を告げる。そして扉を開けてルークとティアを中
へ招き入れた。シュザンヌはベッドの上で半身を起こし、入室してきた赤毛を見て両腕を広げ息子を迎
え入れようとした。しかしルークはベッドの傍まで行ったもののシュザンヌには触れず、ただいま帰りま
した、母上。とだけ呟くように言った。抱擁を受け容れようとしない息子にシュザンヌは少しだけ寂しそう
に眉を寄せたが直ぐに「良く無事に戻ってきてくれました」微笑んだ。そしてシュザンヌはルークの隣に
控えている少女へ視線を移す。ティアはその場に跪いて頭を垂れた。謝罪を述べれば、シュザンヌは柔
らかく笑んだ。ルークの無事を報告しティアの謝罪が済み、シュザンヌに屋敷の者へ顔を見せてあげな
さいと促されドア付近で待っていたガイと共に部屋を後にする。ガイは廊下を歩きながら、ルークをちら
りと盗み見る。ルークは俯き加減になって歩を進めている。その表情は何処か暗い。暗い、と言うより何
かを隠しているような・・・。そこまで考えてガイは小さく息を吐いた。昔からこの子供は隠し事が苦手な
ようだけど。絶対に何を隠しているかは言わない頑固な面がある。どうせ問い詰めたところで口を割りは
しないだろう。まったく、どうしてこうも素直じゃないんだろうか。
「・・・育て方間違えたかな」
神妙に呟かれたガイの言葉は横を通り抜けた白光騎士団が拾い、苦笑を零した。
「ルーク、随分浮かない顔をしていますわね」
「え・・・。そ、そうか?」
気の所為じゃねーの、ルークは覗き込んできたナタリアを押し退けて笑い飛ばす。
内心で指摘された事に動揺したのは押し隠して。
翌日、ナタリアの要望でルークは登城した。
謁見の間には仲間が揃っており、国王の隣の玉座にはルークを呼び寄せた当人のナタリアが座ってい
た。他にも地位の高い軍人が揃い、張り詰めた空気が漂っていた。モースとティアの後から謁見の間
へルークが現れると、インゴベルトが前に進み出たルークへ声を掛けた。
「早速だが話しがあるのだ」
国王がそう言うと、玉座の近くに立っていた内務大臣が口を開いた。
内容はアクゼリュスへ救援に向かって欲しいというもの。そして親善大使をルークへ担って欲しい、と。
アクゼリュス、という単語にルークの肩が僅かに揺れる。しかしそれはほんの僅かだったので誰も気が
付かない。説明を受けて沈黙したまま答えを出さないルークに、ナタリアが促すように名を呼ぶ。ルーク
は一度目を閉じて、それからひたりと国王を見据えて言った。
「ルーク・フォン・ファブレ、キムラスカの名に恥じぬよう親善大使としての役目を果たさせて頂きます」
そして俺は預言通りの結末には絶対させない。
思いを胸中に秘めてルークが一礼する。国王は満足そうに頷き、次いで譜石を見るよう言う。
そしてティアが譜石を手にそこに書かれた預言を読み上げていく。
澄んだティアの声が淡々と読み上げていく中、途切れている先の預言を知っているルークは唇を噛み
締めて彼女の手中にある譜石を見つめていた。
城の前でヴァンが来るのを待ち、これからどうするかを話し合う。結果ジェイドの報告からヴァン一人が
海へ出て囮になる事になった。話が纏まり先を行く仲間の後を歩くルークをヴァンが呼び止めた。ルー
クが振り返ると、ヴァンは微笑んでルークの頭を撫でた。その所作にルークは逃げるように一歩後退す
る。そして少々驚いた顔で固まっているヴァンへ静かに告げた。
「俺は、貴方の言いなりにはなりません。・・・必ず救ってみせる」
「ルーク・・・」
何か言おうとしたヴァンの言葉を待たずにルークは身を翻して仲間の後を追いかけて行った。
途中でイオンが六神将に攫われてしまったというアニスから街の入り口は無理だとの情報を訊き、ガイ
の記憶を頼りにルークたちは廃工場からアクゼリュスを目指す。
天空客車に乗って廃工場へ行くと、ナタリアが自分も連れて行けと半ば無理矢理にパーティーへ加わ
った。その強引さにティアとアニスが呆れ、ジェイドは楽しそうに傍観を決め込んでいる。ガイもナタリア
の性格は十分に解っているのでお手上げ状態だった。唯一説得出来るのではアニスから期待されてい
たルークは特に何も言うことも無くナタリアが同行する事を認めた。
出口付近でやっかいな魔物に遭遇する以外に苦も無かった廃工場から出ると、外は雨が降り出してい
た。
雨煙が立ち込める廃工場の目の前にはタルタロスが止まっていた。
タルタロスの近くにはイオンと烈風のシンク、そして『彼』がいた。
どくん、と胸が高鳴る。
胸の高鳴りをそのままに、ルークは走り出す。
あぁ、彼が居る。
絶対に死なせてはいけない、彼が。あそこに立っている・・・。
突然走り出したルークにガイも慌てて引き止めようと追いかける。
ルークは背後で聞こえる静止の声を一切無視してただ只管にある一点を見つめていた。
目にも鮮やかな紅色を。
鞘から剣を抜き放ち、イオンを囲むようにして立つ二人の六神将へ斬りかかって行く。
振り上げたルークの剣はルークに背を向けていた『彼』によって振り下ろしきる寸前に受け止められた。
ルークと『彼』が対峙する。その光景は鏡写しのようで。
仲間たちは呆然としていた。
噛みあった剣が拮抗しあって耳障りな音を出す。ルークの剣を一度押し退け、相手が間合いを取るよう
に後ろへ飛ぶ。その動作に連れて舞い上がる焔の様に流れる見事な赤毛をぼんやり見つめて、ルーク
は無意識に彼の名を呼んだ。
「・・・・・・アッシュ」
名を呼ばれた赤毛は突っ立ったままのルークを視界に捉えると、眦を吊り上げた。ずんずんと歩み寄
っていき胸倉を掴む。
そして開口一番。
「逃げるぞ」
「・・・・・・・・・・・は?」
突拍子過ぎる発言にルークは言葉が返せなかった。
「え、何言って・・・」
「記憶があるんだろう。それでお前はまた自分の身を挺して世界を救おうとか考えてるんじゃねぇのか」
詰め寄られて告げられる言葉。
真摯な眼差しがルークを見つめ、答えを待っている。
ルークは困惑しながらも、小さく頷いた。
肯定すると、アッシュは舌打ちをした。
一体なんだって言うんだ。
胸倉を掴まれたままルークはアッシュの瞳を見返す。
と、アッシュが手を離した。胸の圧迫から開放されて無意識にホッとしたルークへアッシュは吐き捨てる
ように言う。
「馬鹿かてめぇ。何故逃げない」
「・・・逃げたくない、から」
「何故」
「皆を・・・助けたい」
「それはお前がしなくても良い事だろう?!」
「しなくても良い事かも知れない。けど、俺自身がやりたいんだ」
て言うか、アッシュにも記憶があるんだな。今更だったがそう言うと、アッシュが無言で首肯した。
それから
「俺はお前以外がどうなろうと、別にどうでも良い」
「え・・・」
目を見開いて驚くルークへアッシュは当然とでも言うように言い放つ。
「世界はお前を犠牲にしてまで救うほどの価値がある物じゃない」
「アッシュ・・・」
「俺はお前だけが居ればそれで良いんだ!別の奴らなんざ関係ねぇ!!お前が一番なんだよっ!」
「・・・・・・」
言い切ればルークが哀しげな表情をしたかと思うと顔を俯けてしまい、アッシュは焦ったように彼の名を
呼んだ。
「おい。・・・ルーク?」
「・・・・か」
「何?」
「・・・、アッシュの馬鹿っ!」
顔を跳ね上げてルークは叫ぶ。いきなり声を上げたルークに驚いたアッシュは一時絶句して
「何が馬鹿だ!」
「アッシュの考えが馬鹿だって言ってんだよ!!俺のことを思ってくれるのは嬉しいけどな、でも、でも
それじゃ駄目だろう!」
ルークは泣きそうな顔で言葉を紡ぐ。
「俺幻滅だよ。まさかアッシュがそんな自己中な事言うなんてさ」
「・・・・・・」
幻滅だと言われてしまい言葉が出ないアッシュに、ルークは続ける。
「記憶があるんだったら、ヴァン師匠を止める方法とアクゼリュスの人たちを避難させる方法を一緒に
考えよう」
なぁ?とルークがアッシュの手を握り締めて言う。
アッシュは苦虫を噛み潰した表情で長い長い沈黙の後、握り締められた己の手を見つめたまま、漸く
「・・・済まなかった」
「解ってくれたんなら良いよ」
ぼそりと告げられた謝罪にルークは笑顔で応じた。
さぁ、まずは目先の事から片付けていこう。
今は心強い見方が居る。
だから大丈夫。きっと救える。
あの人の事も・・・。
「わざわざてめぇがそんな危険な真似をしなくても良いだろう!!あんなそこら辺の名も知らない人間なんか放
っておけ!行くぞっ!」
「だから!それじゃ駄目だって言っただろ!!」
―――と、思っていたのだが、意外に暴走する被験者を止めるのにルークは相当な苦労をした。
こっぺりあ様よりリクエスト頂きました
『ルークとアッシュ逆行。ルークは必死に皆を助けようと見た
目長髪・中身短髪。アッシュ「別の奴らなんざ関係ねぇ!とに
もかくにも屑だ!!」と暴走。初出会いシーン。(簡略化)』です。
うわぁアッシュ出番少なくてすいません;;
世界よりもルークを大切に想ってくれる被験者って感じの設定
に書いていてときめきました(笑
それでは、一万打企画へのリクエスト有り難う御座いました!
04.07
※この小説はこっぺりあ様のみお持ち帰り可となっています。