<貴方に捧ぐ>





冷え込みが一層厳しくなる真夜中の静かな時の中で。
歩き通して辿り着いた宿で部屋を取り、余程疲れが溜まっていたのか早々に眠りに付いていた。眠りに
ついて幾程経った時。意識が浮上して目が冴えてしまったイオンは、ふと見やった方向に赤毛の姿がな
い事に気が付き、半身を起こした。灯りの消えた室内はまだ暗く、朝を迎えていない事がすぐにわかる。
ひっそりと息を潜めた様に静まり返った部屋に響くのはミュウのスピスピと小さく聞こえる寝息のみ。首
を横へ廻らせて見れば、同室者の軍人と金髪の青年はベッドに横たわったまま動かない。しかし同室
者が一人消えたことには既に気付いているだろう。イオンは今度は逆の方を見た。そこには人が寝てい
た形に沈んだベッドと未だぐっすり眠る聖獣が居るだけで、人の姿は無かった。イオンは使用者の消え
たベッドを仄かに照らし出す月明かりが差し込む窓を見て目を伏せた。



寝静まった街中には微かな歌声が流れていたことに気が付いた者はいない。



翌朝。何事も無かったかのように隣のベッドで、うんと伸びをして欠伸を漏らすルークが居た。イオンは
少しだけ迷った後、「おはようございます」「おはよう」朝の挨拶をした。返してきたルークの表情は無邪
気な笑顔そのもので、なぜ夜中に部屋を抜け出したのかと問う事が躊躇われた。不躾な質問であった
ら目の前の笑顔が見る見るうちに崩れてしまうだろう。
ルークが悪夢に魘されてその度に目を醒まし朝まで寝付けずに部屋を抜け出していることをイオンは知
っていた。彼が荒い息を吐いて喉を詰まらせているのを頭から被ったシーツの中でじっと聞いていて、
パタパタ足音が消えたのを確認してからいつも自分は無力だと唇を噛み締めていた。
しかし昨夜ルークが居なくなっていたのは、それとは違った気がした。
まるで皆が寝静まるのを見計らって出て行ったような・・・。

「イオン、朝飯食いに行こうぜー」

思考に没頭していたイオンはルークの声にハッと我に帰った。

「あ・・・、はい、今行きます」

イオンは慌てて返事をしてルークの元へ行く。

取り敢えず様子を見ているしかないのか、と結論を下して。










「少し休憩を取りましょう」

道具や数日間の食材を買い揃え、街を出て半日ほど歩き通し続けていた。
今回に限って頻繁に魔物が現れて戦闘が繰り返されて仲間がヘトヘトになりだした頃、ジェイドが言っ
た。待ってましたとばかりにアニスがその場に座り込み、ガイも少し疲労が溜まって来ていたのか大き
く息を吐き出していた。ナタリアとティアはいそいそと食事の準備を始め、ナタリアが包丁を手にした時
アニスが悲鳴を上げて駆け寄って彼女の手から包丁を奪うように取って「な、ナタリアは料理作らなくて
良いよ!わたしとティアでやるから!!ね、ティア」「あ、え、えぇ」「・・・そうですの。わかりましたわ」ナタ
リアには休むように促す。不満そうではあったがナタリアは頷くと、料理場から離れて行った。その様子
を見ていたガイは苦笑してジェイドはナイスフォローですねなどと呟いている。それぞれが休息の時間
を過ごしている中で、イオンも小さく笑っていたがふと赤毛の姿がいつの間にか消えていたことに気が
ついた。辺りを見回すが近くに木が数本あるだけで、広い草原では隠れるところも無いはず。イオンが
首を廻らすと緑が広がる中に、ポツンと一つだけある大きな石があった。その上に探していた赤毛の姿
があり、イオンはホッとして彼の元へ向かおうとした。しかし、それは突然足下に転がり込んできた青い
物体に阻まれてしまった。危うく踏み潰しそうになったその物体はみゅうみゅう鳴いて言った。

「イオン様、ボクもご主人様のところに行くですの!」

「ふふ、それじゃあ、一緒に行きましょうか」

イオンは笑ってミュウの身体を抱き上げて、歩き出した。



離れた場所にいるルークの元へ歩いていきながら、風に乗って聴こえて来る小さな小さな歌声がイオン
の耳に飛び込んで来た。それは向かう先にいるルークの声。
イオンはぎこちなくそろりと唄われていくのに耳を傾け、漸く大石へ辿り着いた。そしてルークを見て少し
目を見開いて次いで思わず軽く吹き出してしまった。一生懸命になっている所為か、目を閉じて、何や
ら難しい顔でそれでも音をはずさまいと唄を歌っている姿が微笑ましくて。思わずクスクスと笑い声を上
げてしまったらルークはハッとして歌うのを止めてしまった。イオンの姿を認めてバツが悪そうに視線を
逸らすその顔はほんのり朱に染まっている。

「き、聴いてたのか」

「えぇ。一生懸命なようだったので、声を掛けるのが躊躇われて・・・。勝手に聴いてしまってすみません」

「んや、良いよ別に。・・・こっち来るか?」

「はい」

ルークが少し脇にずれてイオンが隣に座れるようにスペースを作る。ミュウを受け取って先に石の上に
置いて、イオンが石に登るのに手を貸して、無事に彼が座れたのを確認してから、ルークは少し投げや
りな調子であ〜ぁ、と盛大な溜め息を吐いた。

「聴かれちゃった・・・」

「やはり聴いてはいけませんでしたか」

イオンが申し訳無さそうに眉を下げると、ルークは慌てて違う違うと言ってそうじゃなくてな、と話し出した。

「この唄、もっと上手くなってから皆に聴いて欲しかったんだよ」

「それは、どうしてですか?」

「この唄はな、セントビナーの子供から教わったんだけど・・・」

言いながら、ルークは自分の胸元に手を当ててそっと目を閉じた。

「いつも自分を支えてくれている人たちに感謝を込めて捧げる。そんな意味の込められた唄なんだよ。
だから」

もっと上手くなって、皆に歌おうかなぁとか考えてたんだよ。
最後の方は言っていて恥かしくなったのか、早口にぶっきらぼうにそう締め括った。ルークが耐えかね
てうわぁ、恥かしい・・・!と頭を抱えて悶絶している。
イオンはルークが夜な夜な宿を抜け出していた理由が漸く判明して頬が緩んだ。歌の練習の為に寝静
まったのを待って出て行っていたのか。理由を知れてイオンは安堵した。
彼が悪夢に魘されていたのではなかったのだとわかって良かった。
イオンは依然丸くなっているルークへ淡く微笑んで言った。

「良いじゃないですか。とても素敵なことだと思いますよ。僕は是非ルークの歌を聴いてみたいです」

「・・・・・・本当に?」

「えぇ、本当に」

イオンが頷くと、ミュウも跳ねながら主張するように短い手を挙げて「ボクも聴きたいですの〜!」「うっせ、
ブタザル!」ルークはミュウを一喝して視線を彷徨わせた後、ぼそりと

「・・・今か?」

「今歌ってくれるのですか?」

「下手でも・・・良いんなら」

「では、お願いします!」

ルークはうぅ、恥かしい・・・。とかブツブツ呟きながらも次第に気持ちを落ち着かせる為か、深呼吸を二
度、三度して、そしてゆっくりと唄を歌いだした。
やはりぎこちなく音程が掴みきれていない場所が少しはあるものの、イオンには差して気にならなかっ
た。
何故なら。この唄にはルークの様々な想いが込められて歌われていることがありありと歌声からわか
るからだ。
ミュウも静かにルークの歌声に耳を傾けている。

仲間それぞれにルークを想っていて、ルークも仲間それぞれを想っている。

イオンもまた、ルークには感謝していた。
素直じゃない優しさも、今では素直に向けてくる感情も。
全てが大切な、失くしたくないもの。

切に歌う者の思いが込められたそれは、とても心地良く鼓膜に響いた。





大石に緑髪と赤毛が寄り添うようにして座っている場所からギリギリ見える木々が茂ったそのとある木
の後ろに、金髪の青年が立っていた。

「ルーク。こんな唄が歌えるようになったんだな・・・」

目元をそっと拭う仕草をするガイは端から見れば親離れをしていく子供に一抹の寂しさを感じている親
馬鹿のように見えなくも無い。そしてそれを隣の木から見ていたアッシュが鼻で笑った。

「はっ、馬鹿かてめぇ」

「・・・馬鹿で結構。そう言うお前は、いつまで経っても素直じゃない部分をもう少し変える努力をしたらど
うだ?」

にっこり。ガイはアッシュの言葉をすかさず切り返し、笑顔を添えた。アッシュは更に言い返そうと口を開
いたが、それは音を発さずに閉じられてしまう。無言で眉間の皺を深くした赤毛に、ガイはせせら笑うよ
うに鼻を鳴らすと、再び流れてくるルークの歌声に耳を傾ける。アッシュもぐるぐると頭の中で渦巻く感
情を何とか制御して、耳を澄ます。










何れは消え逝くもの それは必然 だけど忘れはしないの

必ず私は 恩返しを 全ての大切な人たちへ

笑って 泣いて お互いに助け合って 



そして進んでいく



私は忘れはしない




















私は貴方に感謝します




















紅蓮称様からリクエスト頂きました
『歌を歌うルーク、その歌声に聞きほれるミュウ、イオン、影で隠れて
いるアッシュとガイ。 結局皆ルー坊が大好き!!で甘い話』です。
・・・甘め要素が入っているようで入っていない感じがしてすみません;;
アッシュとガイをもっと仲悪くすれば良かった・・・等と微妙に反省が
残りますが、ルークの歌声を想像しながら楽しく書きました。

それでは、一万打企画へのリクエスト有り難う御座いました!

04.28


※この小説は紅蓮称様のみお持ち帰り可となっています。