<貴方からの呼び声>





「アッシュ・・・?!」

「お。起きたか。具合はどうだ?」

がばりと跳ね起きたルークはベッドの傍の椅子に座って本を片手に持っているガイを見て、え、と声を漏らす。状
況が呑み込めず、混乱しかけているルークにガイは苦笑して立ち上がった。ついでに、という感じに朱髪の上に
手を置いて

「ひとまず飯にしよう。準備して持ってくるから、まだベッドの中に居るんだぞ」

ガイはそう言って部屋を出て行った。唇を半開きにして青年を見送り、ルークはのろのろと窓の方へ視線を向けた。

太陽が照らし出す街並み。

自分が意識を失ってからどれだけの時間が経ったのだろう。

対峙していた彼の、暗い濁った翡翠の双眸を思い出して、ルークはぎゅっと唇を噛み締めた。










「特に異常は見られませんし、大丈夫でしょう」

ルークの容態を見たジェイドがそう結論を下す。ガイはそりゃ良かったと呟いて、ティアも胸を撫で下ろしていた。
大袈裟だよとルークが笑うと、ガイは

「いや、あの髭は突然現れて思いもよらない事を仕出かすから、その髭に触られたルークは十分に気を付けた方
が良いんだ」

至極真面目な顔で告げてくるガイにルークは思わず絶句する。何だかガイって時々本当は俺よりも馬鹿なんじゃ
ないのかと思う。言葉の出ないルークにペラペラと話し出したガイの襟首を掴み「ほらガイ、馬鹿な事言っていな
いでやる事をやってください」「ちょ、まだ髭の恐ろしさについての件の説明が・・・」「強制的に黙らせて差し上げま
しょうか?」「いえ、謹んで遠慮する」ジェイドは部屋を出て行く。ずるずる無駄に長い足を伸ばしたまま動かさない
で踵を引き摺っているガイの身体は割と重いんじゃないのかな。ガイ身長高いし。それを平然と片腕で移動させる
ジェイドはやっぱりただ者じゃない。ルークが神妙な顔でそんな事を考えていると、唐突にひょっこり現れたティア
の顔に思わず悲鳴を上げかけた。バクバクする心臓を押さえつけて、ルークは何だよとティアに問い掛けた。顔を
赤くして胸に手を当てているルークにティアは自分が驚かしてしまったのだと言う事に気が付いて謝った。それか
らルークの額に己の手をあてがった。

「本当に大丈夫なのね?」

「あ、あぁ。大丈夫だよっ!」

だから早くどいてくれ!!ティアの顔が間近にあって再び心臓が早鐘を打つ。ティは眉をひそめたがルークの要
望通りに身を引いて、部屋を出て行った。

再び静けさを取り戻した室内で、ルークは己の掌に視線を落とした。















コンコン。





窓ガラスを何かが叩く音。

ルークはハッとしてベッドから飛び出して窓辺に近付いた。



そこに居たのは、見紛う筈が無い





今まで探し続けていた兄の姿があった。










「アッシュ・・・?」

「久しぶりだな、ルーク」

「っ、アッシュ!!!」

窓枠から身を乗り出してルークはアッシュへ抱きついた。アッシュはそれを優しく受け止め、微かに笑みを浮かべ
た。

「アッシュ・・・、アッシュ、俺、ずっと待ってたんだよ!なのに、全然帰って来なくて!!しかもあの時・・・」

一気に捲くし立てようとして、ルークの言葉が不自然に途切れた。
あの時。それはヴァンが二回目の襲撃に来た夜のこと。
自我を宿さない濁った瞳のアッシュ。
やはりアッシュはヴァンに操られていたのだろうか・・・。
でも、今はきっと違うよな。

それでも少しだけ不安になったルークは兄の身体から離れて、彼の瞳を見た。
綺麗に澄んだ強い意志を秘めた翡翠の瞳。
それを暫く見つめた後でルークはくしゃりと笑った。

「お帰り、アッシュ」

「あぁ、ただい―――」

「暗示に掛かった振りをしてここへ来たか。アッシュ」

第三者の声が響くと同時にアッシュの身体がビクリと跳ねた。
気が緩みかけていたルークは、唐突にアッシュの纏う雰囲気が変わったことに対処出来なかった。故に、ぐいと
力強く襟を掴まれて外に出されても呆然として行動が起こせなかった。背中から叩きつけられるようにして地面に
落ちたルークは衝撃の所為で呼吸が詰まり喘ぐ。咳き込むルークの眼前にアッシュの足が見えた。蹲っているル
ークの腹にアッシュが無表情で腹に爪先で蹴りを入れる。

「がっ・・・?!うっ、げほ」

身体をくの字に折って地面を転がるルークへ再びアッシュが攻撃しようと近付いて行く。
うっすらと開けた目に映るのは、何処までも表情の無いアッシュの顔。そしてアッシュの背後で楽しそうに笑って
いるヴァン。ルークはぐっと拳を握り締め、必死に起き上がる。だが予想以上にダメージが大きく、方膝をつくのが
精一杯だった。痛みの残る腹部を押さえて、それでも賢明にアッシュを見据える。





離れていても、何処かで必ず生きていると信じていた。

大事な、血の繋がった家族。

たった一人の兄。



・・・アッシュ





「      」

淡く微笑み、ルークが言葉を紡いだ瞬間、アッシュの動きが止まった。
抜け落ちていた表情が僅かに覗く。それは苦痛の表情。

「アッシュ?」

「っ、る・・く・・・」

うぁ、あぁ、とアッシュは頭を抑えてその場に蹲る。ルークが駆け寄ってアッシュの背中に手を置くと、それをアッシ
ュの手が強く弾いた。拒絶するように身体を小さくして呻くアッシュに、ルークはくっと腹に力を入れて、覚悟を決め
る。

大丈夫。俺にだってアッシュは救える筈だ。

ルークは暗示と自我の狭間で苦しんでいるアッシュの身体を力強く抱き締めた。
手が触れた途端に再びアッシュが逃れるように身を捩って拒む。来るな来るなと全身でルークを拒絶し、また苦し
さから悲鳴を上げる。泣きそうになりながら、ルークは必死に手を伸ばしてアッシュの身体に腕を捲きつけた。

「アッシュ、アッシュ!もう、平気だから・・・!!俺が傍に居るからっ!」

「う、あああぁぁあぁああ!!!」

アッシュは錯乱して腰にしがみ付いているルークを殴り、暴れる。加減の一切無い拳に、ルークは苦痛から漏れ
そうになる悲鳴を噛み殺す。

ひたすら願うのは、アッシュがこの苦しみと暗示から解かれる事だけ。



双子の様子を傍観していたヴァンは、徐々に暗示を自力に破り自我を取り戻してきたアッシュに気が付いて舌打
ちをし、ルークを引き離そうと足を踏み出した。



「おっと、これは奇遇だな。ヴァン」

「これはこれは私に一撃でやられたお方ではないか」

「・・・随分な嫌味だな。まぁ、あれは油断していたからさ」

ヴァンの前に剣を手にしたガイが現れて言う。

「今度はそうはいかないぜ」

「ふっ、大した自信だ。しかし生憎と私には貴公の相手をしている猶予が無いのでな」

すらり、とヴァンもまた剣を抜き放ちそれを構える。

「すぐに終わらせよう」










「おやぁ、随分と梃子摺っているようですね。ルーク」

「じ、ジェイド・・・!」

のんびりと近付いてくる長身に、ルークは目を向ける。一定の距離を置いてジェイドは立ち止まり、僅かに首を右へ傾けた。

「ルーク、貴方は火を消す時には、まず何で消す事を思いつきますか?」

唐突に投げかけられた問いに、思わず今の状況を忘れてルークも釣られるように首を傾げ

「え、・・・水?」

「正解です」

ピンポーンと無駄に効果音を付けながらジェイドは楽しそうに唇を吊り上げて人差し指でアッシュを示した。

「それが手っ取り早い手段ですからね。それでは」

赤の瞳を伏せてジェイドが詠唱を始め、ルークはぎょっとして悲鳴を上げる。

「ちょ、それは違うだろっジェイド!アッシュは火じゃねーよ!!」

おい、止めろって!頼むから・・・!!!ルークの必死な呼びかけも虚しく、詠唱を終えたジェイドが言い放つ。

「荒れ狂う流れよ―――スプラッシュ!」

どぱああああぁぁぁん。

頭上から大量に降ってきた水に、ルークとアッシュが水圧に負けてぐしゃりと地面に潰れた。
辺りを水浸しにした当人は涼しい顔でどうですか?と訊ねてくるので本気で殴りかかろうかと思ったが、ルークは
拳を震わすだけで懸命に堪えた。それよりもアッシュだ。ルークは同じ様に倒れ伏している兄の顔を覗き込む。濡
れた前髪が張り付いて上手く見えないアッシュの顔にルークがそっと手を伸ばした時

「・・・ルー・・ク」

小さく呼ばれた自分の名前。ルークは目を瞠ってアッシュの名を呼ぶ。

「アッシュ!俺が、わかるのか・・・?!」

すぅと持ち上げられた瞼の下から現れた翡翠がぼんやりとルークを映し出し、口元がうっすらと笑みをかたどった。
それはきっと彼なりの、肯定の印。

ルークは口をパクパクさせて何かを言おうとする。
けれど感情が先走るだけで言葉が出ない。ただ言葉の代わりにぼろぼろと涙が頬を伝って滑り落ちていく。
っく、ひく、と喉を鳴らし、手の甲でぐしぐし目を擦る。涙の所為でハッキリしない兄の姿をちゃんとちゃんと見たくて
溢れてくる涙を押し留めようとするが、後から後から湧き出すように零れる涙は止まらない。
アッシュは傍で泣きじゃくる弟に微苦笑を浮かべた。

「ルーク、心配、かけたな・・・」

途切れ途切れのアッシュの言葉に、ルークはぶんぶん音がなるくらいの勢いで首を横に振る。

「あやまん、な・・・て、いい。っ、だっ・・・あしゅ、かえって・・・た」

嗚咽交じりに言うルークを見つめ、アッシュはそうか、と零した。
それから、ルークの頭を引き寄せて耳元で囁いた。

「ただいま、ルーク」



「・・・・・・、お帰り、アッシュ」















ヴァンはすっと剣を降ろし、ガイに背を向けた。ガイは警戒しながら、問い掛ける。

「何の真似だ」

「今回は負けを認めよう」

背を向けたまま、ヴァンはちらりと肩越しに寄り添う赤毛を見て

「またいずれあの二人を手に入れる機会はあるからな」

ふっと笑い、ヴァンが歩き出す。

「ヴァン、貴方の様な人を世は俗になんと呼ぶか知っていますか?」

再び、今度は別の人間から質問が飛んできたが、ヴァンは答えずに姿を消した。
隣に立ったジェイドを横目に見て、ガイが何て呼ぶんだと訊ねる。ジェイドは眼鏡のブリッジを押し上げて

「ストーカーと言うんですよ」

さらりと言ってのけた。ガイは沈黙した後、まぁ間違っても無いな、と呟いた。














「あぁ〜、アッシュ!そっち、そっちに逃げた!!!」

「ちっ、しっかり捕まえろ!」

「ごめんー!!!あ、また・・・!」

「っとに学習力無ぇな、お前!!」

ぎゃあぎゃあ言い争いながら街を東西奔走する赤毛二人。
その二人を微笑ましく或いは苦笑を滲ませながら仲間たちが後を追う。



彼らのお陰で今日も街は平和です。











***************













ぱたりと本を閉じたアッシュは深い、深い溜め息を吐いた。その反応にビクリと方を揺らしたのは彼の複製品。
恐々と上目遣いに被験者を見れば、あぁ眉間の皺がピクピク痙攣してるよ。ルークは数秒後に浴びせられる罵声
を想像して身を竦ませる。しかし、予想した罵声が来ない。不思議に思ってアッシュを見ると、半眼になった彼の顔
がじっとこちらを見ていた。トン、トン、トンと人差し指で本の表紙を叩いている彼から微妙に伝わってくる呆れと軽
い蔑みの感情。本とアッシュの顔とに視線を往復させ、ルークは申し訳無さそうに

「・・・やっぱ駄目、かな・・・?」

「当たり前だろう」

スパンと即答されてがっくり肩を落とす。再び溜め息を吐いたアッシュはこめかみをぐりぐり揉み解しながら言う。

「そもそも、何なんだコレは」

コレ、とはアッシュの人差し指が置かれた本のこと。ルークは視線を漂わせた後で、俺が考えた話、ぼそりと答え
た。ほぅ、アッシュの目が更に細められる。今度こそ怒鳴られるとルークが目を閉じる。



「俺とお前が兄弟か・・・」

「やっぱり嫌だった、よな・・・。ごめ」

ん、まで言いかけた時にルークはふわりと頭の上に温もりを感じて固まった。




「あり得ない夢物語も良いが、もっと現実を見ろ」

「あ、・・・うん」

アッシュはルークを残して部屋を出て行ってしまった。
残されたルークはテーブルに置いてある本を見て、えへへと笑った。





「アッシュ大好き」



















以上でリクエストのお話しは終了です!!
何て言いますか・・・、リクにしっかりお応え出来ていな
いような感じで本当にすみません;;orz
オチがルークの考えた話しだったとか、結構無理な設定
にしたりしてorzorz
苦情受け付けますので!不満ありましたらバシッと文句
を言ってやってください・・・!

それでは、一万打企画へのリクエスト有り難う御座いました!

05.12

※この連作はハルカ様のみお持ち帰り可となっています。