甘い期待をしても良いですか?





「なぁ、ガイ。ちょっと相談があるんだけど」

深刻そうな顔をして燕尾服の裾をちょんと引っ張るルークに、ガイはどうした?と訊ねた。

「・・・好きな人が出来たら、どうしたら良い?」

ぶつけられた問いにガイは一時絶句した後、あえてそれを俺に訊くのか、と胸中で複雑な思いに駆られ肩を落と
した。

女性恐怖症である自分に恋愛相談。
別にルークが頼ってきてくれるのは嫌じゃない。むしろ大歓迎なのだが。
生まれてこの方恋を経験した事のない御歳21の若き伯爵は、頬を朱に染めて見つめてくるルークに可愛いなぁ
と心が少々ぐら付きながらも言葉を吐き出した。

「先ずは、好きな相手を良く知るのが大切、なんじゃないか・・・?」

最後は微妙に疑問系で終わる。それは仕方ない。何せ生まれてこの方(以下略)なのだから。
ルークはガイの言葉を小さく口の中で復唱すると、早速実行すべしとお礼もそこそこに踵を返す。慌しく駆け出す
赤毛に、ガイは気になっていた事を口に出して、そして激しく後悔した。

「ルークの好きな相手は、誰なんだ?ティアか?」

「ううん、アッシュだよ」

「え・・・、マジで」

夢であって欲しいと思いを込められたガイの呟きは風に攫われて消える。

「と言うか、そもそもお前たち両想いなんじゃ・・・」

どんだけ鈍いんだ同位体。

そんなガイの言の葉も、やはり風に乗って何処かへ飛んで行ってしまった。










親友のアドバイスをいざ実行しようと街へ飛び出したは良いが、肝心の相手であるアッシュが何処に居るのかさ
っぱり解らない。人が行きかう道の只中で突っ立ってルークは後先考えないで宿を出て来たことで、自己嫌悪に
浸る。と、そこへ丁度良いタイミングでアッシュから回線が繋がれた。
頭の中で響く甲高い音。続いて、自分の声音よりも幾分低いアッシュの声。

『おい、今何処に居る』

「え・・・、ケセドニアだけど」

ルークが答えると、アッシュはそうかと言って暫し沈黙した後

『今からそっちへ向かう。待ってろ』

一方的に告げると、回線は切れてしまった。ブチッという音と共に頭痛が消え、ルークは首を捻る。
どうしてアッシュが来るのだろう。宝珠について何か情報を入手したのか・・・?
様々思考を回らせて見ても結局理由が思いつかない。
ルークはまぁいいやと頭のスイッチを切り替えて、一人小さく笑った。

これでアッシュのことを訊くチャンスが出来た。










何処に居る、とは知らせなかったが、アッシュはルークの居た宿屋へ現れた。
ルークの部屋に向かう途中、胡散臭い笑みを浮かべたジェイドが立って、アッシュを見ていた。その隣では何故
かガイが目元を拭っている。眼鏡に泣かされたのか。そんなアッシュの考えを読み取ったかのようにジェイドが

「可哀相な恋の行く末を想ってガイは泣いているんですよ」

ね、ガイ?青年へ話を振ってジェイドは眉間の皺を深くしたアッシュにルークの元へ行くのでは、とわざとらしく言
う。言われるまでもねぇ、アッシュはふんと鼻を鳴らすとルークの居るであろう部屋へ歩き出した。





訪問を告げるノックも無しにアッシュは扉を開けて中へ入って行く。それには当然ルークも驚いて座っていたベッ
ドから飛び上がった。

「あ、アッシュ。来たんだ」

驚きが静まらないのかルークは胸元に手を当てたまま少しだけ上ずった声で言う。アッシュは無言のままずんず
んルークへ歩み寄って

「・・・・・・お前、」

「ん?何、アッシュ」

「―――っ、んでも、ねぇ!」

純粋に何なのだと首を傾けるルークにアッシュは言い淀み、逆ギレしてついでに舌打ちを一つ。それから未だ不
思議がって目を瞬かせているルークにアッシュは言おうとしていた言葉とは別のことを音に乗せた。

「お前、最近調子はどうなんだ」

「え、う〜・・・ん、別に平気かなぁ」

「そうか・・・」

アッシュは答えを聞くとそれきり黙りこんでしまった。

一体何の用事でここに来たのだろうか・・・。
まさか自分の体調を気に掛けてくれたと言うだけでは無いだろう、多分。でもこれはまたとないチャンスをゲットし
たした訳なのだから、自分の目的を果たそう。ルークはぐっと拳を握り、あのさ!とアッシュに声を掛けた。ちらり
と向けられた翡翠の双眸を見返しながら、ルークは

「あのさ、俺アッシュのことを色々知りたいんだけど・・・」

「・・・・・・は?」

「ガイに相談したんだよっ!だから、それで・・・」

「・・・」

「駄目か・・・?」

そっと窺うように訊くと、アッシュは小さく、ガイに訊いたのかと零した。普段よりも声音が低く感じることにルークは
疑問を抱きつつこくりと首をたてに振った。複製品の肯定にアッシュは途端不快感を露わにした。踵を返して部屋
を出て行くアッシュにルークは訳が解らず反射的に彼の腕を掴んで引き止めてしまった。
部屋に入ってきた時のアッシュの機嫌は決して悪いものではなかったと思う。むしろその逆のようだったのに、何
故突然に急変したのだろう。離せ、と物騒なくらいに低く落ちた声音のアッシュの命令に、ルークは戸惑いと少し
の恐怖を感じながら、しかし掴んだ腕を離さなかった。ぎゅうと更にしがみ付くように捲きついてくるルークの腕に、
アッシュは舌打ちをして引き剥がそうと強引に腕を振る。それでも尚腕から離れようとしないルークの身体をアッ
シュは突き飛ばした。



「あ」



間抜けに響いた声はどちらが発したのかは解らなかった。

ガタン!と大きな音を立てて備え付けられていたテーブルと椅子を巻き込んで床に尻餅をついて呆然とアッシュ
を見上げるルークと、突き飛ばした姿勢で自身でした事なのに驚いて目を見開いて固まっているアッシュ。二人
の間に気まずい沈黙が流れる。
ルークは暫く放心していたが、唐突にあ〜、と声を上げてそれから眉尻を下げて情けない笑みを浮かべた。

「ごめん、アッシュ。無理に引き止めて。嫌、だったよな」

ホントにごめん、言ったきりルークはふいと顔を俯けてしまった。床に座り込んだまま両腕で膝を抱え込み、そこ
へ顔を伏した姿勢で動かなくなったルークへアッシュは唇を開きかけ、閉じた。

何処か物言いたそうな表情でルークを見ていたアッシュは、何も言わずに部屋を出て行った。














その日の晩、アッシュが訪ねてきて以降部屋に閉じこもってしまった赤毛について仲間たちがどうしたものかと話
し合っていた。
素直にルークが落ち込んでいるのだと思っているナタリアとティア。今回の状況を他人事だと考えてこの先の展
開を面白がっている鬼畜眼鏡と小悪魔娘。そして件の原因に起因していなくもない無自覚加害者である使用人。

そもそもはルークが深く考えもせずにガイの名を口にしてしまったから、こうして何やら微妙な展開になってしま
ったのだが、生憎とそれを知るものはこの中に居なかった。

だがジェイドが腕を組んで悩んでいる金髪の青年に向けてずばり確信を突く事を言った。

「私は貴方が関係していると思いますよ」

「はぁ?何だよ藪から棒に」

「は〜い!アニスちゃんもそう思いまーすっ!!」

腕を高く上げてアニスがニヤニヤ笑いながらジェイドに同調する。ガイはいきなりの責任転嫁に狼狽してどういう
事だと叫ぶ。

「俺は別にルークの相談に乗る事ぐらしか―――」

「それが原因なんじゃないですか」

「え」

「アッシュの事です。ルークが無邪気に『ガイに相談したんだ〜』的な事を訊いて、それに嫉妬したのでしょうね」

「で、ご機嫌斜めになったアッシュは帰ろうとして、意味不明のルークが引き止めようとして話しが拗れた、と!」

罪作りな人ですね〜、ジェイドがアニスの推測の後に言葉を付け足して唇を歪めた。ガイは口を半開きにして唖
然とし、二人の指摘に絶句していた。ほぼ確信に近いことを突いてくる辺り、流石この手の事に察しが良い二人だ。
フリーズした金髪の青年を囲んで長身の軍人と導師守護役が楽しそうにしているのを残りの女性二人は見てい
て、そう言うことだったのかと納得していた。





ガイがジェイドとアニスに弁解で必死になっている中、ルークは部屋の窓からこっそりと街へ出ていた。

夜月の照らす石畳の上を歩いて進んでいく。途中、道の脇に備えられていた花壇を見つけ、それに背を預ける姿
勢でしゃがみ込んだ。

雲がゆっくりと流れ、丸く見えていた月が覆われる。

ルークは腕に顔を半分埋めて、重い溜め息を吐いた。

自分はアッシュと仲が良くなりたかっただけなのに。良くなるどころか、悪くしてしまった。だけど発言した中で何が
いけなかったのかが解らない以上、下手に謝る事も出来ない。
このままの状況が続けば、自分の想いを告げずに終わってしまうのだろうか。
アッシュを好きだという想いを口に出せないまま消えるのか。

どんどんマイナス方向へ転がりだす思考に歯止めが利かなくなってじわりと目尻に涙が滲む。

「アッシュ・・・」

無意識の内に呟かれるのは愛しい半身の名前。










「何だ」










決して応えを望んで口にしたのではなかったのに、反応があった。

ルークはパッと立ち上がり、月が隠れて暗さが増した通りの先に、一つの人影を見つけた。

ぼんやりと暗い中に浮かび上がる人の形をしたシルエットは、徐々にこちらへ近付いてくる。

朧気にしか捉えることの出来ない人の形をした輪郭。ルークは目を細めて人影を見出そうとした。
そのルークをまるで手助けするように雲に隠れていた月が再び顔を出した。
仄暗い月明かりの下に浮かび上がったのは紅蓮の焔。

「アッシュ・・・」

唇から零れるのはそればかり。
行動に移れずに突っ立ったままのルークへアッシュは歩み寄ると、三歩ほど距離を置いたところで立ち止まった。
僅かに逡巡した気配が伝わってきた後で、アッシュの声が聞こえてきた。

「お前は、・・・好きな相手がいるのか」

「え・・・、う、うん。いる」

思いがけない被験者からの問いに、ルークは戸惑いながらも頷いた。
アッシュからの問いはまだ続く。

「それは、お前の身近に居る人間か」

「うぇっと・・・、多分・・・そう」

はっきりと答えられなかったのは、アッシュとは回線で繋がったら身近だけど、それ以外では身近じゃないのかな
と悩んでいたからだ。
微妙に曖昧なルークの返答にアッシュはぐっと皺を寄せた。





やはりルークはガイが好きなのだろうか。

少し前から抱いていた一つの疑問。

自分はルークが好きなのに。ルークはガイが好きらしい。
それがとても腹立たしくて、悔しかった。

どうすればお前は俺を見てくれる。

俺はお前が好きだと言うのに。

会話をする度にルークの唇からガイと言う名が紡がれてアッシュの心の中には黒くドロドロとしたものが湧き上が
っていた。

しかしそれを知る由も無いルークはポンポンとガイの名を口にする。





アッシュは俺がナタリアを好きだと思ってるのかな。

だからこんな質問をしてくるのか?

俺が本当に好きなのはアッシュなのに。

会うと必ずアッシュとナタリアは話しをしている。それがとても羨ましかった。
後、胸がぐって締め付けられたような感じもした。

そんな俺の気持ち、アッシュは解ってる?



互いに互いを想っているはずなのに、どこかで噛みあっていない二人の想い。









「俺は、アッシュが、好きだ」

沈黙を破って吐き出されたルークの想いが静かに響く。
アッシュは驚きに目を瞠り、信じられない思いで複製品を凝視した。

「アッシュは、ナタリアが好きなのかもしれないけど、けど!俺は・・・」

アッシュが好きなんだ。
ルークは最後の方は消え入りそうな声でそう言うと、泣き出しそうな顔で被験者を見た。

「ごめん、変なこと言って。でも、どうしても言って置きたかったんだ」

困るよな、こんなこと言われても。ルークは無理矢理笑みを作って乾いた声で笑う。
馬鹿かてめぇは。そんなアッシュの罵倒を心のどこかで期待していた。そうしたら冗談だよと言って笑い話に出来
ると思った。けれどアッシュは何も言わず、ルークを見つめていた。

「それは本当なのか」

「・・・うん」

「そう、か」

確認するように問うと、アッシュは顔を伏せ

「俺も・・・お前が好きだった」

小さな声でぼそりと。

え、とルークが声を上げる。するとアッシュががばりと顔を上げて吼えるように

「俺もお前が好きだって言ってるんだよ、この屑がっ!」

肩で息をするアッシュの顔は暗がりでもわかるくらい赤くなっていた。
被験者の告白にルークは信じられない思いで頭の中が混乱していた。

アッシュが俺を好き?だって、アッシュはナタリアが好きなんじゃ・・・。

「勝手に人の好きな相手を決め付けるんじゃねぇよ」

ルークの考えを読み取ったのか、アッシュが不機嫌そうに吐き捨てる。

「え、でも・・・」

「もう一度はいわねぇぞ」

「あ、・・・はい」

凄みの効いたアッシュの言にルークは喉元まで出かけた言葉を飲み下した。
代わりに

「俺、アッシュは好きのままで良いのか?」

「別に、構わない」

即答で切り返されて、ルークは顔をくしゃくしゃにした。

「う、・・・っ、・・がと、アッシュ」

「如何して礼を言う必要がある」

「だって、好きな、・・っまで、良いって」

しゃくり上げながら言うルークに、アッシュは呆れたように息を吐いて、それから自分のより幾分か色抜けした朱
髪をわしゃわしゃに掻き混ぜた。次いで目尻に残ったルークの涙を舌で掬い取る。

「俺もお前が好きなんだ。と言うことは互いに了解しているということだろう。礼なんて要らない」

「うん、うん・・・!」

泣きながらこくこく頷くルークにアッシュは微苦笑した。



「好きだ、ルーク」

「俺も、俺もアッシュ好きだよ」



アッシュの唇から始めて自分の名が紡がれた。

それが愛を囁く言葉と一緒だったことは、ルークにとってはこの上ない幸せだった。















「で、めでたく両想いな訳ね」

「良いですわね・・・。羨ましいですわ」

「ってナタリアはそれで良いの?」

「幾らわたくしでも他人の恋の行く末に口出しできませんわ。あの二人には幸せになって欲しいですわね」

「ルーク・・・!!信じてたのにっ!」

「はいはい。ガイは私が慰めて上げますよ」

「いい!余計なお世話だ・・・て、離せ、ちょ、旦那どこ触って・・・!!」

「ルーク・・・。泣き顔も可愛い」

こっそり抜け出したつもりだったルークの後をバッチリつけて来ていた仲間たちはぎゃあぎゃあ騒ぎながら若干離
れた場所から赤毛たちの言動を見ていたが、見られている当人たちはそれに気が付くことも無く

「あ!」「うわぁ・・・」「やりますねぇ」「・・・あああぁぁ」「あぁ・・・」





被験者と複製品は互いに愛を誓う口付けを交わした。



















青海瑠璃様よりリクエスト頂きました
アシュルクで、お互いが片思いだと思って(なんとか相手を)おとそ
うと頑張る話。最後は甘々。
(簡略化)』です。
六神将や仲間が傍観or妨害とあったので、六神将は出せませんでし
たが仲間は傍観してると言う事になっています。

それでは、一万打企画へのリクエスト有り難う御座いました!

05.20

※この小説は青海瑠璃様のみお持ち帰り可となっています。