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Sympathy Anxiety





広大な土地に頑丈な造りの高い塀が大きな屋敷を取り囲んでいる。唯一の外界との行き来を出来る門は人の身
長を裕に超える高さで、常にそこには警備の者が立っていた。
この厳重な警備で守られた屋敷には双子の子息がいた。

ファブレ公爵と言えば指折り数える名門の一族である。
一族に連なる者は赤い髪と翠の瞳を持つとされ、由緒正しき家系でもあった。



そのファブレ家に子供が生まれたのが今から17年前。

当初は双子が生まれたと夫婦共に屋敷に使える者たちも喜んだが、成長が進むに連れて弟の方が生まれつき身
体が弱かった為に車椅子での生活を強いられる事となった。
双子は常に一緒に居て、兄であるアッシュは車椅子で移動する弟のルークの面倒を甲斐甲斐しく見ていた。
またアッシュは名に恥じぬようにと日々勉学に勤しんだり父である公爵の仕事に時折付いて行っては、将来家を
継ぐ者として励んでいた。ルークもまたアッシュに負けぬ努力家だったが、公爵の仕事に付いて行くとなると、車
椅子では不便がある所為でいつも家に残って兄の帰りを待つしか出来なかった。
その度にアッシュは哀しげな表情で無理に笑ってみせるルークに心を痛めた。





平日は普通の高校生と変わらずアッシュは学校へ通っている。一方のルークは車椅子と言うこともあり、専属教
師を屋敷で雇い勉強をしていた。
その日も毎朝の日課としてルークは一人の使用人と共に玄関先までアッシュを見送りに出て来ていた。

「いってらっしゃい、アッシュ」

「・・・あぁ、行って来る」

小さく手を振るルークに笑んで応じ、弟の傍で控えている金髪の青年を見据える。視線の合った青年は軽く顎を
引いてアッシュの言わんとしている意を汲み取った事を伝え、次いで

「行ってらっしゃいませ、アッシュ様」

恭しく頭を垂れた。幼い頃から自分たち兄弟の世話役として共に過ごしてきた使用人であるガイは普段はこんな
畏まった態度などしない癖に、こういう時だけ使用人面をする。双子と居る時は友人に話すそれで使えるべき主
と喋っているのにしゃあしゃあと。そんな不満を僅かに抱いたアッシュだったが、実際にはそんな事は微塵も顔に
出さず見送り二人に背中を押されるように屋敷の外へ出た。





*   *   *   *   *





「アッシュ」

廊下を歩いている途中、声を掛けられてアッシュは振り向いた。後ろには長い髪を背中に流して片目を隠すように
伸ばされた前髪と深い蒼の瞳で大人びた印象を相手に与える少女が立っていた。

「ティアか。何の用だ」

ティア、と呼ばれた少女は手に持っていた紙袋をアッシュへ見えるように持ち上げて

「お菓子を作ったの。これをルークへ届けたいのだけど、帰りに一緒に家へお邪魔しても良いかしら」

「別に構わない」

「有り難う。それじゃあ、また帰りに」

ティアは微かに笑みを見せると踵を返して教室へ戻って行った。教室内に消え行く少女の姿を見送って、アッシュ
は一つ溜め息を零す。
偶然知り合ったティアがルークをまるで己の弟のように面倒を見始めたのはいつだったか。暫し記憶を掘り返して
みたが思い出せない。ただ何となく憶えているのはティアが屋敷を訪れていつの間にかルークと親しげにしていた
事ぐらいだ。以来、ティアは週に二、三回屋敷に来ては手作りのお菓子をルークに渡したり、家系に伝わるという
不思議な歌詞と旋律の唄を歌っていた。ルークはそんなティアを直ぐに気に入り、彼女が来た日には始終にこに
こと笑みを浮かべていた。逆に面白く無さそうだったのがガイだった。ガイはティアが来ると彼の仕事である車椅子
を押したり面倒を見たりするのを全て奪われ、手持ち無沙汰に突っ立っているしかなくなるのだ。以前ガイがティ
アにやんわりと自分の役目だと言う事を主張していたがティアはそれをきっぱり無視していたのをアッシュは見た。
その時のガイの顔はちょっとした見物だったと思う。

そんな風に想い馳せていると、気が付けば放課後になっていた。










約束通りティアと共に屋敷へ帰宅したアッシュは慌しい空気を敏感に感じ取り眉間の皺を深くした。玄関の敷居を
跨いだ時、丁度目の前を通り過ぎようとしたメイドを呼び止めた。メイドはアッシュを見ると瞳を揺らし、掠れた声で
アッシュの名を紡いだ。不安と焦燥の色に染まったメイドの双眸にやはりただ事ではないと悟ったアッシュは、何
があったと問うた。メイドは一度口を開き、閉じて、漸く震える声で告げた。

「ルーク様が、ルーク様が・・・行方不明になられて―――」

「・・・、アッシュ?!」

彼女が最後まで言い終わるのを待たずにアッシュは駆け出した。ティアは慌ててその後を追う。長い廊下を走り
ぬけ、目指すは父親の居る書斎。バンと大きな音を立てて開かれた扉に公爵はゆっくりと目を向けた。そこには
肩で息をしたアッシュの姿があった。

「アッシュか」

「父上、ルークが行方不明とはどう言う事ですか!」

珍しく声を荒げて言う息子に、公爵は落ち着き払った声でアッシュを宥める。その公爵の冷静さが逆にアッシュを
苛立たせた。ルークが居なくなったと言うのに、何故こうも落ち着いていられるのか。アッシュは再び口を開こうと
したが、横を金髪の青年が通り過ぎたのでタイミングを逃して舌を打った。

「旦那様、今のところルーク様が誘拐され、それについての脅迫状や電話はきていません」

「うむ、そうか」

ガイの報告に公爵は一つ頷くと、険しい顔のまま立っているアッシュを見て、立ち去ろうとしたガイに言った。

「ガイ、アッシュと共にルークを探しに行きなさい」

「・・・は?」

「アッシュ、良いな」

「・・・、わかりました」

「私もご一緒させて頂いても宜しいでしょうか?」

「構わない」

「有り難う御座います」

一人ガイを蚊帳の外に置いてルーク捜索についてのが話しが淡々と交わされていく。頭を下げたアッシュとティア
が連れ立って書斎を出て行き、ぽつんと取り残されたガイは涙を呑んだ。










しかしルークを探すといっても、屋敷を出た事のなかったルークが向かう場所など全く皆目見当が付かない。
予想も立てられない以上街中をくまなく探すしか手段は無いだろう。その効率の悪い方法しか思いつかない苛立
たしさからアッシュは舌打ちをする。隣に立って比較的冷静さを保っていたティアは、遅れて屋敷から出てきたガ
イから携帯電話を手渡されて首を傾げた。

「これは・・・?」

「旦那様からあった方が便利だろうって渡された。ほら、アッシュも」

差し出された折りたたみ式の筐体に、アッシュは無言で受け取る。ガイは自分の分の携帯を指して、それぞれ名
前で電話番号登録はしてあるからと説明する。それから表情に焦りが滲み出ているアッシュに

「焦っても仕方ないし、兎に角街をしらみつぶしに探そう。連絡は小まめに―――」

「ティア、俺は商店街を探す。お前は住宅街を」

「えぇ」

「何か些細な情報でも手に入ったら直ぐに連絡してくれ」

「わかったわ」

「・・・ちょっとまった!アッシュ、俺の話し訊いてるか?!」

「五月蝿い!お前は父上に人材を派遣するようさっさと言って来い!!」

「っ、あ、おい!」

アッシュはガイに叩きつけるように言うと、ティアと視線を交わし走り出した。ティアもアッシュとは逆の方へ向かう。
再び取り残される形となったガイは、ぷっと小さい笑い声が聞こえてそちらを見た。門の前に立っていた警備の者
がはっとしたように口元に手を添えて咳払いをした。くそ、そうやって笑ってればいいだろ畜生!ガイは胸中で叫ぶ
と、言われたとおり公爵に申し出る為に出てきたばかりの屋敷へ戻る。
はぁ、と溜め息を吐いて肩を落とすガイの背中は哀愁が漂っていた。





*   *   *   *   *





ルークの名前を叫んで商店街を駆け抜ける。一種危機迫ったような声で叫んでいるものだから、何事かとぎょっ
として振り返ってこちらを見る人がいたが、そんな視線を気にしていられるほど現在のアッシュには余裕が無かっ
た。沢山ある店の一軒一軒を覗き、目立つ赤毛の姿を探す。途中見知った人間を見つけては呼び止め、俺と似た
ヤツを見たかと訊ねる。だが皆一様に知らないと首を横に振った。商店街のアーケードが終わる最後の店にもル
ークは居らず、商店街を抜け出てしまったアッシュは肩で息をしながら携帯の着信履歴を確認した。ティアからの
着信は入っていなかったが、一件ガイからあった。リダイヤル発信をして相手が出るのを待つ。プツッと音がした
後、聴き慣れた使用人の声が響いてきた。

『・・・アッシュか?言われたとおり旦那様に申し出たよ。使用人メイド含めて街中捜索に当たらせるとさ。それと、
公爵直々に街へ出て探すつもりらしいぜ』

「そうか。父上が街に出たところで使えるとは思えないが、好きにさせて置けばいい。お前は今何処に居る」

『(今、さり気無く酷いこと言ったよな)えっと、公園だ。屋敷から一番近い所の』

「・・・ガイ」

『うん?何だ?』

「俺が学校へ行っている間、アイツが何処へ行きたいとか、そう言う話をしたことは無かったのか?」

『・・・・・・』

手に持った携帯にギュッと力を込め、アッシュは自分よりも常に弟の傍に控えていた青年に訊いた。ガイは少し沈
黙した後、ややあって口を開いた。

『アッシュ』

「は?」

『アッシュが居る場所に行って見たい。って、前に零してたな、そう言えば』

「俺の居る場所・・・?」

『あぁ。心当たりは?』

「・・・」

俺の居る場所、アッシュは口に出して呟き、ハッとして

「わかった、一つ心当たりがある」

『何処だ?』

「学校だ」

一方的に告げるとアッシュはガイの返事も待たずに通話を切断して走り出した。





「・・・切れた」

携帯を見つめてぽつり。ガイはアッシュの言った学校へ行く道を思い起こしながらとりあえず自分も向かおうと足
を動かす。商店街と屋敷からの学校へ辿り着く距離は、こちらの方が近い。アッシュよりも先にルークが居るかも
しれない学校に着いて、蹴られるのは勘弁なのでのんびりと歩いて行く。アッシュが言うのであれば、ルークは高
確率で学校へ居るだろう。歩きながらガイは携帯でティアへ連絡を取る。一見、アッシュに比べて冷静に見えてい
た彼女だが実際はアッシュ以上に焦燥に駆られていただろう。携帯を手渡した時に手が細かく震えていた。思い出
してガイは苦笑する。どうして感情を押さえ込もうとするのだろうか。素直にルークのことが心配ならそう言えば良
いのに。
・・・何にせよ

「いい加減、ルークも自覚しろよな」



自分がどれだけ周りから愛されていたのかと言うことを。



ふと背後に人の気配を感じてガイは振り返った。そこには髭が居た。

「ヴァン。何の用だ」

「ルークが行方不明になったと訊きました」

「・・・屋敷の者以外知らない筈なんだが、何処でその情報を入手した?」

「企業秘密と言うことで」

「どうせまた盗聴器を仕掛けていたんだろう」

飄々と言うヴァンにガイは嘆息する。


屋敷へ出入りする内の一人、ヴァンはルークにご執着のようで、アッシュから大分敵視されていた。その事にヴァ
ンは気が付いているようだったが、あえてアッシュへ見せ付けるようにルークと楽しそうに談笑していた。アッシュ
はそれを離れた場所から見ていて、嫉妬のあまり近くに居たガイに八つ当たりした事があった。廊下の窓から見
えるヴァンとルークの姿。それをじっと見つめながら

「ガイ、あの髭を即刻排除しろ」

「は、俺が?いや無理だって」

「出来なければお前の給料は一生豆腐と檸檬にするぞ」

「・・・っ、おま、それは給料無しよりもキツイものがあるぞ?!」

「ならどうにかしろ」

無理な要求にガイは本気で泣きたくなった。しかしアッシュは真剣に言っている。翡翠色の瞳に軽く殺意を宿らせ
て髭呼ばわりしたヴァンを睨みつけていた。向けられる殺気に流石のヴァンも身の危険を感じたのか、ルークとの
話を切り上げて離れて行った。その時ほど助かったと安堵した事は無い。


ガイは半眼でヴァンを見やり

「ティアにばらすぞ」

ぼそっと言うと、ひくりと髭の頬が引き攣った。妹であるティアの方が立場が強いらしく、ヴァンはガイの脅し文句
に舌打ちをした。

「・・・潔く今回は負けを認めましょう」

「いや勝ち負けとか関係ないだろう」

ガイの突っ込みには応じず、ヴァンは背を向けると、折角ルークを手に入れられると思ったのだがなどと聞き捨て
ならない事を呟いていた。

「やっぱりティアに言って置くか」

呟きを拾ったガイはそうひとりごちて、再び歩き出した。





*   *   *   *   *





陽もとっぷりと暮れ、街灯に明かりが灯り始める。アッシュは漸く学校の校門前に辿り着き、乱れた呼吸を落ち着
けた。そして、門を潜り抜けて弟の姿を探す。静まり返った校庭には人の姿は一つも見当たらない。自分の予想
が外れたのだろうか。そう思いかけたとき、校庭の隅に乗り捨てられたように倒れている車椅子を見つけた。アッ
シュは僅かに息を呑んで車椅子の元まで走る。

「ルーク!居るのか?!」

アッシュは声を張り上げてルークを呼ぶ。
しかし返ってくるのは沈黙ばかり。それでも車椅子があると言うことは、ルークが学校の何処かに居るのは間違い
ないだろう。

「俺の居る場所・・・」

ルークが居るであろう自分の教室を目指してアッシュは校内へ踏み込んだ。










「ここでアッシュは授業受けてるのか・・・」

がらんとした教室に一人、ルークは椅子に腰掛けて黒板を眺めていた。

アッシュと一緒に受けてみたかった、憧れていた学校での授業。

ルークは机に頬を付けて目を閉じる。

自分の身体が弱いために、両親やアッシュ、ガイにいつも迷惑を掛けてばかりだった。ルークの周りを世話する
メイドや使用人たちが自分を見て眉をひそめたりしているのを見るのが耐えられなかった。きっとアッシュやガイ
だって俺のことウザイって思ってるんだ。考え始めると、キリがなくなってきて、それが嫌で家を抜け出してきてし
まった。俺がいなくなれば、みんなの負担が減って楽になるだろうし。それに、将来有望なアッシュに一番迷惑を
掛けてしまうから。そう自分に言い聞かせて、泣くまいと唇を噛み締めていた。

でもやっぱり無理だった。

つぅと涙が零れる。

アッシュの傍を離れるなんて出来ないと思った。

だって

「アッシュ」

優しく微笑んでくれる貴方がこんなにも大好きなんだから。

それでも、大好きだからこそアッシュの手を煩わせるような真似はしたくなかったんだ。



「もう、行こう」

行く宛てなんて無いけれど。

椅子を引いてルークが立ち上がったときだった。荒々しく教室のドアが開け放たれ、紅蓮が飛び込んできた。驚き
に目を瞠るルークをアッシュは視界に移すと、歩み寄って来るなり弟の頬を張り飛ばした。パァンと乾いた音が教
室内に響く。張られた頬を無意識に押さえ、呆然とアッシュを見るルークに、アッシュは眦を吊り上げて怒鳴った。

「この馬鹿っ!!どれだけ屋敷の者たちが心配していたか解ってるのか!」

「ぇ・・・」

「何も言わずに屋敷を出て、何故学校へ来たいのなら俺やガイにでも言わなかった!」

そう怒鳴るアッシュの身体は微かに震えていた。ルークはじんじんと痛む頬の熱をぼんやりと感じながら、アッシ
ュが何処か泣きそうな顔をしているのが信じられなかった。

アッシュは俺が居なくなったのを心配してくれていたのか?
アッシュだけじゃなくて、ガイと屋敷のみんなも・・・?

そんなルークの胸中を読み取ったかのように、再度アッシュが言った。
今度は打って変わって静かな口調だった。

「お前は大切な家族なんだ。心配しないわけが無いだろう?」

「・・・っ、アッシュ・・、おれ、ごめ・・・!」

兄の言葉に、再度ルークの両の瞳からボロボロと雫が零れ落ちていく。

自分はとんでもない勘違いをしていたのだと漸く気が付いた。



メイドたちは別にルークを煩わしいと思っていた訳ではなかった。
ただ、いつも思い詰めた様な表情をしたルークを気にかけていたのだ。
屋敷の者たちはルークを好いていた。
それ故に時折ルークが見せる憂いに不安感を抱いていたのだった。



互いを想い、気遣う気持ちがすれ違ってしまっていたのだ。



だけど


「帰るぞ、ルーク」

誤解が解けたんだ。もう、家を出て行く必要はない。

すっと右手を差し出して、アッシュがルークを呼ぶ。
ルークは泣き腫らした目で笑って頷いた。





手を繋いで校舎を双子が出て行くと、外ではガイとティアが待っていた。ティアは胸の前で手を組んでいたのを解
いて、ホッとした表情を見せた。ガイはルークを見て、笑って片手を軽く上げた。

「無事見つかったな。―――お帰り」

「お帰りなさい、ルーク」



ルークはちらりとアッシュの顔を見て、兄が小さく頷くと、二人の方へ向き直って、晴れ渡る青空のように無邪気な
笑顔を浮かべた。





「ただいま!」



















太郎猫様よりリクエスト頂きました
アシュルク双子パラ。ルークは車椅子に乗っていてアッシュはルーク
莫迦ティアと一緒に行方不明になったルークを探しに行く。ガイは弄ら
れ役。ルークは長髪だけど短髪の性格でルークもアッシュの事が大
好きな設定。髭は赤毛のストーカー・ファブレ夫婦は親莫迦(簡略化)
』です。
まずはすみませんと謝らせてください!きっとリク内容から察するに
ギャグをご所望だったのだと思うのですが、見事にほのぼのと言うか
何と言うかなお話しに・・・orz各キャラのルーク莫迦っぷりを出せま
せんでした;;
本当にすみません(土下座
気に入りませんでしたらぜひ言いつけて下さい!書き直しますので!!

それでは、一万打企画へのリクエスト有り難う御座いました!

06.06

※この小説は太郎猫様のみお持ち帰り可となっています。