<Midsummer&Sea of love>





じりじりと焼け付くように照り付けてくる太陽の日差しを直に受けている現在真昼のこの場所の気温は三十度弱と
言ったところか。

顎を伝って落ちる汗の雫を手の甲で無造作に拭い、ルークはあーともうーともつかない呻きを上げる。上着は当
に脱ぎ捨てて、それはガイが腕に掛けて持って後ろを歩いていた。黒のインナーを無駄だと解りながらもパタパタ
と扇いで見たりして兎に角体内から沸き起こって来る暑さを逃そうと躍起になる。しかし躍起になった事で余計に
体力を消耗し、結果更に暑くなって撃沈したルークはガイの方へ振り返った。縋るような視線を向けられたガイは
ルークの情けない表情を見て、微苦笑を漏らし、もう少しで着くから我慢しろよと言って前方を指差した。ガイの言
に不満そうに頬を膨らませたルークは取り敢えず示された方向、今まで自分が進んでいた方を見た。

遠く遠くに曲線を引いたみたいに見える青い色。
時折強く吹く風が塩の香を運んできて鼻腔を擽っていく。

ルークは鼻の頭に皺を寄せて呟いた。

「・・・後どんだけ歩けば良いんだっつーの」










サク、サク、時々ふに、と柔らかい音を鳴らしながら砂浜を歩く。
歩き難い柔らかくサラサラとした砂を踏みしめながら漸く辿り着いた浜辺にルークは荷物をどさりと落として叫ん
だ。

「どんだけ歩かせる気だ、海のばかやろー!!」

海にしてみれば理不尽な文句を両腕を振り上げて吼えるルーク。その隣でガイはちゃっちゃとパラソルを開いて
日陰を作ってと準備する。砂の中へぐりぐり埋め込んで固定したパラソルの傘が海風でパタパタと軽い音を立て
る。ひとしきり海へ罵声を飛ばしたルークは着ていたインナーを脱ぎ捨てた。落ちたそれを拾い上げ、ガイは何故
かクラウチングスタートの姿勢で海を睨むルークにのんびりとした調子で声を掛けた。

「ルーク、アッシュを待たなくて良いのか?」

「・・・・・・・・・ぁ」

「待ってる間に準備体操しとけよ」

「・・・うん」

ルークは言われた通り素直に準備体操を始める。屈伸して手足をプラプラ、前屈、アキレス腱をせっせと伸ばし、
最後に大きく深呼吸。息を吐き出して、うっしと気合を入れたルークの脇でセッティングを終えたガイが、あ、と声
を上げた。釣られて顔を上げたルークの視界に一点、紅い色が飛び込んで来た。

「アッシュ!」

嬉々として駆け出したルークに、ガイは帽子被れよーと麦藁帽子を投げて寄越す。ルークは飛来してきたつばの
広い帽子をキャッチして頭に乗せ、先で立ち止まっている赤毛に大きく手を振った。

手を振りながら疾走して来るルークに、アッシュは溜め息を零すとちらりと海を見た。

浜辺に打ち寄せる波の音と照りつく太陽の日差し。

そして視線を戻せば半身の無邪気な笑顔。



どうして海に来なければならなくなったのだろう。

スピードを緩めることなく着実に近付いてきつつある複製品を見やりながら、アッシュは過去を振り返った。










*   *   *   *   *










「はぁ〜、やっぱりこの時期って言ったらやっぱり海とか避暑に行くのが普通ですよねぇ」

暑さにやられたアニスが木陰で座り込みながらそう言った。肩にぶら下っているトクナガも暑さと湿気にやられた
のか少しへにゃりとして彼女の後ろから不気味な笑顔を覗かせていた。その隣ではナタリアも珍しく覇気の無い
調子でそうですわねとアニスの言葉に頷いた。

「こうも暑い日中には涼むのが一番ですわ。海とか、素敵ですわね」

「そうそう!海で打ち寄せる波に向かって飛び込んだりとか、絶対に楽しいよね!!」

海をキーワードに盛り上がり始めたアニスとナタリアに、同じ様に木陰に入っていたルークが隣で海ねぇ、などと
ぼやいていたガイに訊ねた。

「なぁ、海ってそんなに楽しいのか?」

「ん、あぁ。楽しいと思うぞ。そうだな・・・サーフィンとか、素潜りで海中を観察するのも良いかも知れないな」

「へぇ・・・!」

ルークはガイの言葉に目を輝かせて食いついてきた。
これまで屋敷の外に出ることを許されなったルークは当然、海にも言った事が無かった。だから幼い頃にガイが
読んでくれた絵本などで時折、海という単語を聞いてその度に海についてガイへ質問攻めをしていた。
好奇心を剥き出しにして掴みかかってくる何やら迫力ある赤毛にガイは内心でしまったと思った時には全てが遅
かった。慌てて話題を転換させようとしているガイの木の裏側からひょっこり顔を出したジェイドが楽しそうに笑み
を浮かべて

「サーフィンなどで純粋に海を楽しむのも良いですが、やはりアレでしょう」

「え、え!アレって何だよ、教えてくれよ!!」

ルークは今度はジェイドの方に寄って行く。獲物が引っ掛かったと胸中でほくそ笑む死霊使いはガイが半眼でこ
ちらを見ていようともどこ吹く風。長い食指を立てて、告げた。

「恋人と行くのもまた醍醐味と言うものですよ」










アッシュはこれ以上に無いほど眉間に皺を刻みこんで、目の前に居る複雑そうな表情の金髪とにこにこ笑んでい
る複製品を見ていた。

「だから、行こう?」

「何が、どうしたら、だから、に繋がるんだ、この屑っ!!」

一言ずつ区切りついでに殊更ゆっくり言葉を紡いで、最後にトドメの決まり文句。アッシュの罵声にうひゃあと声を
上げたルークが、だってとアッシュの手を掴んで

「俺たち恋人同士だろう・・・?」

「・・・っ!!!」

同じ身長だから同じ目線のはずなのに、何故か上目遣いで見てくるルークにアッシュは揺れる理性を必死に制御
する。どこで憶えたのかは知らないが、妙な落とし文句を・・・!アッシュが今すぐルークを抱き締めたい衝動に駆
られて身体の脇で手をぐっぱーさせているその視線の先でガイが口を抑えて悶絶していた。
吐血しそうな勢いの使用人を見て、自分はあそこまでじゃない絶対。と自身に言い聞かせながら、期待の眼差しを
向けてくるルークにぼそりと

「・・・少しだけなら、付き合ってやる」

「マジで!やったぁ!!!アッシュ、大好きっ!」

アッシュの返答に飛び上がって喜んだルークが抱きついて被験者の額にキスをした。思わぬ不意打ちに固まる
アッシュと喜んで跳ね回るルーク。そして出血を抑えながらもがもがとルーーーークゥゥと叫ぶガイ。



この事態が収拾したのは、心配して様子を見に来たティアが怒声を響き渡らせるまで続いた。










*   *   *   *   *










数日前の事を思い出し、アッシュは何処か遠くを見つめるような目になってしまう。

しかし手を引きながら意気揚々と砂を踏みしめて先を行くルークが嬉しそうに、楽しそうに笑っているのを後ろから
見たアッシュは、ふっと小さく笑みを零した。

今日ぐらいコイツに振り回されてもいいか。

そんな考えが過ぎる。

幸せそうにしているルークの姿を見ていて悪い気はしないのだから。















「・・・あのさ、アッシュ」

「何だ」

「すげー今更なんだけど」

俺、足の付かない場所で頭まで潜るの初めてなんだよ。
ザブザブと腰の辺りまで海に浸かり、潜ってみようとした瞬間に告げられたルークの告白。アッシュは僅かに目を
見開いて一瞬絶句して、それからふと考え込む。

「なら、俺が教えてやるよ」

「え・・・、て、うわぁ?!」

言うなりアッシュはルークの腕を引いてどんどん深い方へ進んでいく。
押し寄せてくる波が口に入るくらい深い場所まで来ると、アッシュが突然潜ってしまった。当然ながらアッシュに腕
を掴まれたままのルークも海に沈む。

ドプン、と言う音と共に殆ど何も聞こえなくなる。怖くて目を開けられないルークの頭の中に突如甲高い音が響い
た。キイィンと言う音と同時に頭痛が襲う。これはアッシュから回線が繋がれる時の症状だ。

『眼を開けてみろ』

頭の中に直接届いてくる被験者の低い声。ルークは恐る恐る瞼を持ち上げた。
まず視界に飛び込んできたのは一面に広がるダークブルーの世界。その中を優雅に泳ぎまわる魚たち。
そしてしっかりと自分の腕を掴んでいるアッシュの姿。
アッシュはルークが目を開いた事を確認すると、ぐいと引き寄せた。
抵抗せずに大人しく従うルークの身体を揺れる海中の中で抱き締め、回線を通して話しかける。

『怖いか?』

『ううん、平気』

アッシュの腕にしがみ付きながらルークが答える。コポリと唇から空気の泡が漏れる。と、ルークが目を丸くして
アッシュの背後を指差した。

『あれ、何だ?はじめて見た!』

『・・・イルかだな』

『へぇ、イルカ。イルカって言うのか!』

ルークの弾んだ声音が脳内に届いてきて、アッシュは笑う。
しかしそうしている内に酸素が足りなくなってきたのか、ルークから聞こえて来る声が少なくなってきて、苦しいとか
息持たないというものばかりになってきた。
だからアッシュはルークの名を呼んで彼の気をこちらに向かせると、顎を掴んでキスをした。
驚きに目を瞠るルークの表情が間近にあるが、アッシュはお構い無しに舌を上手く使って彼の唇をこじ開けた。
僅かに開いた隙間に舌を差し込んでアッシュは自分の酸素を送り込む。コポリコポリと沸き立つ小さな気泡。
アッシュがそっと唇を離すと、驚いたままのルークの顔をがあった。しかしそれはアッシュに今何をされたのかを
認識した途端、朱に染まった。

『な、ななな・・・!アッシュ、おまっ』

『別に良いだろう。恋人同士なんだからな』

事も無げに告げるアッシュにルークは言葉を失う。
どうしたら良いのかと戸惑うルークの様子に、アッシュは唇を吊り上げ、さらに愛しい愛しい複製品の身体を抱き
寄せた。

『愛してる』

それは滅多に口に出されないアッシュからの言葉。
ルークもおずおずとアッシュの背中に腕を回しながら

『俺も。愛してる』

告げた一言に自分の全ての思いを込めて、互いにどちらからとも無く唇を引き合わせた。





「あいつら・・・大丈夫かな」

パラソルの下でちょこんと膝を抱えて海を眺め、金髪の青年が零した。

「浮き上がってこないけど、溺れてないよな・・・」

アッシュいるし、平気だろう。うんうんと一人頷いてガイはぼんやりと寂しく赤毛たちが戻ってくるのを待つ。





二人が幸福と言う名の海に溺れているとも知らずに。





















18000HITのハルカ様へ『アシュルクで海でラブラブ』です。
スキーor海との事でしたので、今の季節を踏まえて海を取らせて頂き
ました。
う〜ん、ガイがお父さんな感じではなくてすみません;;
変態ですよね、これじゃあorz
実は泳げなかったアッシュは、海に行くまでに泳ぐ練習をもの凄い頑
張っていたと思います。
・・・リクエスト有り難う御座いました!!

05.28


※この小説はハルカ様のみお持ち帰り可となっています。