<水も滴る・・・?>
校舎内に響き渡る授業の終わりを告げるチャイム音。
余韻を残すチャイム音に続いてさっさと帰りの仕度をはじめる者や、部活の準備をはじめる者そしてクラスメイトと
談笑して盛り上がる者たちが教室で賑わっていた。その中で一人、紅髪の少年が窓際で本を読んでいた。黙々と
ページを捲って読み進めていく彼に話しかけようとするクラスの人間は居ない。それは過去の経験から集中して
いる時の彼に話しかければその後が恐ろしいと言う事を知っているからだった。
しかし唯一の例外者がいた。
いつものように教室のドアをスパーンと音が鳴るくらい勢いよく開けて第一声。
「アッシュー、帰ろうぜ!」
鞄を片手に朱髪の少年が元気よく言う。クラスの半数は毎日繰り返される光景に慣れたもので、特に少年を気に
する者は居なかった。ドアの所でお目当ての人物を見つけ、そちらへ歩き出す彼にクラスメイトが親しげに話しか
ける。それに応じながら少年―ルークは兄であるアッシュの元まで辿り着くと、やはりいつも通りに兄が座ってい
る席の一つ前の席に座る。そして下から覗き込むように顔を突き出してアッシュの集中力を削ぐ。そうすれば当然
アッシュは
「っ、いい加減にしろ、この屑が!」
「ぁイッテ〜・・・!」
眦を吊り上げて椅子を倒して立ち上がり振りかざした拳をルークの脳天目掛けて振り下ろす。
これがお決まりのやり取りであり、見慣れた放課後の光景。
サンサンと降り注ぐ太陽の光は午後四時になってもこの時期ではまだまだ健在だ。様々な種類の蝉が懸命に鳴
き声を張り上げている通りを二人並んで歩いて行く。たった五分歩いただけで既に滲み出してきた汗を拭いなが
ら、ルークはげんなりした顔でアッシュをちらりと見る。アッシュは平然とした顔で前を向いて歩いていたが、やは
り額には汗が光っていた。しかし暑いと言う事を面には微塵も出さない辺り何かすげぇと感心してしまう。基本的
に感情がすぐに表れてしまうルークは暑ければ暑いと顔に出る。顔どころか態度までしっかりと。だから今も暑い
暑いとぶつぶつ呟きながら歩いていて、流石に隣で呪文みたいに繰り返される「暑い」にうんざりした表情を見せ
たアッシュにうるせぇと頭を叩かれ、抗議しようと兄の方を向いた時に、ふとある看板が目に留まった。頭を叩かれ
た怒りは何処かへ飛んでいって変わりに湧き上がってきたのは欲望だった。看板に吸い寄せられるようにそちら
へ歩いて行くルークにアッシュは訝しげに眉をひそめて背後をり返る。ルークの向かう先に見えるのはお洒落な
造りをした小さなお店。入り口には小さなボードに、それを連想させる為かピンクや水色の文字でこう書かれてい
た。
『暑い日にはアイスでもどうぞ』
またその文字の下には美味しそうな色とりどりのアイスの写真が貼ってあった。
あぁ、アイツが喰い付きそうだな、などと思っているアッシュの視線の先で、何やらごそごそと自身の身体を弄って
いたルークがこちらを見て「アッシュ、財布忘れた・・・」「だから何だ」「・・・お金、貸してください」申し訳無さそうに
眉尻を下げる。アッシュは溜め息を零して財布を取り出し、店の中に入る。置いてけぼりにされたルークは一時ポ
カンとした後、アッシュがアイスを買ってくれるのだと理解し笑顔になって兄の背中を追って店に入った。
ありがとうございました〜と言う声が背中に掛けられる。店を出たルークの片手にはコーンの上に三つ重ねられた
アイスがあった。それを幸せそうに食べるルークにアッシュは三種の色を見て何とも言えない顔をして見ていた。
すると視線に気が付いたのかルークは小首を傾げて
「あ、アッシュ少し食べてみるか?」
「いや、いい。遠慮する」
アッシュは即答した。余りに早い返事にルークは面食らったように目を丸くする。てっきり食べてみたくてアイスを
見ているのかと思ったのに。じゃあ何でアイスを見てたんだよ。ルークが上段のアイスをペロリと舌で掬いながら
訊ねると、兄は心底理解出来ないと顔に出してこう言った。
「俺にはそのアイスはとてもじゃないが美味そうには見えない」
「?何で?」
「その色合いが駄目だ」
「え〜、駄目なのかよ?!」
駄目だし宣言にルークは思わず声を大きくしてしまう。
「美味しいぞ!食べてみろって!!」
「そんな気味の悪い色したアイスなんか食えるか!」
ぐいっと口元へ伸ばされたアイスを落とさない程度に押し返してアッシュは怒鳴る。
気味の悪いとアッシュが表現したルークのそれ。一番上には紫色のアイス。真ん中に緑色のアイス。最後に灰色
のアイスという順で重ねられていて、どれも濃い色のアイスが三種類揃っており確かに個々で食べればルークの
言う通り美味しいのだろう。だがこの炎天下の中でルークのアイスは速いペースで溶け出していた。たらりと流れ
る紫色が直ぐ下の緑色に混ざってさらにそれが灰色へと混ざり込んでいく。まるで使い終わった絵の具を、無駄
にパレットの上で混ぜ合わせたような色合いに変色したアイスはとてもじゃないが美味しそうには見えない。全然
見えない。しかもチョイスされた色が色だけにアッシュは進んで食べる気など微塵も起きなかった。だけど何の味
を選んだのかは純粋に気になったので食べる食べないの言い合いから話を逸らす意味も兼ねてアッシュは質問
した。
「何を選んだんだ?」
「え、えっと・・・。一番上が紫芋で、二番目が山葵。で、下が黒ゴマだよ」
「・・・・・・」
何となく予想を立てていたのだが、それを見事に裏切るルークのチョイスに暫し言葉の出ないアッシュ。緑色は
抹茶ではなく山葵なのか。絶句してる兄に気が付かないルークはアイスを食べながら咥内に広がる味を楽しん
で、幸せそうに笑みを浮かべていた。
食べ終えたアイスのゴミを捨てるのに立ち寄った公園でついでに休んで行くかとベンチに腰かけていたルークは、
きゃあきゃあはしゃぐ子供たちの歓声の聞こえて来る方へ何気なく視線をやった。
広場の真ん中にある円形の噴水。そこでパシャバシャと水を跳ね上げて遊ぶ子供。服が濡れる事を怖れずに噴
水の中を駆け回って水を掛け合う子供たちをほけっと見ていると、近くの販売機へジュースを買いに行っていたア
ッシュが戻って来た。そして噴水とそれをじっと凝視するルークを交互に見た後で呆れた声を出した。
「まさか噴水で水浴びしたいとか言い出すんじゃねぇだろうな」
「ぅぐっ・・・、ま、まさかそんな事言わないって!」
慌てて否定するが、アッシュは疑り深い目でルークを見る。ぶんぶん首を振って全力否定したがじっとり見つめら
れルークはうぅ、と上目遣いでアッシュへ
「なぁ、アッシュ。少しだけ」
「・・・好きにしろ」
「やったぁ!サンキュー、アッシュ!!」
溜め息と共にアッシュが一言言えばルークはガッツポーズをしてそのまま鞄をベンチの上に放り駆け出した。逆
にアッシュはベンチに座り、突然水の掛け合いに参戦してきた高校生に驚き戸惑う子供たちの中で無邪気な笑み
で話しかけているルークの姿を眺め、買って来た缶ジュースを傾ける。数分後、気を許した子供たちにあっさり溶
け込んだルークが小学生のようにはしゃぎ、時折アッシュの方へ手を振ってくる。
「アッシュー楽しいぞ!こっち来いよ!」
「誰が行くか!」
アッシュはルークの誘いを切って捨て再びジュースで喉を潤し、鞄から本を取り出して読み始めた。
ルークが噴水で遊びだして幾ばかりか時間が経ったころ、読書に集中していたアッシュに突然バシャ、と水か降
りかかって来た。
「なっ・・・?!」
驚いて顔を跳ね上げれば、視界に飛び込んできたのは悪戯に成功して喜ぶ子供たちとルークの姿。瞬時に現状
を理解したアッシュは、パタリと本を閉じるとベンチから腰を上げた。それなりに距離が離れているはずのベンチま
で水を飛ばしてくるとは中々じゃねぇか。アッシュは口端を吊り上げてニヤリと笑う。その決して穏やかとは程遠い
兄の笑みに、ルークの頬がひくりと引き攣った。ずんずん早歩きで向かって来るアッシュにルークは慌てて子供
たちに指示を出す。
「鬼が来た!水を掛けて迎え撃つんだっ!」
「誰が鬼だ!!てめぇ、覚悟しやがれ!」
「うわぁ、来た来た!」
怒鳴るアッシュにルークは悲鳴を上げ、しかしどこか楽しそうな声で叫ぶ。アッシュへ水を掛けるルークに習い、
子供たちもわぁっと一斉に水を掬って近付き来つつある紅髪へ飛ばす。ルークを含め十人弱からバッシャバシャ
と飛んでくる水は噴水の周囲を濡らし、アッシュも制服姿のままで風呂に入ったような姿になってしまった。ぺっと
りと張り付いてくる前髪を鬱陶しげ掻き揚げ、噴水に辿り着くとズボンの裾を捲くることなく水の中へ入る。既にび
しょ濡れになっているルークはアッシュと同じ様に前髪から雫を滴らせながら、躊躇い無く噴水に入ったアッシュに
ぎょっと目を剥き、急いで距離を取った。子供たちもルークの後を追いかけてアッシュの居る場所から反対の場所
まで移動する。水が吹き上げる中心を境に、静寂が訪れ、次いで緊張感が漂う。霧状に細かく降り注いでくる噴水
の水が顔に掛かるがそんなの今更気になるものでもない。霧のベールの向こう側にある自分とそっくりな顔をした
弟を睨みやり、アッシュは地を這う低い声で宣言した。
「タダで済むと思うなよ、ルーク」
結局ずぶ濡れになるだけなり、夕方六時ごろになって子供達が全員帰った後で赤毛二人も帰路に着いた。ぎゅう
と絞れば水がボタボタと落ちるワイシャツにゴボゴボ音が鳴るローファー。アッシュは偶々所持していたヘアゴム
で髪を纏め上げて水が滴るのを防ぐ有様だ。こういう時自分は髪を切ってて良かったなと思うルークだった。
それにしても、まさかあのアッシュが水遊びに付き合ってくれるとは予想外だ。
ルークは隣を絶頂不機嫌面で歩を進めているアッシュに礼を言った。
「有り難う、アッシュ」
「・・・・・・ふん」
「俺、すっげー楽しかった。また遊ぼうなっ!」
満面の笑みで告げてくるヒヨコッ毛にアッシュはぷいと顔を逸らした。素直に向けてくる笑顔が可愛過ぎて直視出
来なくなったとか断じて違う。違うんだ。アッシュは自身に言い聞かせ抱き締めたい衝動を必死に堪えた。
次の日。
「全くいい歳した高校生が何やってんだか」
鼻声のルークからの電話でどうしたんだと訪ねて来たガイに、事情を軽く説明して呆れたように肩を竦めてしょう
がない奴だなと言われ、マスクをして額にヒエピタを貼ったアッシュは何も言い返せなかった。ガイの訪問に遅れ
て気が付いたルークもまたゴホゴホ咳き込みながら幼馴染を出迎えた。この時期に風邪を引くか普通と金髪を揺
らして苦笑を滲ます青年に、言い返せる言葉も無くアッシュは黙り込む。
「まあ、たまにハメを外すのも悪くないかもな。今度はぜひ俺も混ぜてくれ」
本気で言ってるのか冗談で言ってるのか。ガイは言うが、双子は神妙な顔をして同時に
「・・・二度とやらない」
「あはは、懲り懲りってか?」
一人楽しそうに笑うガイにアッシュとルークは顔を見合わせて後悔の念に駆られた。
後日噴水で遊んだ事をネタにガイが二人を鹹かったのは言うまでもない。
30000HITの波涛由様へ『噴水で水遊びしてるルークがアッシュに水
をかけてが切れて二人仲良く全身びしょ濡れになってしまう話』です。
前半のアイスネタは、由さんの某所で書かれていたものに便乗しまし
た。
い、如何でしたでしょうか・・・(汗
ご不満とあらば書き直しますのでバシッと言ってやってください!
リクエスト有り難う御座いました・・・!!
05.28
※この小説は波涛由様のみお持ち帰り可となっています。