<太陽が顔を出すまで>





止まない雨が降っていた。










「がいぃ・・・・・・」



暗いくらい小さな部屋の中。ぽつりと呟かれたこどもの、今にも泣きそうな声。
世話係の青年の目を欺いてこっそり忍び込んだ物置部屋。
閉ざされた空間で一人。自分以外に音を立てるのは、窓に叩きつけられる雨と、時折轟く雷鳴。
いつ見つけられるだろうかと息を潜めて待っていたのに、金髪の青年は一向に現れる気配がなくて。
気が付けば、うとうと寝てしまっていた。そして目が覚めたときには既に陽が沈み、辺りは薄暗くなっていた。
暗闇はこどもの恐怖心を煽る。
加えて外では稲光と雷鳴が響いている。小さな窓から雷光が飛び込み、不定期な間を置いて地をも震わす
雷鳴が轟きこどもは耳を塞いで悲鳴を上げる。ぎゅうと眼も瞑り、外界を遮断しひたすらガイを呼ぶ。
しかし応える声はなく、こどもの心には恐怖が募るばかりで閉じた目尻からはとうとう涙が零れ始める。
再び雷鳴が鳴り響き、こどもはびくと身体を竦ませた。
背伸びして届くドアノブは何度回そうとしてもガチャガチャ鳴るだけで回らない。きっと外側から鍵を掛けら
れてしまったのだろう。滅多に使われないし、庭の片隅にある物置小屋だから、メイドたちもそう来ることは
ないはずなのに。今日に限ってなんて運が悪いことだ。



こわい、こわいこわい、だれか・・・だれかきて・・・



その時だった。鳴り響く雷鳴と、窓を叩く雨音に紛れて、求めていた青年の声が微かに聞こえてきた。
パッと立ち上がったこどもはドアに縋りついて叫ぶ。散々泣いた後なので、声は掠れあまり大きくは出なか
ったけれど。変わりにドアを両の拳で叩いて自分の存在を外へ伝える。程なくしてガチャリと鍵の開く音が
響き、閉ざされていた空間に外の冷たい空気と雨の匂いが流れ込んでくる。こどもは両腕を伸ばして金髪
の青年にしがみつく。彼のシャツはすっかり濡れそぼっていて触れた腕も冷たい感じがした。さらに覆いか
ぶさるように抱きしめてきた青年の前髪から雫が滴り落ちて、それがこどもの頬を濡らす。

「ルーク、こんな所にいたのか」

「がい・・・こわ、かったぁ・・」

「もう大丈夫だよ」

泣きじゃくるルークの背中をあやす様に優しく撫でながら、ガイはほっと安堵の吐息を零した。
数年前に誘拐事件があったばかりだったので、屋敷中が、またかどわかされたのかと大騒ぎになりかけて
いたのだ。
しゃくり上げるルークを抱きかかえ、ガイは持ってきていたタオルを赤毛の上に被せ、屋敷に戻った。



それからだった。ルークが極端に雷を怖がるようになったのは。





*     *     *





アッシュは雨の中を歩いていた。雨宿りをしようともせず、雨を避けようともせず。ただ、時折降りかかって
くる雨を鬱陶しげに見上げる。そして曇天を見つめる翡翠の双眸はいつも眇められた。
雷鳴が響く。その度に脳内へ直接伝わってくる、複製品の声。
雨が降る中、アッシュは歩いていた足を止め前方に見えた宿を瞳に映す。

その宿には複製品とその仲間たちが滞在していた。



「まあアッシュ、ずぶ濡れですわよ。風邪を引いたら大変ですわ!」

宿に入ったアッシュに気がついた仲間の誰よりも先にナタリアが前髪から雨水を滴らせてる彼へ駆け寄っ
た。心配そうに覗き込んでくるナタリアにアッシュはぶっきらぼうに、心配ないと言う。するとアッシュの額ま
で伸ばされかけていたナタリアの手がピタリと動きを止めた。少しだけ指先が行き先を求めて動き、やがて
掌がアッシュの額に触れることなく腕が下ろされた。ナタリアはどこか取り繕うような笑みを浮かべた。

「いらぬ心配でしたわね、ごめんなさい」

「・・・・・・」

アッシュは無理に笑みをつくるナタリアに一瞬だけ複雑そうな表情を垣間見せる。だがナタリアへ声をかけ
ることもなく、アッシュは姿の見えない複製品のことをガイへ訊ねた。ガイは問われると、少しだけ肩を竦め


「部屋にいるよ。・・・・・・一人でいる方が怖いはずなのに」

最後の言葉は、誰にも聞こえないように小さく零されたものだった。しかしアッシュはしっかりと聞き取って
いた。ガイはルークが部屋にいる理由を知っているのだろう。

「そうか」

確認したアッシュが宿の階段へ向かう。その彼の背中へ声がかけられた。

「どうしてルークに逢いに来たんだ、アッシュ」

階段の真ん中辺りでアッシュは振り返ってガイを見据えた。他の仲間たちも気になるらしい。階下から向け
られるいくつもの視線にアッシュは不快そうに眉根を寄せた。

「アイツがいつまでも喧しいからだ」

アッシュの答えに、ガイは納得した風に頷き他の者は何の事だと首を捻る。アッシュは小さく鼻を鳴らすと、
階段を上りはじめる。今度は誰も呼び止めるものはいなかった。





明かりもつけない部屋の中。ルークはベッドの上でシーツを頭からすっぽり被って小さくなっていた。
一人でいる室内に響くのは、自分の少しだけ荒い息遣いの音と外で轟く雷鳴。
ピカッと窓の外が一瞬だけ光り、その後を追いかけるようにして大きな音がする。
雷鳴が聞こえる度にルークは身体をびくりと引き攣らせていた。シーツを被っていれば、雷光は見ないです
む。だけど雷鳴だけはいくら必死になって耳を塞いでも聞こえてくる。

一人きりで暗くて小さな小屋の中にいたときのことが思い出される。

本当なら仲間たちといた方が恐怖心は薄れるだろう。でも雷鳴が聞こえては身体を竦ませるのを見られる
のは嫌だった。アニスなどはからかってくるに違いないだろうから。
だから、今日は早めに休むと言って部屋に閉じこもっていたのだ。何となく察しているらしいガイが気遣わし
げにルークを見ていたが、ルークはその視線を振り払うように部屋へと引っ込んだ。

だけど・・・やっぱり皆といたほうが良いのだろうか。

そう考えて、ルークは逡巡の後そっとシーツの中から顔を出す。恐るおそる窓を見て数秒。よし、と小さく気
合を入れて抜け出そうとした。

その瞬間。一際大きな雷鳴が轟いた。

ルークは悲鳴を上げてシーツの中へ逆戻りする。両耳を塞いで涙目になりながら雷に恨みつらみを並べ立
てる。

怖くてこわくて、どうしようも出来ない。身体がふるえてしまうのを抑えられない。

こわい、こわいこわい、だれか・・・だれかきて・・・

雷ばかりに意識を傾けていたルークは気付いていなかった。部屋に入ってきた来訪者の存在に。



薄暗い部屋に踏み込んだアッシュはベッドの上の奇妙な膨らみを見つけ、歩み寄る。
被せられたシーツの上からそっと触れると、ビクンと大きな震えが走った。それからシーツの中から怯えの
混じった翡翠の双眸が覗く。不安そうに揺らいでいた瞳が、ベッドの傍に立って呆れたように己を見下ろす
被験者を映し出すと、小さく開いた唇の合間から気の抜けたような声が漏れた。

「あ・・・・・・」

「何をしている」

「・・・っ、や、別にっ何でも・・・・・・っ!!」

ルークが起き上がって弁明しかけた、そのタイミングを見計らったように雷が落ちる。途端、ルークは情けな
い悲鳴を上げてアッシュに縋りついた。腰辺りに回されたルークの腕に驚いたアッシュは、すぐさま振り払
おうとした。掴んでくる腕を引き剥がしかけたアッシュは一喝しようと息を吸い込み、吐き出そうとしたのを、
寸前で止めた。
顔を上げたルークがまるでちいさなこどものようだったから、思わず怒鳴りつけるのを躊躇ってしまった。
くしゃりと歪んだルークの頬に一筋の涙が伝う。助けを求めるように回された腕は、小刻みに震えていた。

「ごめ、アッシュ・・・少しの、間だけだから。一緒に、いてくれ」

腕だけではなく、身体全体が震えていた。情けねえよな雷が怖いとか。それを押し隠すようにルークはぎこ
ちない笑みを見せる。アッシュは引き剥がすのを諦めてベッドに腰を下ろした。するとルークが安堵したよう
に顔をほころばせた。だが恐怖心の全てが薄れたわけではないのか、一度離れたルークの腕は、今度は
アッシュの腕を強く掴んでいた。離すものか、とでもいうように強く掴んでくるルークの手。
それはアッシュにはとてもか弱く見えた。自分と同じもののはずなのに。どうして違うように見えるのだろう。

か弱く見えるその手を見て、自分は情けないレプリカだ、と思ったか。

アッシュは胸中で自問自答する。そうして弾き出した答えは、否、だった。
確かに雷ごときで、と最初は思った。だが、よくよく考えて見れば、ルークは生まれてまだ七歳足らずなの
だ。二桁も満たないこどもが、雷を怯えるのは別段おかしなことではないはず。
それに、この怯え方は尋常ではない気がする。何かトラウマでもあるのだろうか。

薄暗い部屋に二人きり。窓の外では雷鳴が轟いている。

隣で雷に怯える己の複製品に視線を投げたアッシュは小さく嘆息した。
ぎゅうとくっついて離れないルークの身体を引き寄せて抱きしめた。ルークは驚いたように不思議そうにアッ
シュを見つめてきた。その翡翠の瞳に見つめられるまま、アッシュはぼそりと言った。

「・・・雷が止むまでは一緒に居てやる」

「アッシュ」

ルークが嬉しそうにはにかんだ。その笑顔を何となく恥ずかしくなって直視出来なかったアッシュは明後日
の方向を見ながら、不器用に柔らかな朱髪を撫でた。ルークはすぅと瞼を閉じ、アッシュへ身体を預けるよ
うに寄りかかる。それを邪険に扱わず、ルークの好きなようにさせながら、アッシュはルークの頭を撫で続
けた。





こどもの気持ちが落ち着くまで。雷が止むまで。

恐怖心と不安から少しでも開放できるように。





傍に居てやろう。





だけど、もうすぐ。










・・・・・・雨が止む。




















44444HITの波涛由様へ『雷に怯えるルークとそんなルークを馬鹿にしつつ
もしっかり抱き締めて安心させようと努力しているアッシュ』です。
・・・大変っ、アッシュルークを馬鹿にしていないし努力していない!!!
あ、でも微妙に心の葛藤はしています(・・・
すみません、苦情受け付けますのでお気に召しませんでしたら何なりと仰ってください!
そしてどうぞこのお話しはお好きなようにしてしまってくださいませっ。

それでは、リクエスト有難う御座いましたvv


10.30

※この小説は波涛由様のみお持ち帰り可となっています。