<始まりの合図は己からの誘いの声>
何だアイツ・・・!怖い、気持ち悪いっ!
ルークは廊下を走りながら背後を振り返る。
廊下には人影は無く、アイツが追って来る気配は無い。
追って来る気は無かったのか。
後ろを気にしながら、ルークは徐々にスピードを緩めていく。
ペースを落として歩く位の早さになり、漸くルークは息を吐いた。
アイツが来ないことにホッとして油断していて、前方の角から人が曲がってきた事に気がつかなかったルークは
思い切りぶつかってしまった。ぁイテと尻餅をついたルークは自分の前に立っている人物を見上げた。
ぶつかった相手はジェイドだった。
「余所見は禁物ですよ〜」
「・・・ごめん」
床に座り込んだままのルークに手を差し伸べてくるジェイドに、ルークはぶつかった事に対して謝り、次いであり
がとうと礼を述べた。いえいえどういたまして。ジェイドはそうルークに言葉を返してから、ふと小首を傾げた。
ジェイドの動きに合わせて彼の長い髪がさらりと流れる。
「何か急いでいたんですか?慌てていたように見えましたけど」
「え・・・あぁ、うん。ちょっと、な」
服についた埃を払い落としながら、ルークは歯切れ悪く答える。
まさか『自分』に襲われたなんて口に出来ない。
目を合わせようとしない青年の様子にジェイドは紅の双眸を細めた。
しかし問い質そうとはせずに、この話題については触れずに、別の話題を切り出した。
「そういえば、ガイが貴方を探していましたよ」
「え・・・俺さっきまで部屋に居たんだけど」
「擦れ違ってしまったのでは?」
「そっか。解った。有り難うジェイド」
ルークは再度礼を言い、その場を後にした。
去って行くルークの後姿を見つめ、ジェイドは呟いた。
「相変らず隠し事が下手な子ですね・・・」
緩く首を振ってからジェイドは部屋へ向かうべくゆっくりと歩き出した。
「・・・ルーク?居ないのか?」
薄暗い部屋にひょっこり顔を覗かせてガイは室内へ呼びかけた。
だが室内に居る筈の赤毛からの返答は無い。
首を傾げながらガイは入るぞ〜と前置きしてから部屋へと踏み込む。
暗くてよく見えない。ガイは手探りで壁にあるスイッチを探り当て、灯りをオンにする。
途端、室内が明るくなって室内を見渡せるようになる。
奥へと進みながらガイはルークを呼ぶ。相変らず返事は無い。
頭を掻きながら、ガイはおかしいなぁと呟く。
ベッドには人は居らず、やはりルークは何処かに行っているらしい。
出直そうと踵を返しかけた時、ふっと先程点けた明かりが消えてしまった。
「どうしたんだ、急に。故障か・・・?」
急に真っ暗になってしまい、周りが見えなくなった状況にガイは困り果てたように呟く。
その時パタンとドアの閉まる音が聞こえてきた。ルークが帰って来たのだろうか。
「ルークか?」
徐々に近付いてくる人の気配にガイは訊ねる。しかし人影は答えない。ガイは眉を顰めた。何故返事をしないの
だろうか。警戒心を強め、ガイはじりじりと後ずさる。常なら装備している剣を持って来なかったのが口惜しい。
相手との距離が縮まり、夜目にもぼんやりとだが人の形を捉える事が出来る程となった。体格的にはルークの
ように見えるのだが。何処か違和感がある。と、いきなり相手が間合いを詰め寄るなり、突き飛ばしてきた。
不意の事にガイはベッドへと倒れ込む。そこへすかさず相手が組み敷くように圧し掛かってきた。
「なっ・・・?!」
僅かに咳き込みながら、ガイは相手を見上げる。相変らずその表情は見えない。ガイは伸ばされてきた腕を反射
的に掴み、ぐいと引き寄せ、そして目を丸くした。
「ル、ルー・・・ク?」
相手は自分が探していたルークだった。ルークだと解った途端、ガイは脱力した。掴んでいた腕を離し、腕で顔を
覆って警戒してしまった自分を馬鹿だと自嘲する。一瞬しかルークを見なかったガイは気付いていなかった。
ルークの顔が全くの無表情だった事に。そして、短くなったいる筈の朱の髪が、以前の様に長かった事を。
ふっと顔の上に影が降る。ガイが腕を退かすと、それを待ち構えたようなタイミングでルークが唇を重ねてきた。
ルークの行為をすんなり受け入れ、ガイはルークの頭部へ腕を回す。
身体を反転させて自分の下にルークの身体を持ってきて、縋るように伸ばされる腕を後頭部に絡ませる。
珍しく積極的なルークに、ガイは違和感を覚えつつも行為を進めていく。
白い首筋に紅い印を刻んでいけば、ルークが甘い吐息を漏らす。
その声にガイは煽られる様に手を動かす。服を脱がそうとすると、ルークの手がやんわりとそれを拒否した。
どうした、とルークを見れば、ルークは濡れた瞳で無言のままガイを見返す。
そこでガイは漸く違和感の正体に気がついた。
「ルーク・・・お前、何で髪がまた長いんだ?」
「・・・んなコトどーでもイイだろ」
ルークはぶっきらぼうに言うと、ガイの首筋に噛み付いた。
「・・・っ、ん、・・・ルーク?」
ぬるりと舌で舐め上げられる感覚にガイは声を上げそうになりながら、しがみ付いて来るルークを必死の思いで
引き剥がした。行為を中断させられ、自分の下で不機嫌そうな顔の赤毛。その赤毛は焔のようにベッドの上に散
らばっている。口をへの字にしてルークは仰向けのまま腕を組み半眼でガイを見上げている。
それは以前のルークがよくしていた表情だった。
屋敷から出られずに昼間は日々退屈だと文句を言い、我侭を言っていたかつての赤毛。
今では長かった髪をざっくりと切り、襟足を変に跳ねさせている姿が当たり前のようになっていた。
髪を切ってからは表情が生き生きとしてありのままの感情を晒け出していた。
楽しそうに物事を映す翡翠色の瞳は屋敷に居た頃に比べて格段と輝いていた。
しかし今目の前に居るルークの翡翠の色は輝き失せた宝石のよう。
それは屋敷時代のルークの瞳の色とはまた違う。これは、自分がよく知っている感情に染まった色。
憎しみに彩られた、憎悪の色。
ガイは絶句したままルークを見下ろす。ルークは何かを感づいたガイの様子に低く笑いを漏らす。
固まって動かない金髪の青年へ再度腕を絡ませ、顔を引き寄せて耳元で囁いた。
「何だよガイ。『俺』は俺だよ?」
なぁ、と笑いかけるとガイはぎゅっと眼を閉ざした。それから小さく呟いた。
「・・・・・・違う」
短く目の前に居る存在を否定する言葉。ガイの言葉を聞いた途端にルークの顔から再び表情が消え去った。
頭部へ回されていた腕がするりと離れる。眼を開くと、無表情のルークの顔があった。
自分の発言に対してなのか顔を僅かに歪ませているガイに、ルークは口端を吊り上げる。
「ガイ。お前も『俺』を見捨てるのか」
「・・・」
問いかけではなく、確認する為にかけられてくる言葉にガイは何も応えられない。
極力感情を押し殺した声音が、鼓膜に響く。やっぱり誤魔化すのは相変らず下手なヤツだ。
殺した声音とは裏腹に顔が今にも泣き出しそうだ。
そうだ。今目の前居に居る『ルーク』はルークではない。
恐らくは過去と決別する以前の『ルーク』だろう。
その過去の『ルーク』が何らかの拍子に現れたか。
人に愛されるという事を殆ど知らずに育ってきた『ルーク』。愛すると言う感情を知らずに育ってきた『ルーク』。
哀しいな。
泣きそうに歪められているルークの顔に、ガイはそっと手を伸ばす。
伸ばされた手を拒むようにルークは腕で顔を隠してしまう。
その腕を優しく退かせば、既に零れだした涙で頬を濡らすルークの顔があった。
指で涙を掬いながら、ガイは淡く微笑んだ。ルークは顔をくしゃくしゃにしてガイへ泣き縋る。
「いや、だ・・・・・・嫌だ!皆が『俺』を忘れていくのが、嫌なんだよっ!『俺』だってこうして生きてるのに・・・っ!」
「・・・うん。大丈夫、俺は『お前』の事を忘れないよ」
縋ってくる青年を優しく抱き締めながら、ガイは言う。
「七年って言う短いようで長い間『お前』と一緒に居たんだ。そう簡単に忘れられる訳が無いだろう?」
「・・・ほとう、か?」
自分の言葉に反応して、徐々に輝きだした翡翠の双眸にガイは笑う。
「本当だよ。今までに俺がルークに嘘をついたことがあったか?」
「ない」
ルークは即答して、それから笑みを浮かべた。髪が短くなってから見せるようになった笑顔に似た無邪気な笑み。
ガイはそのルークの笑顔に引き寄せられるようにキスをした。
「ガイ・・・。・・んで、そいつとキス、してんだよ」
カタンという物音と共に聞こえてきたルークの声。ガイははっとして部屋の入り口を見る。
そこには部屋に走って戻ってきたのだろう、荒く息を吐くルークの姿があった。
ガイはぐっと唇を噛み締め、ベッドから降りてルークへ歩み寄ろうとする。
「くんなっ!何で、何でお前がガイと・・・!!」
ガイに拒絶の意を叫び、『ルーク』には怒りの眼差しを向ける。
『ルーク』はベッドの端に座り、足を投げ出した体勢でルークを見て薄く笑った。
長い前髪を掻き揚げながら『ルーク』は苦渋の表情を浮かべて立ち尽くす青年に訊ねた。
「何でって、合意の上でだよ。なぁ、ガイ」
「ガイ・・・」
二人のルークから答えを求められて動けなくなったガイに、『ルーク』は立ち上がって後ろから抱きついた。
瞬間、ルークが殺気を纏った視線で『ルーク』を射抜くように見る。
『ルーク』は構わず幾分か自分より上に位置する首筋へ、見せ付けるようにして痕を残していく。
「おい、ルークっ・・・!」
「それは俺じゃない!!」
ガイが『ルーク』と名を呼び行為を止めさせようとした時、ルークが叫ぶように言った。
ピタリと動きを止めた『ルーク』が胡乱気にルークを見やる。ガイから離れてルークの方へと歩き出す。
五歩も歩けばルークの前へと辿り着き、『ルーク』は小首を傾げて見せた。
「俺じゃない?何言ってんだよ。俺は『ルーク』だ・・・」
「うるさいっ!」
遮るようにルークは声を上げる。ぎっと強く『ルーク』を睨みながら、ルークはお前は俺じゃないと繰り返す。
そのルークに苛立ったのか、『ルーク』は舌打ちする。
そしてガイの見ている目の前で躊躇も無くルークへ強引にキスをした。
一番驚いたのはガイだった。いや『ルーク』がルークとキスしてるって・・・。ある意味強烈なシーンだ。
唇を無理矢理抉じ開けて舌を滑り込ませ、口腔をぐちゃぐちゃに掻き回す。
ルークは息苦しさに、相手の胸を叩くが『ルーク』は意に介した風も無く一方的なキスは続く。
それが唐突に終わりを告げたのはガイの静止の声によってだった。
「もうよせ、ルーク!」
二人の間に割って入り、引き剥がす。『ルーク』は余裕の表情でぺろりと唇を舐めるのに対し、ルークは酸素を
求める魚のように喘いでいる。
「何だよルーク。キスには弱いのな」
「お前には、関係ない・・・」
「もう少し勉強した方が良いんじゃねぇの?」
「・・・っ」
相手を軽く小馬鹿にした口調で言う『ルーク』に、ルークはぐっと黙り込む。
ガイはルークを支えながら、ケタケタと笑っている『ルーク』へ問うた。
「お前は何が目的なんだ?」
「目的・・・?あぁ、そっか、目的ね」
ガイに問われてから思い出したのか、『ルーク』は笑いを収めて冷めた目でルークを見据えた。
冷たい目線に僅かにひるみながらも、ルークは負けじと相手を睨み返す。
その視線を鼻先で笑い飛ばし『ルーク』はガイに支えられたままのルークの顎を掴んだ。
極近距離に引き合わされた同じ翡翠の瞳は暗く冷たい色をしていた。
「お前に復讐するんだよ、ルーク」
「なっ・・・?!」
「お前は『俺』を捨てただろう?それの報いだ」
にやりと笑えば、ルークが息を呑む音が聞こえる。掴んでいた顎をパッと離し、『ルーク』はくるりと踵を返す。
後頭部へ手を回しながら、顔だけでルークとガイの方を振り返る。
「また来る」
一言そう残し、一瞬にしてその場から消え失せた。
後に残ったのは呆然とした表情のままのルークとガイだけだった。
結局続きましたが、まだ続く・・・?
ルクガイルクっぽくてルクルクっぽくなってる・・・?
親善大使は攻めだやっぱり。