<そして絶望の淵へ誘われ・・・>
間抜けな顔したアイツの表情が忘れられない。
くつくつと笑みを零しながら、『ルーク』は先程とは別室でこの部屋に泊まる人物を待つ。
元々『ルーク』はルークの心の奥底に押し込められていた、過去の彼が具現化されたものだ。
『ルーク』はルークなのだから、ルークの得た情報は自然に彼へと流れ込んでくる。だから自分がレプリカであっ
て、それを造り出す技術を考え出したのがジェイドである事も知った。大好きだったヴァンが、自分を使ってアクゼ
リュスを崩落させようと考えていたという事実も。
利用されていた事を知ったときは、愕然としたというよりは寧ろ殺してやろうかと殺意が芽生えた。
どうせ、俺は俺自身からも捨てられる身なんだ。
別に今死のうがどうなろうが、どうだっていい。
求めても光を得ることは出来ないのだったら、こんな世界に興味はない。
そしたらいっそヴァンの世界を滅ぼそうとしている計画に参加してやろうか。
世界が消滅する直前にでもあの髭を引っこ抜いて八つ裂きに・・・。
考えを廻らせ、それも良い考えだと一人頷く。
『俺』がどうなろうと知った事ではない。
ルークの意識から一部欠けて具現化されたのが俺なんだから、万が一俺が消えようものなら、きっとルークも消
えるのだろう。
それもまた、俺には関係ない。
俺が居た事を消し去ろうとしているお前が、消えてしまえばいいのさ。
「おや・・・、ルーク。人の部屋で何をしているのですか?」
ガイを探しに行ったのでは、部屋へと戻ってきた長身の男が言う。
『ルーク』はベッドに寝転んだ姿勢で、ジェイドを見た。
何処までも己の考えを外側には出さない完璧な作り笑顔。
しかし顔は笑っていても、赤の瞳は決して笑っては居ない。一度目が合えば、その冷たい瞳に射竦められて誰も
が動けなくなると恐れられている。<死霊使い>と称され畏怖され、またマルクトの<懐刀>として国王陛下の側
近で大佐の地位に軍籍を持ち、聡明かつ非情さを持ち合わす優秀な軍人。その男が大分ルークに気を許し始め
てきているのが『ルーク』には解った。それが『ルーク』にしてみれば面白くなかった。
俺には絶対に笑いかけることなんか無かったのに。
アイツと俺の何が違うんだよ・・・!
「ガイはもう見つかった」
「そうですか。・・・ところでルーク」
「何だよ」
「先程逢った時に比べて、髪が大分伸びましたねえ」
「・・・・・・・」
「まるでかつての貴方を見ているようですよ」
「嫌味で言ってるのか?それとも本心からか?」
「さぁ、どちらでしょう」
肩を竦めて、僅かに首を傾ける仕草をするジェイド。『ルーク』はその態度に
ヒクリと頬を引き攣らせる。
何処までも人を舐めるのが好きなおっさんだな、おい。
ジェイドはルークから視線を外すと、ベッドの傍にあった椅子に座ってテーブルに置かれてあった本を読み始めた。
特に『ルーク』について関心を持たない様子のジェイドの態度に、『ルーク』は面白くなくて鼻の頭に皺を寄せた。
ベッドに膝立ちになってジェイドの方へ近づいて行って茶色い髪を一房掴み、顔を引き寄せる。
至近距離から紅と翠の色が交じり合う。
「別に俺の事には興味が無いってか?死霊使いさん」
「貴方に対して興味を持つほどの事は無いでしょう?」
「・・・。薄情な奴だな」
「では『貴方は一体何者なんですか』と問えば納得していただけますか」
「・・・もういい。それよりジェイド、お前さ―――」
アクマで人の神経を逆撫でする発言をするジェイドに『ルーク』の方が馬鹿馬鹿しく思えてきたので、戦法を少し
変えてみよう。飄々とした表情のジェイドの耳元まで唇が触れるくらいまで引き寄せて、あることを囁いた。
「・・・っ」
そしたら想像していた以上に相手は動揺を見せた。精々、方眉を跳ね上げる程度かと思っていたけど、実際は表
情まで揺れるとは。その動揺して僅かにさざめいた赤の瞳を見ながら、『ルーク』はジェイドの唇に己のそれを重
ねた。逃げる隙を与えずに舌をジェイドの口腔内へ入れて、貪る様にキスをする。歯列をなぞったり遊び半分に
キスをしている内に唾液が溜まってきたので一旦唇を引き離した。口の中にある唾液を嚥下して、ピリピリした空
気を纏いだしたジェイドを見た。割と長い時間キスをしていた筈なのに、ジェイドは息を乱した様子も無い。流石だ
と少し感心してしまう。
「悪ふざけも大概にしないと怒りますよ」
部屋の空気が確実に五度以上は低くなりそうなくらいに物騒な声音で死霊使いが
言い放つ。
それに対して『ルーク』は悪びれた様子も無く、ジェイドの首へ自分の腕を絡ませる。
「ふざけてねぇよ。別にこれ位良いだろ」
「貴方はガイが好きなのでしょう」
「ジェイドは俺が好きなんだろう」
「なっ・・・」
すかさず言い返した『ルーク』の言葉に、ジェイドが絶句する。珍しく動揺を隠し切れないでいる<死霊使い>を前
に『ルーク』はニヤリと口端を持ち上げる。
「そうだジェイド。面白いもの見せてやるよ・・・」
そう言って『ルーク』はテーブルの上にあったコップを手に取った。そしてコップを床へと落とす。
中身の入っていなかったコップは床を汚すことなく、粉々に砕けた。
飛び散った破片で大きな物を選び、『ルーク』は拾い上げる。
「俺は何しても痛くなんだぜ。痛いのは―――」
「―――ジェイドっ!!ここに俺が来なかった・・・・・・!っ、お前?!」
「お、丁度良い所に来たじゃん」
慌しく部屋に乗り込んできたルークとガイの姿を見て、『ルーク』は軽い口調で
そう言うと、破片を持った腕を振りかぶった。
ザシュッ―
深く切りつけられた『ルーク』の腕から、鮮血が見る見るうちに溢れ出して床に滴り落ちてカーペットを紅く染める。
出血量から見て、かなり深く切ったと思われるのに『ルーク』は痛みを感じないのか平然としていた。突然の『ルー
ク』の行動に絶句して立ち尽くしているルークに歩み寄り、『ルーク』は自ら切りつけた腕を持ち上げてルークの頬
に触れた。
「『俺』は痛くないんだよ。でも・・・お前は?」
「え・・・。―――ッ!!あ、痛ッ!」
急に腕を押さえてしゃがみ込んでしまったルークに驚いて、ガイが目の前にいる『ルーク』を警戒しつつルークの
隣にしゃがんで何が起きたのかを確認した。腕をもう一方の手で押さえつける様に掴んでいるルークの手をそっ
とどかせ、ガイは露わになったルークの腕から流れ出る血を目にして『ルーク』を睨み問うた。
「どう言う事だ。何をした?」
「言わなかったか?俺とコイツは『同じ』なんだって」
俺が自分の身体を傷つけたところで、実際の肉体な訳ではないから痛みは無い。
でもルークから分離した精神であるから、それを傷つけるようなことをすれば
ルークへとその傷のダメージがいく。
単純な仕掛けだろ。
ぺろり、と破片に付着した血を舐め取りながらルークは答えた。
痛みに顔を歪めているルークを満足そうに見下ろした後、背後で一言も声を上げる事のなかったジェイドの方を
振り返り
「動揺したジェイドの顔、美味しかったぜ」
言いながら近付いていって自分よりも高い位置にある剣呑な色を宿した赤い瞳を見上げた。
ジェイドは無言のまま、『ルーク』の手首を掴んだ。
「いい加減にしなさい。一体何がしたいのですか」
「何って・・・」
『ルーク』は掴まれた腕を振りほどくことなく極自然に首を傾げた。
「ルークをボロボロにしてやるんだよ。当然だろ?後は、俺を見捨てたのはルークだけじゃないからな。お前らも
同罪だ」
ジワジワと追い詰めてやる。
その言葉にルークは息を呑んだ。
「まさか、ナタリアたちにも何かする気じゃ・・・!」
「さぁ、それはどうだろうな」
ルークが叫ぶと、『ルーク』は面白そうに
「そうだな・・・。俺の一番の目的はルークだからな。お前次第ではナタリアたちには手を出さないでいてやるよ」
「俺、次第・・・?」
「あぁ。どうする?交渉するか?」
「・・・・・・解った」
「ルーク?!」
ガイが声を上げると、ルークは小さく笑みを浮かべて大丈夫だよと呟いた。
『ルーク』は強い翡翠の瞳が向けられて、薄く笑う。本当に単純だよなお前は。
思惑を胸中へ隠したまま『ルーク』は話が纏まったと手を叩いた。
「交渉成立。ガイとジェイドはこの部屋を出て行け」
「・・・行きますよ。ガイ」
ジェイドは反論する事はせずに、心配そうにルークを見ているガイを引っ張って部屋を出て行った。
二人きりになった部屋で、互いを見つめる。
ルークは未だ血の止まらない傷口を抑えてしゃがみ込んだまま下から見上げるように『ルーク』を鋭く睨みつける。
「で、何だよ。俺はどうすればいいんだ」
「別に」
「え・・・、は?」
「お前は別に何もしなくて良い。・・・俺がやるから」
何もしなくて良いと告げられてポカンとするルークの目の前にしゃがんで、『ルーク』は彼の腕の傷口に爪を立てた。
痛みに顔を歪めるルークに『ルーク』は唇を寄せる。
「・・・ッ!!っにすんだよ!」
「・・・・・・」
沈黙のまま新しく流れ出した血を、指で掬い取る。赤の付着した人差し指を口元まで運んで行きそれを口に含んだ。
逃げようとするルークを壁を背にさせて抑え込み、逃げ場を無くす。
また襲われるのかと身構えるルークに、『ルーク』は暗い翠の瞳を光らせた。
「師匠に裏切られた時以上に精神をボロボロにしてやるよ」
冷酷さを持って放たれた惨酷な言葉に、ルークは何も抵抗出来なかった。
次で漸くルクルク・・・(まだ続くのか
05.28