気が付いたら、目の前にアッシュが居た。
何だか酷く怒ってるような感じで、纏うオーラがすごいピリピリしていた。俺は逢ったばかりで口も開いてなかった
からアッシュを怒らせるようなことはしてない筈だ。だから首を傾げるしか出来なかった。
どうして怒ってるんだよ、て訊ねたらアッシュがもの凄い形相で俺を睨んで怒鳴った。
「はっ、俺が屑の事をどう思っているかだと?そんなもの決まっているだろう!レプリカは俺のモノだ!それ以外に
何がある?」
まるで吐き捨てるようにアッシュは言った。
屑
レプリカ
それはアッシュが俺を呼ぶときに使う言葉。
決して名前を呼んでくれはしない。
何故怒ってるのかと言うのよりも未だアッシュに名前を呼んでもらえてないことの方が俺の中ではよっぽど堪え
た。
「アッシュ・・・・・・どうして俺の事・・・・・・名前で呼んでくれないんだ・・・?た、確かに俺がお前の居場所を奪っち
まったから・・・・・・呼びたくないのは分かるけど・・・・・・」
あぁ、アニスが言う卑屈モードになっちゃった。
きっとアッシュはまた怒るだろうな。
「テメェなんざ屑で充分なんだよ!そうやってうじうじしているのが気に食わねぇ」
アッシュが嫌悪感からか顔を歪めた。
・・・やっぱりな。
でも、これが俺の本心なんだって、アッシュは解ってくれないのか?
これ以上、何も望みはしないのに。
と、アッシュの眉がピクリと動いて同時に俺も背後から誰かが来る気配を感じた。
「はぁ?!俺もアンタの物だってか?ざけんな!と言うか、ルークは俺のだよ!!勝手に決めんな!
」
よく知っている声だった。
俺はアッシュのストレートな言葉に必死に涙が零れるのを堪えていたから、それが『誰に似ている声』なのかと言
うところまで頭が回っていなかった。
アッシュは瞠目して俺の後ろを凝視していた。
「な、お前何処から出てきやがった!」
珍しくうろたえたアッシュの声。
そこで俺は漸く後ろに居るのが誰なのかを確認する為に振り返った。
俺の後ろには、髪の長い『俺』が居た。
「ま、まさか……お前もアッシュのれぷ……りか?」
唖然として、俺は長い髪のルークを指差した。
髪の長いルークは、ふんと鼻を鳴らして高慢な態度で上から下目線に言い放った。
そこら辺は髪を切る以前の俺とそっくりだったけど。
「うっせー!・・・おい、勝手にアイツの所に行くのはこの俺様が許さねーからな!」
「うわわ!?い、いきなり何すんだよ!」
長い髪のルークは俺の手を強引に掴んで、アッシュを敵視するように睨み付けた。俺は驚いてルークの手を反射
的に弾こうとしたけど、その前にアッシュがルークに向けて吼えたからタイミングを逃した。
「ふざけるな!テメェらは2人とも俺の劣化複製人間だろうが!レプリカ風情が勝手なことをするんじゃねぇ!
」
「・・・っ」
俺はアッシュの言葉に無意識の内に顔を歪めてしまった。
胸が、心がズキズキと痛む。
アッシュと俺の中に隔てられた超えられない壁。
被験者と複製品
アッシュの剣幕は迫力あるもので相当恐ろしいものだったのに、そんなもん知るかと顔に出して長い髪のルーク
はアッシュに言い返した。
「んな事どうだって良いんだよ、俺は俺なんだからな!―――あ、逃げんな!!」
最後の部分は、アッシュが俺を嫌っているという事実を突きつけられる言葉をこれ以上訊きたくなくて、逃げ出そう
としていた俺に対してのもの。ルークから反射的に伸ばされた腕に俺の手が呆気なく掴まった。
次いでアッシュが
「おい、待ちやがれっ!!」
ルークの長い髪を引っ張った。ルークが後ろにぐいと僅かに仰け反って小さく悲鳴を上げた。俺を先頭に後ろから
ルークとアッシュがくっ付いてくる形になりながら、俺は視線の間に火花を散らしそうな勢いで睨みあっているルー
クにぶっきらぼうに言った。
「・・・・・・ってか、何で掴むんだよ!」
口ではそう言いつつも、本当は引き止めてもらえたことが嬉しくて、掌から伝わってくる温もりに俺は自分の手へ
と視線を落とした。
「いってぇ!引っ張るんじゃねーよこのでこっパチ!!」
ルークがうがぁ!と怒鳴った。
そうだアッシュは確かルークの髪を引っ張っていた。感動に浸ってる場合じゃない!
俺は慌てて顔を跳ね上げる。
「あ、アッシュ!はげる!引っ張ったら禿げるー!!」
今から禿げるのなんて死ぬよりもごめんだ。
そんな思いでアッシュに縋りついたら、アッシュは俺を見て鼻で笑った。
「はっ、コイツが禿げようだどうなろうが俺には関係ない。それより勝手に動くんじゃねぇ」
ドスの効いた声音に少し怯んだけど、俺は負けじと言い返した。
俺だって言う時は言うんだ。
「むっ・・・・・・関係あるよ!俺と同じ顔なんだぞ!?それなのに・・・・・・はげて・・・・・・」
はげて・・・。あぁ、想像しちゃったよ。後ろを引っ張られているわけだから、後頭部ハゲ?うわぁ、イヤだ。勘弁して
くれ。俺にはまだもうちょっと未来があるのに。この時点でハゲるのか?!ハゲてしまうのか?!
思わず顔が蒼くなる。
勝手に想像して顔面蒼白になっている俺に対してアッシュが馬鹿にしたように笑った。
「意外と似合うんじゃねぇか?」
アッシュの嫌味に、俺は半眼になってぽつりと零す。
「・・・・・・アッシュのオールバックも、頭皮に悪そうだけどな・・・・・・」
前髪ガチガチに固めてさ。
アッシュが一瞬絶句した。それでもすかさず言い返してくる辺りは流石だ。
「う、うるせぇ!このヒヨコ頭がっ!! 」
何だか苦し紛れに言い返してきた風に聞こえなくも無い。て言うか
「ひよ・・・・・・?何だよ!ヒヨコ頭って!!俺の頭は黄色くぬぇーよ!!」
ガイにガキの頃に読んでもらった本に描いてあった黄色のヒナにピヨピヨって吹き出しに書かれていたのを思い出
して叫ぶ。
「その髪型といい物忘れの激しい頭といい何処をどうとってもヒヨコだろうが!」
か、髪型がヒヨコに似てるのか、俺?!
「・・・・・・俺、ひよこ見た事ねぇーもん・・・・・・」
この髪型は偶然の産物だっ!馬鹿にするなよ。ぐすっ。
俺とアッシュはそのままぎゃいぎゃい言い争い始めて、もう一人いた事を忘れていた。
「お前ら俺を置き忘れて痴話喧嘩してんじゃねーよ!」
「わ、忘れてねぇーよ!ってか、手を繋いだ状態の奴をどうやって忘れられるってんだよ!」
何か片方の手だけ温かいんだよな〜、何でだろう?程度にしか考えていなかっただなんて断じて無いぞ!
俺が必死に言い訳してもルークはじっとりと半眼で見てくる。その視線に居た堪れなくて俺の目が空中を彷徨う。
「・・・目が思いっきり泳いでるっつーの」
突っ込まれて俺はうぐと言葉に詰まる。図星なだけに何も言い返せない。
「屑がっ!テメェもいつまでも手なんて繋いでんじゃねぇっ!!」
「ってぇ!いきなり何すんだよ!アッシュ!」
バシッと勢いよく俺とルークの手を手刀で叩き切るアッシュに俺は抗議する。手の甲が赤くなって痛い。それはル
ークも同じなのか、手を摩りながらアッシュをまた睨む。
「お前は俺のレプリカだろうが!俺の隣に居やがれ!勝手にうろうろするんじゃねぇ!!」
え・・・?今、アッシュさり気無く言わなかったか?
「なっ・・・!だったらお前もいい加減俺の髪から手を離せ!!」
一方的な物言いにルークも怒って手刀でアッシュの手を自分の髪から叩き切る。アッシュとルークのやり取りに、
俺は今更だけど気が付いて間抜けな声を上げてしまった。
「へ?えっと・・・・・・お前ら、仲・・・・・・悪いのか?」
アッシュとルークの顔に視線を行き来させて訊ねれば、アッシュが口端を持ち上げて笑った。
「この状況を見て仲が良く見えるのならばとんだおめでたい頭だな」
「むっ・・・・・・」
アッシュの嫌味に俺はアッシュじゃないけど馬鹿にされて眉間に皺が寄ってしまう。ルークはルークで懲りずにま
た俺の手を掴んで
「ふん、誰がこんな奴・・・!!こっちから願い下げだっ!・・・おい、行くぞ!」
「わわっ!?だ、だから何処に行くんだよ!!?」
俺の返事も待たずにアッシュへ背を向けてずんずん歩き出すルークに、俺は足を縺れさせながら必死に付いて
行く。否、正しくは引っ張られて連れて行かれる。だけど歩き出して暫くもしないうちにアッシュが追いかけてきて、
俺を抱き込んできた。アッシュの体温を直に感じて、俺はドキドキした。でも俺の口から出るのは色気なんて全く
無い悲鳴。
「どわぁー!?」
後ろから抱き着いてくるアッシュに、手を引っ張って前に進もうとするルーク。
身動き取れず、困り果てている俺の方をルークは振り返ってアッシュが抱きついているのを見てムキになる。
「あ!な、ぁっ?!ざけんな!!!か え せ よ !」
ぐいぐい腕をルークに引っ張られてもの凄く痛い。つか、俺は玩具か何かか?!
「いででで!!ぬ、抜ける!腕抜けるってー!!」
痛みと、複雑な心境からか俺は涙目になってしまう。アッシュもルークに対抗して抱き締めてくる腕に力を込める。
でもなアッシュ、俺、首が絞まって息苦しいんですけど・・・。
「その手を離しやがれっ!屑が痛がってるだろうが!!」
「お前こそコイツから今すぐ離れろ!腕が抜けるじゃねぇか!!」
そう思うんだったらいっその事ルークが手を離してくれよ。
「ちょっ・・・・・・・いい加減に・・・・・・・」
何やら意地の張り合いになり出したこの状況に、二人を落ち着かせようと声を出すけど、俺の声は怒鳴りあう二人
には掻き消されてしまう。その間にもどんどん険悪なムードに拍車が掛かっていって、ついにルークが剣の柄に手
を掛けた。
「っんだよ!やんのか?!」
「はっ、劣化レプリカ風情が俺とやりあおうってのか?おもしれぇじゃねぇか」
アッシュも剣へと手を伸ばす。
今にも斬りあいをはじめそうな二人に、俺の中でプツンと何かが切れる音がした。
「いい加減に・・・・・・・」
俺は意識を集中させて最大限の力を解き放つ。
「しやがれー!!」
超振動を利用した俺の秘奥義―ロスト・フォン・ドライブがアッシュとルークを直撃した。
「劣化レプリカだかパプリカだかしんねーけど!お前ウザ・・・・・って、うわあああああ!!!!」
「ぐはっ!」
爆風にルークは尻餅をついて、アッシュも尻餅こそ免れたものの攻撃を受けて俺から離れた。
「てめぇら・・・・・・・俺を無視して、随分と楽しそうじゃねぇか・・・・・・」
自分でも意外なほどに低い声が出た。今の声はアッシュに似てたぜきっと。
アッシュは様子が変わった俺に一瞬怯んだように口を閉じかけたが、それでも噛み付いてきた。
「ぐっ・・・もとはといえば、テメェがはっきりしないからいけねぇんだろうが!」
「げっほ、ゴホ、何すんだよ、いきなり・・・!」
尻餅ついて引っくり返っていたルークが跳ね起きて抗議の声を上げたけど俺が視線を向ければ息を呑んで口を
閉ざした。
「あ?俺が・・・・・・・なんだって?」
「・・・・・・」
「ちっ・・・」
俺はアッシュを鋭い眼差しで睨んでいると、アッシュはまだ何かを言いかけていたが、気まずそうに視線を逸らし
た。アッシュとルークの仲は良くはならなくても取り敢えず事態に収拾がつけられたようだったから、俺は盛大に
息を吐いた。
「アッシュも俺も・・・・・・・訳わかんねー!」
思いっきり叫んで、俺は座り込んだルークと佇むアッシュの間にどさりと腰を下ろした。
「・・・」
アッシュとルークに挟まれる形に座れば、ルークがすすすと寄って来て俺の隣に座ってくれた。直ぐ傍で感じられ
る一つの温かさに俺は小さく笑みを零す。そして立ったままでいるアッシュを見上げて、空いている側をポンポンと
叩いて座るように促す。
「ほら、アッシュも」
な?なんて首を傾げて見れば、アッシュはぷいとそっぽを向いてしまった。
「だ、誰がテメェらなんかと・・・!」
「・・・・・・なんだ?」
声音低くして言うと、アッシュはぎょっとしたように目を見開いて、諦めたように座った。
それでも
「っ・・・・!こ、今回だけだからなっ!!」
「・・・・・・えへへ」
両隣に感じる温もりが嬉しくて、俺ははにかむように笑った。アッシュは居心地悪そうに身じろいで視線を泳がす。
ルークも俺に釣られてなのか幾分か柔らかい笑みを浮かべて、俺の頬を面白そうに突いて来た。
「何笑ってんだよ」
「あのさ、二人とも」
俺はルークにされるままになりながら、一つだけ。
今でしか出来ない事を二人に求めた。
「なんだ」
アッシュが聞くだけ聞いてやると言ってくれた。ルークはじっと俺を見つめて次の言葉を待っててくれていた。
俺は右手をアッシュに、左手を長髪ルークへ伸ばす。
「・・・・・・手、繋いでも良いか?」
「・・・・・・・・・・好きにしろ」
アッシュには断られると思っていたから、驚きに目を見開いてしまった。
でもそれ以上に俺の胸中で溢れるものがあった。
「さっき、お前らと手を繋いだり、抱きしめられた時・・・・・・温かかったんだ」
それはとてもとても優しくて、温かなもの。
伸ばしてくれている手をまだ握る事はせずに、俺は想いを言葉として紡ぐ。
「なんか、さ・・・・・・生きてるって・・・・・・感じれたんだ」
屋敷の中で生活していた時は毎日が漠然としていて。
外の世界に触れて、漸く自分の足で踏み出す事を知って。
人の優しさや温かさを感じることはあった。
だけどその時以上に、今、俺は『生きている』。
そう感じられるんだ。
「だから・・・・・・・な?」
有り難う、そう伝えたい。
「・・・・・・・。ほらよ」
俺が言い終えると、ルークが差し出していた手を握り返してくれた。
「ん」
じんわりと伝わってくるルークの温もりに僅かに目を細めて、俺もまた握り返す。
それからアッシュを見た。
「・・・・・・ちっ」
アッシュは舌打ちして渋々と言った感じに手を出してくれた。
俺はそっと手を握り、幸せすぎて、溢れて来そうになる涙を堪えて笑う。
「・・・・・・あり・・・・・・がとう」
涙声にならないように気をつけたら、言葉が喉に引っ掛かって言いにくかった。
俺はそっと目を閉じて、二人の手を頬まで持っていって感じる熱に浸る。
「ったく」
そうしていると、ルークが唐突に俺の頭をぐしゃぐしゃに掻きまわして来た。
「わっぷ・・・・・・な、なんだよぉ・・・・・・」
両手が塞がっているから、抵抗らしい抵抗も出来なくて、頬を膨らませる。
本当は抵抗する気は最初からなかったんだけど。
「馬鹿だな、お前」
「・・・・・」
深い深い深緑の双眸。
俺の心情を何もかもを読み取ったかのような、そんな瞳だった。
その奥には哀しげな色も宿っていて、俺は言葉を失くした。
ルークの翡翠が漣のように揺らいだ。
「・・・・・・・・・いい加減離しやがれ」
「っ!」
暫く三人で手を繋いで座っていたけど、アッシュが俺の手を振り払った。唐突に右手から温もりが消え、俺は思わ
ず眉を下げてしまった。折角感じていられたアッシュの熱が離れて、寂しくて涙が零れそうになった。
「俺はテメェらと馴れ合うつもりはない」
目をあわそうとはせずにアッシュは言う。それを見てルークがぼそりと呟く。
「あ〜・・・ぁ。バカなヤツ」
俺は俺で、涙の所為で潤んできた瞳でアッシュを見る。
「それって・・・・・・やっぱ、俺が・・・レプリカ・・・・・・だから?劣化してる
・・・・・・からか?」
アッシュは答えてはくれないまま立ち上がった。
「アッシュ・・・・・・・」
懇願するように名を呼んでも、やはり返事は無い。俺は哀しくて、泣きそうになるのを堪えるのがやっとだった。
その時だった。
「はっ、気にいらねえってか?」
「?」
脈絡の無い突然のルークの言葉。俺には解らなかったけど、アッシュはルークの言わんとしている事が解ったら
しい。
「あぁ、気に入らないな」
背を向けたままアッシュは答えた。
俺だけが意味が解らなくて、置いてけぼりのまま話が進んでいきそうだ。
「ふ、二人とも……?」
困り果ててアッシュとルークを見やるが、ルークは飄々とした口調で言い返す。
「お、奇遇だな。俺もお前が気にいらねぇんだよ 」
そんなこと今言わなくても。
俺がルークに言おうとすれば、アッシュが
「そうか。ならば俺は失礼させてもらう」
不快気に眉をひそめて、立ち去ろうとしてしまう。俺は慌ててアッシュの名前を呼びかけて、だけど呼び止めてい
いのかと迷いが生じて声が出ない。結局呼び止めることを諦めて俺はぐっと唇を噛み締めて俯いた。
「・・・待てよ!さんざコイツを劣化レプリカ呼ばわりして傷付けておきながら、気持ち引っ掻き回すような事して!
ハッキリしたらどうなんだよ!!」
ルークはアッシュに向けて怒鳴った。それに対してアッシュは、振り返りルークを鋭く射抜いた。
「はっ、散々邪魔をしたのはテメェだろうが!」
ルークはアッシュに何を求めているのだろう。嫌いだと公言したばかりだというのに、何故わざわざ嫌いな奴を自
ら引き止めるんだ?
疑問に思っていた俺の答えを、ルークは直後に口にしてくれた。
「じゃあ、邪魔してなかったら、コイツ・・・俺のことを認めたのか?!名前で、呼ぶのか?!!」
「っ!」
ルークの唇から紡がれた言葉に、俺の肩が大きく揺れた。
あぁ、ルークは俺の代わりにアッシュから答えを聞きだそうとしてくれているんだ。
「答えろ!!」
叫ぶルークの声は震えていた。それは俺が泣くのを耐えている時の声に似ていた。
だけど、俺のとは違う気がした。
少しの沈黙の後、アッシュが静かに口を開いた。
「俺がコイツを・・・お前を名前で呼ぶ事はない」
「アッシュ・・・・・・」
断言された事に俺は顔上げてアッシュを見て悲痛な声を上げてしまった。
感情の波に圧されて言葉を発せない俺をちらりと見たルークが、掌を握りこんで悲鳴に似た叫び声を搾り出す。
「・・・っ、どうしてだよ!何で、・・・何で認めない?!」
今にも泣き出しそうなルークの声。
俺も泣きそうだ。
アッシュはルークの言葉に言いよどむ。
「それは・・・ 」
視線を彷徨わすアッシュに俺は訊いた。
「やっぱり・・・・・・レプリカ・・・・・・・・・・・・だから?」
「違う!そんなに簡単な事じゃねぇんだよっ!!」
アッシュは強く頭を振った。
じゃあ、一体何がいけないんだ。
「母上の腹から生まれていないから?劣化してるから?それとも・・・・・なんだよ?なぁ・・・・・アッシュ?」
とうとう黙り込んでしまったアッシュに、俺は耐え切れなくなって涙が零れてしまった。
「教えてくれよ・・・・・・なぁ・・・・・・なぁ!!アッシュ!!」
頬を伝う涙を拭おうともせずに俺は泣きながらアッシュに答えを求めた。ルークも隣に立って何かと葛藤するかの
ように俯いているアッシュを見ていた。
「はっきり、言えよ・・・!」
僅かな沈黙が流れ、ポツリと
「お前等を”ルーク”と認めてしまったら、俺の中の10年間の”ルーク”としての記憶はどうなる?」
小さく零されたアッシュの想い。
それは大きな叫びと変わって俺とルークに届いた。
とても痛切に感じられるアッシュの想いだった。
「俺が俺をルークではないと認めてしまったら俺の中のルークはどうなるんだっ!」
血を吐くように言ったアッシュの瞳が、揺らめいていた。
俺と言う複製品に場所を奪われて陽だまりを失くしたアッシュ。
『ルーク』として生きる事を拒まれて『アッシュ』として生きる事になった被験者。
俺は今まで流れ落ちていた涙を強引に手の甲で拭う。ひたりとアッシュを見据えて、緩く首を振った。
「俺は・・・・・・ルーク・フォン・ファブレと認めて欲しいんじゃない」
確かに居場所を奪い取ってしまった俺は、アッシュからしてみれば憎い対象かもしれない。
そんな俺からこんな事を望むのは身勝手かもしれない。
だけど、認めて欲しいんだ。
『俺』という存在を。
「ただ・・・・・・『ルーク』と・・・・・・呼んで欲しいだけだったんだ・・・・・・だって、俺にはそれ以外の名前なんて無い
んだから」
唯一与えられたもの。
それを否定して欲しくない。
だって
「俺には、それ以外・・・・・・与えられなかったんだから・・・!!」
「知っている!だが周りの目はどうだ!?俺がお前の事をルークと呼んだらっ・・・!」
アッシュの言葉に、俺は自分の頭を指差して、微かに唇へ笑みを乗せた。
「俺達には、俺達にしかない・・・・・・口が、言葉があるじゃねーか・・・・・・」
俺とアッシュとの間にある大切な俺にしてみれば絆とも言える回線。
迷い続けるアッシュの背を押すようにルークが口を開く。
「お前が・・・アッシュが『ルーク』を認めるか。その答えを『俺』は欲しいんだ」
「お前の口から、喉から紡がなくてもいいんだ・・・・・・ただ、心に・・・・・・念じてくれれば・・・・・・それだけで」
ルークにあわせて俺も言う。
「・・・・・・・・・」
しかしアッシュは無言を貫く。黙り込むアッシュに俺とルークの表情が曇っていった。
「アッシュ・・・・・・」
「それでも・・・駄目なのか?」
「俺は・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ごめんな、困らせちまって」
何かアッシュが言いかけたけど、これ以上待ってもアッシュを困らせるだけだと判断して俺はアッシュの言葉を遮
った。
笑って見せたけど、きっと情けない顔にしか見えなかっただろうな。俺のフォローに回ってくれていたルークに礼を
言おうとした時だった。
俺たちの間を突風が吹きぬけていく。
轟音と同時にキイィィインと頭の中に甲高い音が響いた。
そして
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ルーク)」
小さな小さなアッシュの声。俺は頭痛に頭を抑えながら驚いてアッシュを見た。
「あの・・・・・・えっと・・・・・・・・・・!!!?」
上手く言葉が出ない。口をパクパクさせる俺の隣ではルークが柔らかい表情を浮かべていた。
「アッシュ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・ふん」
恥かしいのか、じっと見つめる俺からアッシュは顔を逸らす。
名前を、アッシュが呼んでくれた。
その事がただただ嬉しくて。
自分でも気が付いたらアッシュの名前を連呼して腕に飛びついていた。
「アッシュ・・・・・・アッシュ・・・アッシュー!!」
「ぶは、うっわ、素直じゃねーの!」
ルークが吹き出してアッシュを指差す。そのルークへ黙れと言い放ってアッシュはぼそぼそと告げる。
「・・・テメェらは、ずっと屑で、レプリカで良いんだよ。俺以外にそう呼ぶ奴はいないんだからな」
「うん・・・・・・その呼び方、あまり好きじゃねーけど・・・アッシュなら、アッシュだけになら、呼ばれても良いかもし
んねぇ」
俺は笑いながらそう返した。そしたらアッシュが一瞬目を見開いた。けどそれは瞬き一回のうちに変わって、仏頂
面に戻っていた。
「い、いつまでもくっついてるんじゃねぇっ!屑がっ!!」
ぶんぶん腕を振って俺を引き剥がそうとするアッシュに俺は必死にしがみ付く。その最中にルークが歩いてきて
ニヤニヤ笑いながら
「・・・アッシュだけになら、ね。俺は気にくわねーけどな!」
俺に抱きついてきた。俺は半ばサンドイッチ状態になりながら、アッシュに言いたかったことを口にした。
「ありがとな!アッシュ!!大好きだぜ!」
何故かアッシュが絶句して固まった。あれ、俺何か変なこと言ったか?
しかし直ぐにショックから復活したアッシュが再び?き出す。
「うるせぇ!良いからとっとと離れれろっ!!」
アッシュが強引に腕を動かすから俺はとうとうバランスを崩してしまった。
「うわぁ!?こ、こけるって!!」
腕がするりと抜けて、俺は悲鳴を上げながら今度はルークの方にしがみ付く形になった。
「オレモダイスキダゼアッシュー。・・・まぁた、照れてるぜコイツ!って、おわ?!」
棒読みでアッシュ好きだと言って、アッシュをからかっていたルークは反射的に俺の身体を抱きとめてくれた。
だけどやっぱりルークも体勢を崩してしまった。
「な、こっちに倒れてくるんじゃねーーーー!!!」
「うぅ・・・・・・わ、悪い!!」
「うわぁああ?!!」
「・・・あれ?あんま痛くない・・・・・・?」
どさっと倒れこんで、痛みがこないことに不思議に思って下を見ると、眉間にぐっさりと皺を刻んだアッシュの顔が
あった。アッシュを一番下に三人とも倒れこんでしまったのだ。俺は急いでアッシュの上からどこうとしたけど、俺
の上にはルークが乗っていて無理だった。どうしようと一人慌てふためいていると、アッシュのこめかみがひくつい
てすぅと息を吸い込んだのが視界の端に映った。
「こんの・・・・・・屑共がぁーーーーー!!!」
うはぁ、と思わず耳を塞ぎたくなるくらいの大音声で発せられたアッシュの罵声。早く退きやがれと俺を睨むアッシ
ュに俺は眉尻を下げてルークを見た。ルークは俺の上で爆笑していた。
「あはははは!アッシュ潰れてる!!」
いや、確かに少し笑えるけどさ!俺はばたばた手足を動かしてルークをどかそうと努力した。
「わ、笑ってる場合かよ!!は、早く退かないと・・・・・・」
後が怖いぞ、とは言葉を続けられなかった。下にいるアッシュの眉間の皺がこれ以上にないほど増えて
「・・・・・・・・・・」
「あ、眉間のしわが増えた」
思わず口に出してしまった。アッシュの怒りのボルテージはそろそろ限界だぞ。ルーク、いい加減笑うの止めろよ。
「ははははっはあ、はぁ、うは、潰れて、るアッシュつぶれて・・・!!!」
そんな俺の思いも虚しく未だルークは笑っている。
「・・・・・・とっととどきやがれ」
かなり落とされた低い声音はかなり怖い。俺は冷や汗を流しながらルークを指さした。
「ど、退きたいのは山々なんだけど・・・・・・」
「は、はらいてぇ・・・!!」
「あ、転がった……」
遠まわしに無理と告げていたら、ルークが笑いながらだったけど上から退いてくれた。だけど、何だかアッシュの
熱を手放すのが惜しくて俺はもう少しだけアッシュの上に乗っていたかった。
「・・・・・・・・・」
「あう」
しかしアッシュは容赦なく俺をペイッと捨てた。やっと立ち上がれたアッシュは座っている俺を見下ろした。
「俺はもう行く。・・・また何かあったら連絡する」
「・・・・・・!おう!!」
連絡をくれるんだ。
少しは溝が埋まったんだと実感できるそのアッシュの言葉に俺の顔には自然と笑みが浮かんだ。
「じゃあな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルーク」
また、名前を呼んでくれた。
アッシュが俺の名前を口にしてくれることは、俺にとってはとても特別な意味を持つ。
アッシュが、『ルーク』と呼んでくれることによって俺は存在が認められるんだ。
俺が感動に浸っていると、脇ではルークが漸く笑いを納めたみたいだった。目尻には涙が浮かんでいて、そんな
に面白かったのかと胸中で首を傾げた。
「あ〜・・・、笑った。お、何だ行くのかよ。潰れたアッシュ面白かったのに・・・ぶ
ふっ」
・・・雰囲気ぶち壊しもいいところだ。
俺はあははと乾いた声で笑って、ルークに笑いをとめるように腰を肘で突いて促したがルークは気付いてくれな
い。俺はもうどうなっても知らないからなっ!
「ありがとな・・・・・・アッシュ」
「ふっ・・・(詠唱略) エクスプロード!」
礼を言ったのにそれはスルーで、アッシュはルークに向けて譜術を放った。頬に熱い爆風を感じて反射的に俺は
腕で顔を覆う。
「うわ!?」
「わあああぁぁ!!!」
一方のルークは譜術攻撃をまともに受けて悲鳴を上げた。辺りに粉塵や煙が巻き起こって周囲が見えない。
「だ、大丈夫か!?」
「だ、だいじょうぶじゃない」
そう言い残すと、ルークはパタリと倒れてしまった。
「わわわ、ファーストエイド!?グミは!?グミー!!!レイズデットかぁ!?」
いや俺は第七譜術士だけど回復術使えないし!グミもないし!!
どうしようとわたわたして取り敢えずルークの頭を自分の膝に乗せてみた。少しでも楽になればと思って。
そうしている内にやがて風に攫われ、周囲の視界が良くなった頃にはもう既にアッシュの姿はなかった・・・。
「・・・・・・アッシュ・・・・・・」
ポケットに奇跡的に一つだけ突っ込んであったレモングミをルークの口に押し込みながら、俺は広大な青空を見
上げてポツリとアッシュの名を呟いた。
「・・・・・・。良かったな」
顎の下からルークの声が聞こえてきて、俺は視線を落とした。グミのお陰で回復したのかルークの怪我は少し癒
えていた。
「・・・・・・・・・・・・サンキューな・・・・・・」
そう言うと、ルークが軽く目を見開いた。やっぱり礼を言われることに慣れてないのかな。
俺は微苦笑しながら言葉を続けた。
「お前が居てくれたから・・・・・・名前を呼んで貰えたんだろうな。俺一人だったら、きっと・・・・・・」
「べ・・・、べっつに!!礼を言われる様な事なんかしてねぇーし?!」
ルークが顔を赤くしながら言いかけた俺の言を奪った。その人の感謝を素直に受け止めようとしなところが、似て
いて、思わず笑ってしまった。
「・・・・・・ふふ、お前も、やっぱアッシュに似てるよな」
「はぁ?!んなわけあるっかつーの!俺はお前なんだぞっ?!!」
ありえねぇと顔に書いてルークが叫ぶ。
でも、俺は思うんだ。
「けど、俺でもアッシュでもない。もう全く違う人間(ヒト)・・・・・・」
きっとお前は『俺』なのだろうけど、違うんだ。
「なんか、お前を見てると、そんな気がするよ」
にっこり笑えば、ルークは口をパクパクさせて
「・・・ばぁーか」
俺の額を指で弾いた。反射的に弾かれた箇所を手で押えてすかさず文句を言う。
「いで、な、なにすんだよ!」
しかしルークは軽く笑っただけで俺の膝から頭を浮かせて、そのまま立ち上がった。両腕を空に向けて突き上げ
るように伸びをする。
「おし、俺も行くか!!」
「え、何処かに行っちまうのか・・・・・・?」
アッシュはともかく、ルークとはいられるのかも知れないと淡い期待を抱いていたのに。ルークは俺の心中を見透
かした瞳で俺を見て、正面に立つと静かに言葉を紡いだ。
「被験者と複製品とはまた違う。俺は『ルーク』だ。何処かって言うよりは、ここに、だな」
言って、ルークは俺の胸をトンと指で押した。
ルークが俺の中に・・・。そうだとすれば、いつも一緒だと言うことなのか?でもやっぱり、寂しくないといえば、それ
は嘘になる。
『ルーク』はどうあっても『ルーク』なんだから。
俺は渦巻く想いを押し殺して、ルークの指をきゅっと握り締めた。
「有難う・・・・・・『ルーク』・・・・・・」
「・・・物事は終わってしまえば、もう二度目は無いんだからな!」
ルークは笑いながらそう言った。
二度目は無い。確かにそうだよな。
もう一度が無いからこそ、俺は『今』を精一杯生きているんだ。
「忘れんじゃねーぞ、『ルーク』!!」
俺はルークの言葉に返事を返そうとした。
「え?」
しかし、ほんの一瞬、無邪気なルークの笑顔が揺らいだように見えたと思ったら、既にその時にはルークの姿が
目の前から消えていた。掴んでいたルークの指も掻き消えて、俺の掌から温もりが感じられなくなった。
まるで最初から誰も居なかったかのように、俺一人だけでその場に立っていた。
ぼやけてきた視界を誤魔化すために俺は手の甲で目元を乱暴に擦った。
ルークの残した言葉は、俺を強く後押ししてくれていた。
「・・・・・・・・・・・・うん。有難う」
己に言い聞かせる様に呟き、俺は歩き始めた。
さぁ、進もう。
真っ直ぐに、ただ、前だけを・・・・・・見つめて。
なり茶でお話が出来上がったのを私が小説っぽくしてみました。
・・・が、既になり茶の時点で小説っぽくなっていたのであまり書き足し
たりする箇所がありませんでした。恐るべし文字書き様!(ちょっと違う
私の勝手なイメージで書いたのですが、果たしてこれで良かったのか;;
06/24