< I love you! >
あの雨の日に出会った時からはやひと月が経過しようとしていた。
午後の勉強も終わり、アッシュはルークの姿を中庭に出て探していた。
大抵はベンチに座って昼寝をしているのに、この日に限ってルークはベンチに居なかった。
少しだけ小首かしげ、中庭をぐるりと歩いて自分の髪色とよく似た朱毛を探す。屋敷の建物の裏に回って、ふと何気なく見上げた木の上からぷらりぷらりと揺れている尻尾を見つけた。
尻尾の持ち主は太い枝に座って空を見上げていて、下に居る赤毛の少年に気づいていないようだ。
「おい、そこで何をしてる」
「あ?・・・なんだよ別におまえには関係ないだろ」
「別に訊いたって構わないだろう」
声を掛ければあからさまに嫌そうな顔をする相手にアッシュが眉をひそめた。
そのうち、ぷいと背けられてしまった顔はアッシュからしてみると苦い表情を浮かべているように思えた。
朱色の髪から覗く三角耳がちょっとだけ元気なくへたりとしている。
アッシュはもう一度、今度は別のことを訊ねた。
「何かあったのか」
するとルークの耳がピクと僅かに反応を示した。しかしルークは頑なにアッシュを見ようとしない。ぎゅっと拳を握り締めて流れる雲を睨み付けるように見つめていた。
まるで溢れてくる何かを堪えるように。
アッシュは一度ルークから視線を外し、今日の出来事を順々に思い出してゆく。
朝起きて嫌がるルークを無理やり押さえ込んでぐしゃぐしゃになった髪を整えて朝食を食べて。その後アッシュは勉強のためにルークと離れてしまった。昼食時になって食堂で合流したルークはその時はまだ普段どおりの様子だった。恐らく何かがあったのは昼食が済んで再びルークと離れた後だ。
屋敷内に居るとはいえ、いつもルークの傍に居れるわけではないこの状況にアッシュは失敗したかと内心で後悔していた。
交流の途絶えている亜人とヒトの合いの子である者は忌み嫌われる存在として認識されている。
ルークはその忌み嫌われている合いの子だ。
もしかしたら心無いメイドや使用人たちの会話を拾い聞きしてしまったのかもしれない。
アッシュ自身、影でどうしてルークを連れて来たのだと囁かれているのを知っている。
王族家の屋敷に卑しい存在を連れ込んで。ファブレ家を貶めたいのか、と。
良く思われないことは承知の上だった。それを覚悟でルークを連れて来た。
両親は行く宛てのないルークを快く迎え入れてくれた。だが周りの反応は冷たいものだった。
本当にこれで良かったのだろうか。
「・・・・・・お前は、ここに来ない方が良かったか」
「何だよ、急に」
ポツリと小さく零された呟き。常人なら他人が聞き取れそうにないほどの小さな声だったが、ルークは大きな三角耳でしっかりと声を聞き取っていた。常のハッキリした声とは比べ物にならないアッシュの声音にルークは少しだけ驚いてアッシュを見下ろした。
じっと見つめてくる深いみどりいろの双眸が不安そうに揺れている。
どうしてアッシュがあんな顔をするのだろう。傷付いたように顔がくしゃりと歪められていて、ルークは息を呑んだ。
ルークは慌てて木の上から飛び降りるとアッシュに抱きついた。ぎゅうとアッシュの頭を抱え込むように抱き締めて、ごめんなといった。するとアッシュは謝るのは俺の方だとルークの腕を引き離した。
「俺は良かれと思ってお前をここに連れて来た。だが、それは間違いだったな」
「アッシュ・・・」
「出て行きたいなら出て行くといい。俺は引き止めない」
俯いて表情を隠すように赤い前髪がアッシュの顔を隠してしまう。ルークは喉の奥に何かが引っ掛かっているみたいで上手く言葉が出てこない。
アッシュは悪くないのに。
ひく、と喉を鳴らしてルークはアッシュの手を取る。ルークの指先が触れると、アッシュの肩がびくと震えた。
あぁ、アッシュは俺のことを想ってくれているんだ。優しいヒトだ。
だから…―――
「俺はここから出て行かない。ずっと、アッシュと一緒にいる」
「良いのか?・・・嫌なことをいわれたんだろう」
「いわれたけど。そうやってヤなこというヤツもいるけど、俺を認めてくれるヒトもいるし」
ガイとか、アッシュの父上や母上とか。あともちろん、アッシュもな。
だから、大丈夫。
そういってアッシュに笑ってみせる。
アッシュがそろりと顔を上げたのでルークはもう一度アッシュを抱き締めた。
ルークを屋敷へ連れ込んだことで、己も立場が危うくなるというのに何処までもルークを第一に考えてくれているアッシュが、ルークはいつの間にか大好きになっていた。
離れたくない。傍にいたい。
一緒にいたいんだ。
耳元で囁くように告げれば、ルークが一方的に抱き締めていたのがアッシュからもルークの背中へ腕が回されて。
お互いにそれぞれの温もりを感じながら、そっと瞼を閉じた。
2008/12/14