<ノット ビコーズ>
夜になる度に宿を抜け出して静まり返った街中に出て行く。
こんなことを繰り返すようになったのは、いつからだろう。
最近のことのようで、最近のことではないようで。感覚があやふやになっていた。
トン、と花壇に軽く腰掛けて空を見上げ、吐息をひとつ零す。
新月の夜は、いつにも増して外は静寂に包まれている気がした。
月明かりのない夜は危険が増すから気をつけろ。そういっていたのは誰だったっけ…。
あぁ、ガイだ。
思い出して、俺は陰鬱な気持ちになって顔を伏せた。掌に額を押し付けてぐっと唇を噛み締めて目を閉じる。そうすると脳裏を過ぎるのは、近くにいて当たり前だったガイの顔だった。
離れることになるなんて、思いもしなかった。
「ガイ・・・、ガイ・・・・・・!」
何度も、何度もなんども繰り返しガイの名を呟いた。
まるで譜術を発動させる詠唱のように、ずっとずっとそれだけを繰り返していた。
「お呼びかな?」
「・・・・・・っ?!」
暗闇の中から響いてきた声に、俺ははっとして顔を上げた。
視界の先に滲み出るようにして浮かび上がってきた淡い金髪の青年。
闇色の外套に身を包んだガイだった。
ガイはいっそ優雅ともいえるような足取りで俺へと近付いてきて柔らかく笑ってこんばんは、といった。ガイの笑顔を見るのが久しぶりに思えて懐かしくて泣きたくなった。
歩幅ひとつ分を挟んで向かい合うガイは前のガイと変わりなくて。
「ガイ・・・!」
「どうしたルーク、そんな顔して」
そっと頬に触れてくるガイの手。ガイの低い声音が鼓膜に心地よく響く。
触れてきた手に自分の手を重ねて、頬を摺り寄せる。
「俺、ずっとガイに逢いたかった・・・」
「・・・・・・」
「ガイ・・・?」
反応の無いガイに俺が顔を上げると、そこには冷たい光を宿して仄暗い炎を燻らせた青色の双眸があった。
その温度の無い瞳を見て俺の背筋がぞくりと粟立った。本能的に怖い、と感じた。じっと見据えてくる視線から怒気も窺えた。
あぁ、ガイは怒ってる。でもなにに怒ってるんだろう。俺にはそれがわからなかった。
「俺が何に対して怒ってるか、お前はわからないか」
まるで俺の胸中を読み取ったかのようにガイが口を開いた。問い掛けではない確信を持って吐き出された言葉に、俺は一瞬だけ躊躇ってそのあとに小さく首肯した。ガイはくくっと喉を震わせて嗤った。頬に添えられていた右手が僅かにずれて俺の顎を掴む。俺がガイから顔を背けられないように固定された気がした。
暗闇の中、月明かりのようにガイの金髪が淡く浮かび上がっている。俺はガイの髪色が好きだった。だけどガイは自分のよりも、俺の朱色の髪の方が余程綺麗だといって笑っていた。優しく髪を撫でてくれて、その手つきが好きだった。青空を切り取ってそのまま溶かし込んだようなガイの目が好きだった。
「俺は、ガイが好きだよ」
「・・・」
「ガイは俺のこと、嫌いになったのか・・・?」
そっと窺うように訊ねると、ガイは微笑んでさあ、どうだろうなといった。その応えに俺はまた泣きたくなった。眉根を寄せて顔を歪めると、ガイの微笑は苦笑へと変わる。すぃと近付いたガイの顔。吐息が掛かるほどに距離が縮められた。あぁ、もしかしてキスしてくれるのかなと思って自ら目を閉じて待つ。しかし唇にはなんの感触も降ってこなかった。不思議に思ってちょっとだけ瞼を持ち上げる。間近にあるガイの口端が持ち上がって笑みを刻んでいた。
「俺がキスするとでも思ったのか?」
「・・・っ」
からかわれた。俺はそのことに、怒りよりも先に哀しみが押し寄せてきた。俺の中で何かが崩れた、そんな感じがした。俺の頬に両の目から溢れた涙が伝う。気付いたら、俺の口から嫌だという言葉が零れ落ちていた。
「嫌だ、ガイ。俺にはガイだけなんだ・・・!俺のこと、見捨てないで・・・」
夜になって宿を抜け出すのは、みんなといるのが苦しかったからだ。
俺を<ルーク>として見てくれない中にいるのは息苦しかった。<ルーク>として見てくれていたのはガイだけだった。
そのガイに見捨てられてしまったら、俺は何に縋って生きていけばいいんだろう。…たぶん、きっと生きていけない。
俺にはガイしかいないから。
「そういうのなら、ルーク。お前は俺だけを見ていろ。それ以外は何もその瞳に映すな」
まるで呪縛のような言葉だった。それでも俺はこくこくと頷いて応える。
ガイだけだから。ガイと一緒じゃなきゃ嫌だったから必死になって頷いた。
するとガイは鋭かった眼差しをふっと柔らかくした。
「俺に着いてくるか?」
「うん」
もう一度頷くと、ガイがそうかといって笑って俺のことを優しく抱きしめてくれた。
待ち望んでいたガイの温もりに、俺は目を伏せて受け容れる。
やがてガイの唇が俺の唇に重ねられた。
久しぶりに触れたガイの唇は、なぜか血の味がした。
ルークがガイに執着しているタイプの六ガイver.
2008/09/04 サイト再掲