<千の夜をこえて>





太陽が出ていれば    月は見えない

月が出ていれば   太陽は見えない



昼間は太陽が地上を照らし

夜間は月が地上を照らす



決して合い間見えることのない    似ていながら異なる存在



同じ場所に居合わすことの出来ない存在・・・―――















「太陽と月って、ずっと一緒には居られないんだよな」

「なんだ、唐突に」

「いや・・・、前にティアから訊いた話を思い出してさ」

俺はアッシュと居られなくなるなんて、考えるだけでもイヤ。
ルークはそう言って隣に座る半身に笑いかけた。一瞬眉間のしわを深くしたアッシュはルークの額を指で弾く。デコピンを受け、仰け反ったルークがそのままベッドに背中から倒れこみ、ベッドが一際大きくスプリングを軋ませた。額を押さえて呻くルークにアッシュが身体を捻って呆れたように言った。

「そんなに強くはやってないだろうが」

「いてぇもんはいてぇーんだっつの!馬鹿アッシュ!!」

「・・・・・・」

「ごめんなさいうそです」

額を押さえたままルークがすぐさま前言撤回する。アッシュは細めた翠玉でルークを見ていたが、ふいと視線を手元の本へ落とした。そしてそのまま読書を始めてしまう。僅かな間が開き、静寂が訪れる。仰向けになったルークはごろりと横を向き、何とはなしに被験者の髪へ手を伸ばす。自分のよりも濃い鮮明な紅。指で梳けば絡まりもせずに流れていく。その感触を一人楽しんでいると、頭上から溜め息が落ちてきたので顔を上へ向けた。アッシュが、何やってるんだお前はと顔に書いてルークを見下ろしている。ルークは指先にアッシュの髪を巻きつけながらポツリと

「アッシュの髪って、綺麗だよな。・・・羨ましい」

「・・・・・・。お前の髪の方が綺麗だ」

アッシュは本をベッドの上に置くと白いシーツの上に散らばった明るい朱を手に取り口付けた。恥ずかしそうに顔を背けたルークの顎を掴み、今度は額へ。唇が触れた感触がくすぐったかったのか、ルークがクスクス笑い声を上げる。アッシュが覗き込むようにルークを見ると、彼は綺麗な笑顔を見せた。それにつられるようにアッシュの口元も少しだけ緩む。





一度短くなった複製品の髪は、切る以前の長さに戻っていた。

エルドラントでの決戦から二年後。

互いの存在を認め、受け入れた被験者と複製品。

その二人が仲間との約束の地である、タタル渓谷に生還した。





*    *     *





穏やかな日差しがカーテンの隙間から零れ、ベッドの住人を起こすように顔を照らす。
日差しを浴びるシーツの上の交じり合った赤はまさに焔のようで。
子息二人を起こしに部屋へ入ったメイドが思わず見惚れてしまう程に美しかった。
そしてハタとある事に気が付いて思わず苦笑を漏らしてしまう。

一つベッドの上で抱きしめあって寝ている姿は、まるで恋人同士のようだった。

メイドがその光景を数分間堪能し、そして子息二人を起こしに掛かる。
基本的に朝が弱い二人が漸くベッドから抜け出すのを確認したメイドから来客だと告げられる。
正装に着替え、アッシュとルークが玄関へ向かうと

「あ、ガイじゃん」

「何だ、お前か」

「おいおい随分な出迎えだなぁ。・・・っと、久しぶり、元気そうで何よりだ」

「元気だけど俺は仕事こなせなくてさー・・・」

「まぁまぁそう凹むことはないさ。そのうち出来るようになるよ」

遠くを見つめて項垂れる赤毛に、ガイは眉を下げて笑う。アッシュは沈みかけているルークへ一度目をやり、ガイに何しに来たんだと訊ねた。するとガイは表情を引き締め、一通の封書をアッシュへ差し出した。

「陛下からの要請だ。何でもマルクト軍とキムラスカ軍で合同訓練をしようと考えているらしい」

「それで、何故俺に要請が来るんだ」

「さぁ?そこまでは訊いてないな・・・。だんなも訓練に参加するだろうし、ルークも来るか?」

「行く!」

ちなみに、インゴベルト陛下へこの件は既に持ち掛けて承諾を貰い済みだ。
ガイは訓練と訊いて渋い顔をしたアッシュへさらりと付け足す。アッシュはさらに渋面を作ったがやがて諦めたように肩を落とすと、踵を返した。

「父上にこのことを伝えてくる」

「公爵には直に陛下伝から数日前から話しがいってるよ」

「・・・、俺たちが参加することは」

「もちろん、想定済みさ」

親指をグッと付きたて方目を瞑って見せた金髪の青年に、アッシュは何となく腹が立ったのでハイキックをお見舞いしてやった。





ガイの訪問から翌日。準備を整えたアッシュが玄関へ行くと自分と同じように低血圧である筈のルークがピシッと着替えていた。
そのルークへアッシュは見向きもせずに告げる。

「お前は残ってろ」

「えぇ、何でだよ?!俺も訓練に参加したいっ」

突然残っていろと言われ、行く気満々でいたルークは一瞬絶句し復活すると当然の如く反論しだした。

「駄目だ」

「何で?!!」

「屋敷に残ってやることをやれ。サインしなければならない書類が山積みだろう」

「帰ってきてからでも出来るじゃねーかそんなこと!」

「ルーク」

「・・・・・・っ」

滅多に口にされることのない自分の名を呼ばれ、ルークは押し黙った。迎えにやって来たガイは赤毛たちのやり取りを眺めるだけで仲裁に入ろうとはしない。
ガイの視界ではルークが拳を握り、歯を食い縛っている。アッシュはルークが大人しくなると、半身の身体を抱き寄せた。途端にガイが妙な声を上げて、静止しようと足に力を込める。しかしアッシュに昨日と同じように蹴りを受けて敢え無く撃沈。そんな親友を見事なまでにスルーしたルークはアッシュの背中に両腕を回してしがみ付く。

何だろう。
何故か胸騒ぎがする。
・・・・・・嫌な予感がする。
アッシュに一人で行って欲しくない。

そんなルークの思いを回線を通じて読み取ったのか、アッシュが抱きしめる腕に力を込め、大丈夫だと耳元で囁いた。
二人の身体がそっと離れる。ルークは不安そうに揺らいだ瞳でアッシュを見つめ

「絶対、大丈夫だよな」

「当たり前だ。俺を誰だと思っている」

「うん。俺、アッシュの帰り待ってるから。無事に帰って来いよな」

「あぁ」

アッシュは頷くと、沈んでいたガイをもう一度蹴り飛ばして、行くぞと声をかける。よろめきながら立ち上がったガイを引き連れ屋敷を出て行くアッシュを見送ったルークは己に言い聞かせるように呟いた。

「・・・・・・大丈夫、だよな」














その日の夜、訓練中にアッシュが負傷したとの通達がファブレ邸に届いた。



















無駄に長い!すみません、続きますっ!
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2008.05.06