<forget-me-not10>





『この広大で
           何処までも果てしなく阻むものが無く
                                    広がり続ける空のように



      我らの進むべき道も                             また無限に在り続ける筈

   それが我ら造られし者の望み                         それが我ら造られし者の希望

 白く儚く咲くあの花の様に                                   例えはやくに散り逝く命でも

                          我らの存在をこの時の流れに     


    忘れ去られぬよう                                            刻むのだ』
















代表者の家と訊いていたので周りの家々よりも豪華な造りなのかと想像していたルークは、周りの景色に馴染む
様な平凡な家の前でジェイドが立ち止まった時、些か拍子抜けしてしまった。
がっかりだと変なところで落胆していると、アッシュがそれを見て鼻で笑ってきた。む、ムカツク・・・!と、ルークに
気を取られていた為に足下が疎かになっていたのか、アッシュが庭先の段差で爪先を引っ掛けて転びそうになっ
た。ルークは仕返しとばかりにアッシュの正面ではっ、と鼻で笑う。それにカチンときたのか、アッシュはルークを
ぎっと睨む。ルークも負けじと睨み返す。バチバチと火花が散りそうな勢いで睨みあう赤毛二人を庭先に残したま
ま、付き合ってられないと他の仲間はさっさと玄関先へ向かう。



コンコン、とジェイドがノックをすれば数秒後にドアが開かれ男性が現れた。

夜闇を思わせるくらいに漆黒色をした髪。若干長めの前髪の下から覗く瞳は赤と黒が混ざり合ったような紫色を
していた。男性は前髪を掻き揚げながら胡乱気にジェイドを見る。ジェイドはそんな男性に笑顔で告げた。

「ご報告に伺いました。また視察の為に数日ほど此処へ滞在しますので。宜しくお願いします」

「・・・解った。だが、前にも言ったようにお前たちが此処の住人に何をされようとも俺は保障なんて一切しないから
な」

「ええ。解っています」

置いてけぼりにされたことに気が付いた赤毛たちは慌てて仲間がいる場所へと急ぐ。途中、無駄に早足で競い合
っていたりして、ガイにそれを見られて呆れたような顔をされたかもしれないがそんな事は気にしない気にしない。

玄関先に辿り着き、言葉を交わしているジェイドと男性を見ながら、ルークは何の保障をしないと男性が言ってい
るのか、こっそりガイに訊ねた。ガイはやや苦い顔をしながらも説明をしてくれた。

「さっきジェイドも言っていたけど、俺たちはこの街では招かれざる客なんだ。だから石を投げられたりとか、そん
な事は当たり前だ。時々殴りかかってこようとするのもいる。そうした人たちから俺たちが何をされて怪我をしても
保障はしないぞって、そう言う意味だ。・・・それにしたって―」

「そうまで恨まれるような事をしてきたのは、他ならないお前たち被験者だ」

冷えきった声音がガイの言葉を遮る。

戸口に立つ男性は口元を僅かに歪めながら言う。

「当然だろう?お前たちだって既に人として扱われなくなった暁には石を投げつけたり、殴りかかって行ったり、終
いには殺してやりたくなるだろ」

くくく、低く笑いながら男性はすっと紫の瞳をルークに固定した。
探らているような視線にルークは居心地悪く眼を泳がす。

「お前はそこの赤毛の男のレプリカだろ。何故被験者と一緒に居られる?」

感情を切り捨てた声がルークの耳朶に響く。ルークは男性の言葉に肩を小さく揺らす。
僅かに緊張感漂う中で、ルークは泳がせていた視線を紫の瞳に向けた。

翠と紫の色が交じり合う。


「俺自身が、アッシュと居ることを望んでいるからだ」

アッシュがどう思っているかは解らないけど。ルークはそう言いかけて、口を閉ざした。
男性はルークの言葉に意外そうに方眉を上げる。ルークからアッシュに眼を移し、そして再びルークを見る。
小首を傾げて男性は再度、ルークに問うた。

「お前は、被験者のことをどう想っているんだ?」










どう想っているのかって?そんなの・・・この場で言えるはずが無い。

言ったらきっとアッシュに「馬鹿かお前は」何て怒鳴られるかもしれないし、・・・ナタリアの反応が少し怖い。

言えないけど、俺は・・・俺は、アッシュが好きなんだ。

好きだから。好き好きで堪らなくて、この気持ちを伝えることが出来なくても、せめて一緒に居れるだけでもいいか
ら。

だから、俺はアッシュと居るんだ。








 

「別にどうも想ってない。ただ俺には居場所が必要で、それが偶々被験者の近くだったってだけだ」

自身で嘘をついていながら、酷く胸が、心が痛んだ。

「俺はアッシュの模造品だけど、俺は俺なんだ。俺がファブレの家に居たいから、一緒に居るんだ」

ファブレ邸に居るのは、本当はアッシュが居るから。アッシュが居なければ自分は世界をさ迷い歩きに出ていた、
かもしれない。

アッシュの傍に少しでも長く居たくて。

「あそこには俺の存在を認めてくれる人が、少なくとも居るから」

でも、その中の一人に・・・彼は居ない。





彼から話しかけて来たりとか、ましてや笑いかけてくれることも無い。



それが凄く辛くて哀しかった。







ぐっと拳を握り締め、ルークは涙が零れ落ちそうになるのを必死に耐える。



微かに震えている肩に連動するように赤髪が揺れるのを、もう一人の翡翠色が映していた。
その手もまたきつく握り締められていることに誰も気が付かない。





既に答えは出掛かっている筈なのに。



後一歩が踏み出せない。




















ルークは一杯一杯な気持ちです。
アッシュに告白出来なくて辛そうだ・・・。
でも内心でアッシュも揺れている。
両思いになるまであと少しです・・・!
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