<forget-me-not17>





『お前はどうなんだ、ルーク』

『え・・・?』

『俺は誓ったが、お前は誓わないのか?』

『ううん、ちゃんと誓うよ。約束!』











まるで世界がゆっくりとスローモーションに動いているように見えた。

アッシュの身体が自分と男の間に半ば割り込むように入ってきて、それからアッシュの身体が何かの衝撃を受け
たみたいに大きく跳ねた。アッシュは苦しそうに顔を歪めながら、それでも男を渾身の力で蹴りつけて吹っ飛ばし
た。苦痛に漏れ出しそうになる呻き声を歯を食い縛って耐え、ルークを振り返ろうとしたとき

「・・・ッ?!」

再びアッシュの身体がびくんと跳ねた。続けて二回。

ルークは呆然とその光景を見ていることしか出来なかった。
離れた所で倒れている男がこちらを見て何事かを呟いていた。

「ざまぁみろ」

そう口が動いていたような気がする。
がくりとアッシュが膝を付き、血を吐いた。地面にぞっとするくらいの血が零れ落ちる。そのままアッシュの身体が
大きく傾いでルークのほうへと倒れてきた。反射的に腕を伸ばし、アッシュの身体を支える。その時になって漸く
彼の胸元と腹部にナイフが突き刺さっているのがルークに見えた。胸元に一本と、腹部の辺りに二本。合計三本
のナイフが深々と突き刺さり、そこから血が溢れ出す様にして流れていた。震える手でルークは血の気の薄くな
っているアッシュの頬に触れる。たった数分前までの温かい体温は感じられず、今は冷たく感じられた。
それも更に冷たくなってきている。
ひたりとルークが触れると、アッシュの瞼がぴくりと震えて僅かに翠の双眸が覗く。
アッシュは直ぐ間近にある半身の顔が解らないのか少しだけ視線を彷徨わせ、頬を濡らした雫の軌跡を辿るよう
に見上げて、漸く焦点を合わせてルークに向けて小さく笑んだ。

「何・・・泣きそうな・・顔を、して・・・やがる」

途切れ途切れに彼らしくない覇気の無い声音で言うアッシュに、ルークは顔をくしゃくしゃにする。

「な、アッシュ!なんで・・・なんであんな無茶するんだよ!!馬鹿っ!」

「・・・何が馬鹿だ。馬鹿は・・・お前だろ・・・」

げほっ、とアッシュが咳き込み、吐き出した血がルークの膝元を赤くした。

「わ・・・るい。よご・・・・し、た」

「いい。平気だから・・・。もう喋ったら駄目だ・・・!」

縋るように、ルークはアッシュの手の甲に額を擦り付ける。アッシュの身体から流れ出る血は止まることを知らな
いかのように二人の周りを紅く染め上げていく。
ボロボロ涙を流しながらルークは必死に死なないでと繰り返す。

しかしアッシュの身体は冷たくなっていくばかり。
命の灯火が消えかけている己の被験者。

唐突に2年前の光景が脳裏でフラッシュバックした。

複数のレプリカに剣で刺されて倒れこむアッシュの姿。

『あとは頼む』

そう残して息絶えた彼の姿。



いやだいやだいやだ            結局彼は死ぬ運命だったのか





なんでアッシュが俺が代わりに死ぬからアッシュを死なせないで





「アッシュ・・・?!眼を開けろよ、閉じたら駄目だ!」

軽く頬を叩きながらルークは叫ぶ。瞼を閉ざせば彼はきっともう二度とその翠の双眸を赤い睫の下から覗かせる
ことは無いだろう。最悪の状況に恐怖しながら、ルークはアッシュの意識を繋ぎとめようと彼の名を呼ぶ。



そこへ漸く騒ぎを聞き付けたのか、ジェイドたちが慌しく駆け寄って来る。
血溜まりの中でアッシュを上から抱き締める状態でルークがアッシュアッシュと呼びつつけている。
ティアとナタリアが彼らの居る地を広く紅く染めているその出血の多さに息を呑むが、直ぐに気を取り直して駆け
寄り素早くアッシュへと手を翳して治癒術を施す。
だが虫の息となったアッシュの呼吸が元に戻る気配が一向に無い。
傍で固唾を呑むようにしてガイとアニスは佇んでいる。
ジェイドは周りに集まり始めた野次馬たちへ散るようにと指示しているが、こちらの様子が気になるのか時折振り
向いては仲間の容態を確認する。
唇を噛んでティアもナタリアも懸命に治癒術を唱え続けていた。



「・・る・・・く・・」

微かにアッシュの唇が動いた。吐息ほどの小さい声にルークは聞こえるように彼の口元まで耳を寄せた。

「すま・・・な、い・・・・・」

だが忘れるな。あの約束を。

ルークは何言ってんだと怒鳴ろうとしたところで、彼の翡翠の双眸が瞼の下に隠れてしまった。

「・・・・・・っ?!!アッシュ・・・!!」

ふ、とアッシュの呼気が途絶えた。

それに気がついたナタリアが口元を押さえて喘ぐように彼の名を呟く。ティアもまた愕然とした表情で居た。
女性二人の異変に気がついたガイがくそっと呻くように漏らして憤りを露に地面を蹴りつける。
アニスは言葉も無くその場にへたり込んでしまった。



嘘だこんなの嘘だ夢だよなお願いだから眼を開けてくれよアッシュ・・・俺を置いていくなよ!
何で・・・こんな勝手なことゆるさねぇぞこれからバチカルに戻って一緒に生活する筈だったろ!!


ルークはガクガクと肩を揺さぶってアッシュに言う。
しかし返事が帰ってくることは無く、アッシュの首は力なく左右に揺れる。

「ルーク・・・」

肩を掴まれて動きを止められて、ルークは邪魔するなと手を払い除けて再びアッシュに言葉を投げかける。再び
制するようにルークと呼ばれたがそれをルークは無視した。だが今度は強引に後ろを振り向かされて、そこで思
い切り頬を殴られた。

「いい加減にしなさい」

静かな声音が響く。ルークは熱を帯び始めた頬をに手をやりながらジェイドを見上げた。ジェイドの何処までも感
情を見せない紅い瞳がひたりとルークを見据える。

「アッシュは死にました。・・・貴方を庇って。この事は紛れも無い事実なんです。受け入れなさい」

淡々と告げられる言葉。





死んだ

アッシュが、俺を庇って






のろのろと視線を落とせば、自分の膝元に頭を預けるようにして倒れている半身の姿がある。

頬に触れても何をしても、もう彼は動かない。










死んだ愛しい半身は死んでしまった














ルークはアッシュの死を認めた瞬間



うわあぁぁぁぁぁぁああ・・・・・・!!!!!



冷たくなり灯火が消えてしまった半身を掻き抱きながら、絶叫した。

























『じゃあ俺も誓うよ。・・・アッシュに真実の愛をずっとずっと永遠に捧げることを』

『なら・・・これは二人の―――』










『約束だ』

微笑みあいながら二人同時に囁いて、引き合うように唇を重ねた。






















最初で最後のちゃんと交わした彼との約束。違えないと誓ったのに・・・。















夕日の橙色に照らされながら、眠るようにして自分の腕の中に居る彼の姿。
紅と橙の世界で、己の中にも焔を宿す被験者と劣化品が居た。



彼の血の気を失った白い肌にこびりついた血を拭い取ってやる。





これからの筈だったのに・・・














小さく小さく呟かれた言葉は、青と白の花弁と共に風によって空高く攫われていった。










聖なる焔と称され陽だまりから弾き出されし堕ちた灰。

再び互いの翠の瞳の視線が交わらされることは二度と無かった。





















長くなってしまった;;次で最終話です!
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