<forget-me-not4>
翌日の朝。
ふっと眠りから目覚めたルークは一瞬自分が何処に居るのかを忘れ、しかし直ぐにバチカルの、ファブレ公爵家
の自分の家に帰ってきたことを思い出す。
そうだ。帰ってきたんだ。
その事実をはっきりと思い出し、ルークの口元には自然に笑みが浮かぶ。
アッシュに朝の挨拶をしよう。おはようって。
そう思い、同じベッドに寝ていたアッシュの方を向こうと横になったまま首を廻らす。
「・・・あれ」
隣で寝ていた筈のアッシュの姿が無い。
ルークはがばりと身を起こしシーツを引っぺがすように勢いよく捲る。
だがベッドの上に居るのはルーク一人だけで他には誰も居ない。
まさか、アッシュがいたのは夢だったのか。それとも幻か。
違う。そんな筈は無いとルークはアッシュが横になっていた場所へ手を這わす。
そこには確かに人が寝た事によって出来たシーツの皺があった。
それを確認したルークは安堵の息を吐く。
恐らくアッシュは早々に起きてこの部屋を出て行ったのだろう。
自分とは居たくは無いこの場所から早く。
そう考え、ルークは手元にあるシーツをきゅっと握り締める。
暫くそうしていると、コンコンと控えめなノックがされその後にメイドの「ルーク様」という声が響いてきた。
ルークはドアを開け、メイドに「おはよう」と告げる。メイドもまた「おはようございます」とルークに返し、用件を切り
出してきた。
「ルーク様。皆様が応接室でお待ちです」
「皆か・・・。そっか、解った。ありがとう」
ルークが言うとメイドは眼を丸くした。それに気がついたルークが怪訝そうに眉を顰めると、メイドはパッと顔を赤く
してしどろもどろに
「あっ、すみません。ルーク様に・・・その、お礼を・・・」
「あぁ。俺屋敷じゃ一度もお礼を言わなかったっけ。そりゃ驚くよな」
あははと照れ隠しにルークが笑えばメイドはにっこりと微笑んだ。
「正直、確かに驚きはしましたが、それよりも嬉しかったです。ルーク様にお礼を言われて。ありがとうございます」
「・・・礼を言って礼を言われるのって何だかヘンなもんだよな」
ルークが苦笑しながら言うと、メイドもまたくすりと笑った。
メイドから訊いた通り、応接室へ向かうと既に仲間達が集まっていた。
扉から直ぐの壁に寄りかかっていたガイがルークが入って来るのに逸早く気づき「おはよう」と声をかけてきた。
ルークも挨拶を返し、仲間の顔を一巡する。
アニスとティアは何か話し込んでいるようで、アニスがティアの顔を覗き込みティアは困った様に眉根を寄せ何か
必死に言っているのが遠目から見て取れた。
アニスが持っているトクナガを示している辺り、可愛い物の事で話しているのだろう。ティアの視線はばっちりトク
ナガに注がれていた。その二人の奥にはアッシュとナタリアが居た。柱に寄りかかり腕を組んで視線を斜め下に
固定しているアッシュの表情は解らなかったが、ナタリアは控えめにだが、それでも必死に青年に話しかけてい
てその表情は何処と無く嬉しそうだった。ナタリアの口元は忙しなく動いているのに対しアッシュのそれは余り動
かない。しかし一言一言に返事はしているようでナタリアの顔にはその度に、笑みが浮かんでいた。ジェイドはと
言うと、一人テーブルについてメイドの用意したティーカップを優雅に傾けていた。
仲間のそれぞれの様子に相変らずだなぁと思わずルークは笑う。
皆旅をしていた頃と変わりない。そう思うだけで胸が一杯になる。
何より・・・皆の、仲間の中にアッシュが居るということがこの上なく嬉しい。
旅をしていた頃は一緒に居られる時間など大してなった。
しかし今はこうしてファブレ家の屋敷で一緒に暮らしていける。一緒の場所に居られる。
例え嫌われていようとも今のルークにとってはそれだけで十分だった。
とん、と軽く勢いをつけて壁から背を離したガイがルークに声を掛けた。
「さぁて、ルーク。俺たちはグランコクマに行くけど、お前はどうする?」
「・・・え、何でグランコクマに行くんだ?」
きょとんとして訊ねると、ガイではなくジェイドから答えが返ってきた。
「陛下直々のお呼び出しですよ。余り良い予感はしないのですが陛下の要請を無視する訳にもいきませんしね」
「ピオニー陛下か・・・。あ、でも伯父上への顔見せはどうしよう」
「お父様には直ぐに会える場所に居るのですし、ピオニー陛下に先に会われては?」
ナタリアがそう言うとガイはそうだなと腕を組む。
「ナタリアの言う通りかもな。それに案外気に入られてただろ、お前」
ガイの言葉にルークはあははと乾いた声で笑う。
確かに自分はピオニー陛下のペットであるブウサギの内の一匹の仲間入りを果たしている。
気に入られることは別に良い事だとは思うが、やはりブウサギに己の名を付けられたことについては何んとも複
雑な心境だ。深刻な顔をして以前ジェイドがやめてくれと言っていた気持ちが今なら解る気がする・・・。
「じゃ、行こうかな」
何だかんだで結局はピオニー陛下には世話になっているし。
ルークがそう言うとガイは続いてアッシュに呼びかける。
ナタリアと共に少し離れた位置に立っていたアッシュはガイに視線を向ける。
「何故俺が行かなければならない」
「何でって。お前は陛下の世話にならなかったのか?」
「・・・なってなくも無い」
「なったんだな」
微妙なアッシュの言い回しにガイは「相変らず素直じゃないな」と苦笑する。素直じゃないと言われたアッシュは
眉間の皺を深くし押し黙ってしまった。ナタリアは相手の機嫌を伺うようにそっとアッシュにグランコクマへ行くか
と訊ねる。アッシュは無言で首肯し、全員でグランコクマへ向かう事が決まった。
少し展開を追加します。目指すはグランコクマ。
これだけアシュルク要素が入ってないんだから後半は
たっぷり入れていきたいです!
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