<forget-me-not 5>
グランコクマへ向かう際にはアルビオールに乗って移動した。
窓から見える景色を眺めていると、ティアが声を掛けてきた。
「ルーク。・・・体の方の調子は大丈夫なの?」
「え・・・。体の調子?何で?」
心配そうな顔で言われ、ルークは何故体の調子を心配されるのかが解らなくて首を傾げる。
ティアはそのルークの様子に「・・・大丈夫そうね」と呟き、立ち去ってしまった。
ルークは訳が解らずポカンとしていると、直ぐ傍で忍び笑いが聞こえて来た。
間抜けに口を開けたまま、笑い声の方を見ると声の主はガイだった。
ガイはルークがこちらを見ている事に気付いて「悪い悪い」と謝るが、当人はもうさっぱり訳が解りませんという表
情を変えない。
全く相変らずな奴だなとガイはそう思いながら理解出来ていないルークに言う。
「お前、音素乖離現象起こしてたんだろ?それはもう平気なのかと、ティアはそれを心配してたんだよ」
「あ・・・」
ルークはようやく解ったらしい納得した顔をしたが、次の瞬間には音素乖離現象と訊いて顔を蒼くする。
「そうだ。もう俺平気なのか、ジェイド!」
慌てて前方の席に座っているジェイドの元まで走り寄って訊ねるが彼は蒼褪めているルークを見て
「大丈夫だと思いますよ」
と、あっさり答えた。ルークはジェイドの答えを訊いてほっとしたように息を吐く。
だが、ホッと出来たのはその一瞬だけで「・・・ですが」と言葉を続けるジェイドにルークは表情を硬くする。
不安そうな翡翠色が自分を見つめてくるのをジェイドは正面から受け止めながら、ルークの手首を取って脈を測
る。誰もが息を潜めジェイドの言葉を待っていると、脈を測り終えた彼は眼鏡をくいと指で押し上げて
「今の所脈は正常のようですが、グランコクマへ行った後にでもベルケンドで診察を受けたほうが良いかもしれま
せんね」
あそこにはちゃんとした医師が居ることですし、ジェイドはルークに向けて言った。
ルークは「解った」と頷いて、ようやく硬いままであった表情を崩した。
宮殿に着き、謁見の間へ赴くとピオニーが既に待っていた。
ピオニーはルークが入ってくるのを見るや否や物凄い勢いで抱きついてきた。
「へ、陛下・・・?!」
「俺の可愛いルーク!!よく無事に戻ってきたな!」
ぎゅうっと抱きしめられ、ルークがどうすればいいと助けを求めガイを見るがガイは苦笑するばかりで手を出して
くれそうな気配が無い。ならばジェイドはと現皇帝陛下の幼馴染でもある彼に視線を向けると死霊使い殿はあら
ぬ方向を見て自分とは目を合わせようとしない。・・・この薄情者共め。
いよいよピオニーの抱擁がエスカレートし始めてきた時、怒号が上がった。
「おい、何時までも馬鹿をやっていないで用件を話したらどうだ!!」
「あ、アッシュ・・・」
現皇帝陛下になんて暴言をとルークは思ったが、それでもアッシュの怒声で我帰ったピオニーが自分を解放して
くれたので、その事については突っ込まないで居よう。
ピオニーは玉座に座ると、一国を納める主の顔へと変わる。
先程までのふざけた雰囲気が無くなり、そこには威厳に満ちた空気が溢れていた。
あぁ、やっぱりこの人はどうであっても皇帝陛下なんだよな、とルークはアッシュに対して思った事を棚に上げ、
無礼極まりない、しかしこの場に居た仲間達が思っていることを代弁するように呟く。
ルークの呟きはとても小さいもので、当人にの耳には届かない。
だが、ルークの傍に居た仲間達にはしっかり聞こえていた。
「よし、本題に入るか。・・・ん、何を笑っているんだ?」
「いえ、何でもありませんよ陛下」
苦笑を浮かべている客人達にピオニーが訊ねるがジェイドが爽やかな笑顔でさらりと流す。
ピオニーは流されたことに対し不満そうではあったが、まぁいいと本題を切り出した。
「実はお前達に行って欲しい所があってな。それで呼んだんだ」
「行って欲しい所・・・とは何処なんですの?」
「建設中の街、だ」
「建設中の街にですか?それはまたどうして・・・」
「お前達が一番あそこの住人の扱いが解っていると思ったからだ」
「なるほど、そう言うことですか」
「陛下。それは何時行けば宜しいんですか?」
「お前達の予定次第で構わないが、なるべく早いほうが良いな」
「では、3日後辺りにでも」
「そうですね。ベルケンドに行かなくてはなりませんし」
「・・・なぁ、アッシュ」
「何だ」
「何の話してるか解るか?」
「知るか」
「だよなぁ・・・」
何なんだろ、とルークはすっかり置いてけぼりにされているアッシュと共に繰り広げられている会話を僅かに離れ
た所から訊いている。
本当は今すぐにでも会話に割り込んで説明を求めたい所だったが、そんな事をしてはまたジェイドにねちねち嫌
味を言われそうなので止めておく。
早く終わらないかなぁと暇を持て余し始めた時、話が纏まったのか「ルーク行くぞ」とガイに呼ばれ、ルークは慌
ててピオニーに一礼する。アッシュはさっさと歩き出して皆よりも早く入り口付近に居たが、ピオニーにルークと
一緒に呼ばれ振り返る。
「お前達のお陰でこうして世界は救われた。改めて感謝する」
ピオニーが玉座に座ったままま頭を下げる姿を見て、アッシュは僅かに目を見開いたが直ぐにその場で片膝を
付く。
「勿体無いお言葉、有り難うございます」
アッシュがそう言うのでルークも慌てて彼の後に続いて跪く。
「有り難うございます、陛下」
それぞれ違う場所で同じ姿勢の赤毛を見てピオニーは満足そうに笑った。
「また来いよ。次に会う時には俺の可愛いブウサギを・・・」
「はいはーい、皆さん行きますよ〜」
「おい、ジェイド何だその『付き合ってられない』みたいな・・・」
「それでは、陛下」
ジェイドは仲間を外に押し出してピオニーに最後まで言わさず、にっこりと笑みをその場に残し謁見の間を後にし
た。
静けさの戻った広間でピオニーはくつくつと可笑しそうに笑う。
「全く、相変らず面白い奴らだ。・・・本当、無事で良かった」
低く呟かれた言葉は広い室内の空気に呑まれて消えた。
ピオニー陛下が出したかっただけだったりする(・・・
最後の部分の大佐はルークに抱きついた陛下に対
して嫌がらせとばかりに皆を強引に押し出したんだ
と信じてる。
やっぱりジェイドもルークに気があるのさ。
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