<forget-me-not7>
検査が思っていたよりもはやく済んだので、予定を少し変更してレプリカの街へは明日向かうことになった。
ベルケンドで宿を取り、ルークは一人部屋にいた。同室者のもう一人は居ない。
ぽつんと部屋の中に一人立ちながら、先程の会話を思い出す。
部屋は三室取り、それぞれジェイドとガイ、女性三人、アッシュとルークという組み合わせになった。
部屋割りが決まり、解散しようとした時、その場に居合わせていなかったアッシュがナタリアから割り振りを訊いて
ジェイドへと勢いよく噛み付いていった。
「何故俺がレプリカと同じ部屋なんだ!」
「何故、と言われましても・・・。それでは逆に訊きますが、貴方は私とガイと、どちらかなら良かったのですか?」
ジェイドの問いにアッシュは一瞬言葉に詰まる。
眼鏡なんぞと同じ部屋は死んでも御免だ。しかしガイだったら・・・いや、あいつは俺のことを嫌っている(筈だ)。
そうするとやはりレプリカと同じ部屋になるのか・・・。
どんどん深入りしていってしまう自分の思考にアッシュは一人唸る。
そこへジェイドが止めの一言を放った。
「結局は貴方に選択肢は無いし、この面子じゃそれも無駄な話というわけですよ」
見事なまでの作り笑顔で赤毛を撃沈させ、アッシュが言葉を探しているうちにジェイドは「それでは私は食事時ま
で出かけてきますので」と言い残し宿を出て行った。
「何て言うか・・・ジェイドは良い性格してるよなぁ〜」
俺もあんな風にアッシュに言えないかなとちょっと本気で考える。
しかし考えたところで実際には無理に決まっているだろう。
・・・うわぁ、何か複雑。
ルークはベッドに倒れこんで枕を掻き抱いてその上に顎を乗せる。
ベッドの柔らかいシーツに埋もれながら、うとうと瞼が閉じそうになりながら、次第に赤く染まりつつある窓ガラス
の向こうにある景色を見ていた。
部屋の中も窓から入ってくる夕焼けの色に赤く、赤く染まりつつある。
ルークはぼんやりしていく意識の中で、ふとあの夕焼け色が同室者の髪色に似ているなと考えたところで意識が
途切れた。
日が落ちて世界が闇に包まれるように黒く染まった頃。
アッシュは割り当てられた部屋へと向かう。
ガチャリとドアノブが回わり、カギが掛けられていない事が解る。
無用心なことだとアッシュは眉を顰める。
中に居るだろうレプリカに文句の一つでも言ってやろうと考えながら、中へ踏み込む。
ドアを閉め、ふと室内が暗いことに気が付く。
不審に思い、何が起きても対応出来るように剣の柄へと手をやりながら、そっと足音を立てずに歩を進める。
途中バスルームを覗いたが人の気配は無い。室内にあるドアといえばバスルームくらいにしかない。
そこに人の気配が無いということは警戒する必要が無いか・・・。柄に掛けていた手を放し、さっさとベッドへ向かう。
依然明りを点けていないままであったので室内を照らすのは一つだけある窓から差し込む月明かりのみ。
二つある内の窓から離れた方のベッドへと窓側に背を向けるようにして腰掛け、ふぅと息を吐く。
暫く何をするわけでもなくそうしていると、背後から小さな呻き声が聞こえた。顔だけで振り返れば、タイミングよく
もそりとシーツの間から同室者の顔をが出てくる。シーツに埋もれて息苦しかっただけなのか、うぅ、と言うだけで
再びすやすやと寝息を立て始める。
余りにも無防備なその寝顔にアッシュは思わず呆れてしまった。
よくもまぁ幸せそうに寝ていられるな。
体の向きを変え、今度は窓側を向く形にベッドへと座り直す。
月明かりに照らされているその寝顔は、ほんの微かに笑っているようにも見えて、それを何故かもう少しちゃんと
見てみたいなと思いそっと顔に掛かっていた前髪を払いのける。
指が触れた感触が擽ったのか、ルークは一瞬、む、と眉を顰めた。
起こしてしまったかと内心でどきりとしたが、ルークの顔は再び穏やかな寝顔へと戻りホッと息を吐く。
前髪を払いのけた手を赤い髪へと伸ばし、優しく梳かすように指を上下に動かす。
自分と同じくらいの長さまで伸ばされた朱の髪が白いシーツに映えてとても綺麗に見える。
梳いていた髪を一房だけ手に取り、それを己の唇へと持っていく。
次いで、引き寄せられるかのようにルークの寝息を立てている口元まで顔を持っていった所で
ピタリと動きを止めた。
眼に映るのは後数センチも無い目前で寝ているルークの顔。・・・と言うか唇。
・・・。
待て。俺は今一体何をやろうとした。
レプリカにキ・・・?!!
今自分がやろうとしていたことに、アッシュは声も無く絶叫して秒速の速さでルークから顔を引き離した。
その時に大きく一歩後ろへ後退するが、ベッドに挟まれる形のスペースに置かれていたアッシュの足はもう一つ
のベッドにより阻まれ、バランスを崩して背中から勢いよく倒れ込んだ。
ボフッと音を立てふわりと舞い上がった軽いシーツがアッシュの顔に落ちてきた。
それを顔に乗せたままぎゅっと握り締め、その日の夜は只管自分のした行動に戸惑い、恥かしがっていたアッシ
ュだった。
そんな想いを寄せている同室者が、まさか無意識の内に嫌っていたはずの相手にキスをしかけていたことで一
晩中思考がパニック状態に陥っていたなんて知る由も無く。
アッシュも俺のことを好きになってくれたら良いなぁ。俺はアッシュがこの世で一番好きなんだ。
何て自分が幸せすぎる、アッシュと手を繋いでいる夢を見ていた。
その夢が叶うのは、彼が自分の気持ちに自覚するまでの後ちょっとの辛抱なんて、また知る由も無く。
漸くアッシュの心境に変化が。と言うか何処か無理矢理
な感じですが、そこはスルーの方向で(おい
相手の気持ちには鈍いルークと自分の気持ちには鈍い
アッシュ・・・みたいなのを書いてみたかったんです。
next→