<forget-me-not9>





「へぇ〜・・・。此処がレプリカの?」

「『始まりの街』。まだちゃんとした名前は決まっていないけれど、皆そう呼んでいるわ」

「始まりの街・・・か」

アルビオールより地に降り立ったルークは街の入り口のアーチを潜り、目の前に広がる光景に感嘆の声を上げ
た。入り口の直ぐ目の前にある噴水に何か惹かれるものがあったのか、ルークは噴水まで歩み寄る。その噴水
の中心にあった石碑に指を滑らせ、刻まれている文字を辿る。

「・・・ルーク?」

「え、何?どうかしたのか?」

真面目な顔で石碑を見つめているルークに控えめにティアが呼びかければ、彼は小首を傾げて未だ街のに入り
口付近へ居る仲間たちの元へ駆け戻って来た。
しかしその途中、ルークはくんと服を引っ張られた感じがして肩越しに後ろを顧みた。
そこには5・6歳程の茶の髪と眼の色を持った少年が居た。大きな瞳は真っ直ぐにルークを見つめて来る。その瞳
は一切の曇りがなく、まるで水底が見えるくらいに透き通っているかのような透明な色をしていた。

再び少年の小さな手が服の裾を引っ張る。

一瞬思案して、ルークは膝を曲げて少年と目線を合わせるようにした。

少年とルークにジェイドは気が付いていたが、大した支障はないだろうと判断したのか、話し出していた。

ジェイドの声を背中越しに訊きながら、ルークは少年へと問いかけた。

「何か俺たちに用なのか?」

「・・・・・・しらないひと」

「え・・・?」

「しらない・・・みたことない。・・・あか」

少年は単語を繋ぎ合わせるだけの言葉を並べ、屈んで前の方に流れ落ちて来たルークの赤髪にすっと手を伸ば
し、それに触れる。感触を確かめるように髪の毛を指で擦り合わせたりする少年に、ルークはとりあえずやらせた
いようにしてやっていると、唐突に少年が口を開いた。

「これ・・・血、じゃない」

「そりゃ・・・血じゃないよ。血だったら怖いだろ」

苦笑しながらルークが言うと、少年は髪の毛から手を離し

「あのひと・・・血のいろしてる」

「え・・・。え、えっと。うん、そうだな。血の色だ」

茶の瞳がアッシュを映しているのを見て、ルークも自分の被験者へと目を移す。すると今の会話が聞こえていた
のか、アッシュはジロリと此方を睨んできた。アッシュの鋭い視線を真正面から受け止め、ルークは「でもな」と
言葉を続ける。

「確かにあの人のは血の色みたいかもしれない。けど、俺はアッシュの髪の色は血の色なんかじゃなくて、この
大地を照らしてくれる真っ赤な太陽の色だと思うんだ」

ほら、夕焼けの凄く真っ赤な色。あれに似てるだろ?ルークが笑いかけると少年は僅かに首を傾げた。

「血、じゃ・・・ないの」

「うん」

「たいようなの・・・」

「うん」

「きれ・・い?」

「そう。綺麗なんだぜ、アッシュの髪って」

「・・・きれい」

「だろ?」





「おやおや。随分と褒められていますね、アッシュの”髪”」

「あんな、まるで『自分が褒められてる』ので嬉しいんだ、見たいな顔で笑ってるよ〜」

「確かに、アッシュの髪は綺麗だと言えなくも無いわ」

「そうですわね」

「口調は置いといて、だよな」

「・・・・・・・」

四人から向けられてくる視線。アッシュはそれを必死に感情を御して耐える。どうせ眼鏡のことだから「髪」と強調
したのは自分をからかう為なのだろう。ルークの笑顔について言って来るこのガキも多分その類の考えだ。
ガイだってそうに違いない。・・・ヴァンの妹とナタリアの言葉の真意は掴みかねるが。

何だって俺がこんな役目に回されなくちゃならない。

未だ向けられてくる視線をなるべく気にかけないように努力する。

それにしたってどうにも納得のいかないアッシュは、憤然とした表情でルークと少年を見やっていた。





「ルカ!」

「あ・・・」

「ん・・・?」

聞き覚えのない名前を呼ぶ声に少年がピクリと反応する。
ルカ。それがこの少年の名なのだろう。ルカに手を振りながら、しかし何処か強張った表情をして近づいてくる女
性の姿があった。
女性はルーク達がいる所より若干離れた場所で足を止めルカの名を再び呼ぶ。その声音には有無を言わさない
響きがあり、それを感じ取ったのかルカは女性のほうへと歩いていく。途中、ルカは振り返りざまに「ばいばい・・・
おなじひと」「・・・」ルークへと小さく手を振り、女性に手を引かれるまま今度は一度も振り返ることなく、街中へと
消えていった。女性は最後までルークたちと視線を合わすことは無かった。
ルークはそれを見送りながら、微かに苦笑を漏らした。

おなじひと、か。やはりレプリカ同士では何か直感で解るものがあるのか。

あの少年―ルカは見た目より言葉が拙く感じられた。恐らく『生まれて』からまともに言葉を教わる事も無く、過ご
してきたのだろう。この街に居場所を与えられ、漸く言葉を教わり始めた。そんなところか。
ルークはそんな風に推測だてる。
思案しながら街の様子を見ていると、先ほどからチクチクとレプリカたちから余り友好的ではない視線が向けられ
ている事に気がついた。何で何だと困惑気味に仲間を見ると、微かに彼らの表情に翳りが入った。その中で唯一
ジェイドだけが眼鏡に指を掛けながらルークの隣に歩み寄って来る。背の高い軍人を僅かに見上げる形になる
ルークは顔を上げて、彼の言葉を静かに待った。

「ここに居る大半のレプリカたちは人間によって手酷い扱いをされてきた者が多いんですよ。だから私たちの来訪
は、そう良くは思われていないんです」

「でも・・・誰もが皆って訳じゃないことは、ここの人たちは解ってるんだろ?」

「解っていても、過去に自分たちを物同然として扱ってきた同類を許せるわけじゃないのでしょう」

「・・・そうか」

ぎゅっと拳を握り締めながらジェイドの言葉に耳を傾ける。

「我々も不定期にですが、此処へ訪れる事がありましたが、その度に言葉が達者な方には大分暴言を吐かれま
したね」

何処であんな言葉を覚えたのか、ジェイドは肩を竦めながら軽口を叩く。

女性陣の表情が暗いままな辺り、暴言を言われたのは本当の事なのだろう。どうしてもジェイドの口から訊くと胡
散臭く聞えてしまう。それを以前口にしたら、ネチネチと通常より嫌味度が増したお言葉をジェイドから貰った記憶
があるルークは、思わず零れそうになった本音を慌てて飲み込んだ。




「では、この街の代表者さんの所へ向かいますか」

話を打ち切り、ジェイドはそう言うと街中へと歩き出す。その後に仲間達も続き、一番後ろをルークは着いて行った。
爪先が動くのを眼に映るままルークが歩いていると、隣に気配を感じ顔を上げる。
そこには親友が微笑んでいた。
ルークはその余りにも穏やかな微笑みに少しだけ顔を歪める。泣きそうな顔をしながら、しかし必死に涙を零すま
いとする赤毛にガイは何を言うでもなく、頭の上に手を置いた。
ポンポンと子供をあやす様に置かれる大きなその手は、ルークの抱いている不安を持って行ってしまう様で。
その温かさにルークはそっと目を閉じた。








俺にはこんなにも俺のことを思ってくれている仲間がいるのに、どうして此処の人たちにはそれが居ないのだろう。




















レプリカの街に到着。大丈夫かこの連載・・・。
アッシュが一言も喋らずに、最後はガイルクっぽい
雰囲気で終わってしまってるよ・・・!!

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