<forget-me-not番外編―俺の想いは何処へ行く>





アッシュと一緒に帰ってきたルークは、少し雰囲気が変わった。・・・様な気がした。
髪が以前よりも長くなっていて、アッシュとルークが隣り合わせに並んだら余り区別が付かなくなる。
まぁ、俺はそんのもの直ぐに解るけど。
二年振りに再会したルーク。
タタル渓谷で待ちわびたルークの帰還。
ただ翡翠の双眸は俺を映さずに、何処までも己の被験者の姿を追っていた。

別に知らなかったわけじゃない。
ルークがずっと前からアッシュに想いを寄せていた事を。
旦那と少し酒を飲んでから宛がわれた部屋に行くと、ルークは既に寝ていて時折寝言を呟いていた。
昼間に戦闘があってその相手が人間だった日には、悪夢に魘されて寝苦しそうだった。だから俺は静かにあやす
様に赤毛を撫でてやる。暫くすれば荒かった寝息も穏やかになり、微かに口元が笑みの形になる。
その唇から紡がれる名前を訊いた時、俺は急激に体温が下がっていく感じがした。



「有り難う、・・・・・・アッシュ」










バチカルにルーク達が戻ってきて二日目の朝。
仲間全員がファブレ公爵家の応接間に集まる予定だった。
俺が応接間に着いたときは既にアッシュの姿があった。
アッシュは相変らずの仏頂面で、俺が部屋に入ってきたのを視界に認めるなりふんと鼻を鳴らす。
その態度に俺は苦笑する。
つっけんどんな態度なのはこちらも同じだったが、朝っぱらからだとなんだかなぁ・・・。
アッシュには近づかない方がいいな、そう判断して俺は入り口付近の柱に凭れ掛かり、他の仲間の到着を待つ。

広い応接間に人間が二人居るのに会話も無く時が流れていく。
このまま無言の時が過ぎるのかとぼんやり考え始めた時、アッシュの声が聞こえた。
ゆっくりと視線を向けると、アッシュの唇が動く。

「お前は・・・アイツが帰ってくることを信じて待っていたのか」

「信じていたよ。ずっと」

嘘偽り無く簡潔に答えた。アッシュが一瞬何かもの言いたそうに唇を再度開きかけるが、直ぐに閉じてしまった。
彼らしくない行動に、俺はどうしたと訊いた。アッシュの翡翠が俺を見返しながら、漣のように揺れた気がした。

「・・・・・アイツの生還を待つだけだったのか」

「・・・どういう意味だ?」

何を言わんとしてるのかが直ぐに解ったが、意地悪く再度問うと、アッシュの顔が赤くなった。

「もういい!」

怒鳴るように言ってアッシュがそのまま顔を背けてしまう。
少し鹹かっただけなのに直ぐ怒る。そういうちょっとした所がルークと似てるんだよなぁ。

「ちゃんと、お前たち『二人』の帰りを持っていたよ」

まさか二人別々の身体で帰ってくるとは思わなかったけどな。

そう告げると、そっぽを向いていたアッシュの肩がピクリと揺れた。
再び舞い降りる静寂の中に

「・・・・・・・・・・・有り難う」

小さな小さなお礼の言葉が聞こえたが、これは言った本人の為にも、聞こえなかった事にしておこう。





漸く仲間が揃い、後はルークが来るのを待つのみとなった。
アッシュの元にはナタリアがいる。
腕を組んで相槌を打つ姿はルークと似ても似つかない。
表情も少ないから余り感情が読み取れないで大変だよなナタリアも。
アッシュとナタリアの様子を見ながら考えていると、ガチャリとドアノブが回される音が聞こえてきた。
同時に朱色の髪が見え、俺は入ってきたルークに笑顔を向けた。
ルークも笑顔を返してくれたが、その瞳は直ぐにそらされてしまった。

途端、俺の胸が小さく痛んだ。

恐らくルークの双眸が映しているのは彼だろう。
アッシュが現れる前はずっと自分を頼りにしてきてくれていたのに。
今ではルークはアッシュの後ろ姿ばかりを追っている。

アッシュさえ居なければルークは俺を見ていたはずなのに。

ドロドロした感情に捲かれてアッシュに殺意さえ芽生えてくる。
でもその感情を押し殺して、必死に自身を制御する。

別に俺がルークに想いを告げたわけじゃない。
だからルークもそれに気が付かない。
でも気が付いて欲しかったと思うのは俺の我が儘なんだろうか。

だが何よりも許せなかったのはアッシュがルークの想いに気がついていない事だった。





旅先で時折会う度に、ルークはくるくる回る表情でアッシュに会えたことを全身で喜ぶ。
隠しもせずに喜ぶものだから、凡そこういった事に鋭いアニスとジェイドは訳知り顔で、全くやれやれと
二人して肩を竦めていた。そして旦那から向けられてくる良いんですか取られちゃいますよみたいな視
線が痛かった。取り敢えずその場凌ぎで笑って誤魔化していたけど大して意味は無かっただろう。





宿で部屋割りがアッシュとルークの二人になったとき、俺は何としても阻止したかった。
アッシュがルークの気持ちに気が付いていない以上、そんな事は無いだろうがそれでも用心に越した事は無い。
部屋を変えてくれるように頼もうと旦那を振り返ると

「ガイ〜貴方の要望に応える事は出来ませんので悪しからず」

語尾にハートマークが付きそうなぐらいの声音で爽やかな笑顔と共に先手を打たれて撃沈された。



それからベルケンドで宿を取ったその日の夕方。
アッシュが一人宿の食堂に居るのを見つけた。
ルークの居る部屋に行くのが嫌なのか・・・。

近付いていくと、胡乱気な双眸がこちらを見た。
あからさまに嫌な顔をされたが特に気にしないで話しかけた。
アッシュのこういう態度はいつもの事だ。

「何してるんだ?」

「別に。お前には関係ない」

テーブルに着いていたアッシュの向かいの椅子に勝手に座り、真正面から向かい合う。
俺が座ると、アッシュが眉間の皺を深くした。

「何の用だ」

「いや。一人で寂しそうだったから」

笑いながら言うと、アッシュがすかさず誰が寂しそうなものかと怒鳴りつけてきた。
それをまた笑いながら流して、俺はテーブルに片肘を付いた姿勢のまま、アッシュとは目を合わせずに告げた。

「ルークの気持ちに気が付いているんだろう?」

アッシュの肩が微かに揺れたのが視界の端に入った。


寝言でアッシュの事を呟くのは俺も旦那も知っている事。
悪夢を見ていなければ、ルークは夢の中でいつもアッシュを呼んでいる。
恐らく既にアッシュもルークの寝言を聞いているはずだ。


「寝言、聞いただろ?」

「・・・だったらどうした」

頑なに自分を閉ざすアッシュに、いや、本当に解らないのか。
真っ直ぐ先を見据えているようで、実際には曇りがかっていて先を見通せていない翡翠色にふつふつと苛立ちが
込み上げてくる。だから、俺は言ってやった。

「お前がルークの想いに応えないままで居るって言うんだったら、ルークは俺が貰うぞ」

感情を消した声音ではっきりと告げる。

「俺はずっとルークが好きだった。だけどルークはアッシュが好きなようだったから俺は何も告げないで居た」

でももう遠慮は必要ないよな、そう言い置いて俺は立ち上がった。
アッシュは立ち上がった俺を見もせずに沈黙を保ったまま、ずっとテーブルの木目に視線を注いでいた。

反応を示さない赤毛に俺は小さく溜息を吐いて、その場から立ち去った。

・・・何となくアッシュの背中を押してしまったような気がしたのは、食堂の入り口で、楽しそうに口端を吊り上げて
いるジェイドの姿を見た後だった。




















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