<貴方からの呼び声>





少し街並みから外れたところに建てられた一軒の家。
街から続く一本道には木が並んで植えられその木の下には小さな花壇が置いてある。木以外に障害物は無く、
赤い屋根は遠く離れた場所からでも目立っていて良く見える。その家から勢い良く一人の少年が出てきた。少
年の後を追うように金髪の青年が現れる。街へ向けて元気に歩き出した少年は家の屋根と似た朱の髪色をして
いた。朱色の髪は襟足の辺りで短く揃えられているが、面白い形に跳ねている。後ろから追いかけてくる青年に
呼ばれて、少年は振り向いた。大きな翡翠色の瞳が金髪の青年を映し出す。少々早足で追いついてきた青年
は人の良さそうな柔らかい雰囲気の持ち主だった。常に少年の傍に居て面倒を見てくれる保護者であり、良き
親友だ。少年は立ち止まってぷぅと頬を膨らませ文句を言う。

「何だよガイ、急がないとセール終わっちゃうんだろ?」

ガイと呼ばれた青年は「それはそうなんだけどな」と困ったような笑みを浮かべて前置きし、ポンと少年の頭に手
を置いた。

「ルーク、準備って物があるだろ」

「あ・・・」

目の前に出された小さいメモを見て少年―ルークは小さく声を上げる。それから済まなそうに眉尻を下げ、ガイを
上目遣いに見た。

「・・・ごめん」

「いや、良いって。・・・それより」

素直な謝罪に笑顔で応じたガイの穏やかだった表情が一変し、鋭さを湛えた瞳で傍にある木を睨んだ。
ルークを庇うようにして前に立ち、腰に下げていたポーチから護身用のナイフを取り出す。

「貴様、何の用だ」

低く吐き出されたガイの言葉にルークははっと息を呑む。ガイの服をぎゅっと掴んで木の後ろから姿を現した男を
凝視した。男は一度ガイを見てそして隠れるように彼の背後に居るルークへ視線を向けて口端を持ち上げた。

「私は勧誘に来たのだが。どうだルーク、私の元へ来る気は無いか?」

「・・・・・・、いや、です」

「そうか。・・・それは残念だ」

男は言葉とは裏腹に残念がっている様子も無く言うと、突然虚空から剣を取り出しガイへ襲い掛かっていった。警
戒していたとは言え、咄嗟の反応が出来ずガイはルークの身体を反射的に突き飛ばした。ルークは勢い余ってつ
んのめり、受身を取れず転んでしまう。

「・・っ、ガイ!」

掌が擦り剥けたがそんな事を気にしている余裕など無い。四つん這いの姿勢のまま慌ててルークはガイを見て、
絶句した。

「・・が・・・い・・・」

「ふん」

ガイの背中から突き出た赤く滑った光を放つ剣先。男は無表情にそれを引き抜いた。ガイは呻きも上げず地面へ
崩れ落ちる。ルークは愕然とその光景を見ていたが、我に帰ると倒れ伏したガイの前へ男を牽制するように両手
を広げて立ちはだかる。伸ばされた指先が微かに震えているのを目敏く気付いた男は声を上げて笑う。ガイの血
で濡れた剣を一振りし、付着していた赤を払う。そして目前で必死に睨みつけてくる少年の顎を掴み、引き寄せて
耳元で囁いた。

「精々気張ることだな、ルーク。そして私を楽しませてくれ。・・・アッシュのようにな」

「・・・・・・!!アッシュを、知ってるのか?!」

鼻先で動揺に揺れる翡翠の双眸に男は口元を歪める。掴んだ顎から手を振り解こうともしないで逆にしがみ付い
て来る赤毛に甘い誘惑の言葉を吐く。

「あぁ、知っているとも。だから、私の元へ来なさい、ルーク」

単純な子供ほど扱いやすい物だ。ちらつかせた餌に食いついてきた獲物がもう少しで我が手中に納まる、そう確
信しかけた時だった。

「おやおや。無垢な子供を美味しい餌で誘惑するとは、随分と汚いやり方をしますね」

場違いな程にのんびりと放たれた言葉。しかし男は何か気配を感じ取ったのか、ルークから素早く距離を取った。
忌々しげに舌打ちをし、ぎらつく眼光でルークの後方を見つめ、呟いた。

「死霊使い、ジェイド」

「こんにちは」

にこり、と爽やかな笑顔が返される。ジェイドはその笑顔を一瞬にして掻き消し赤い瞳に冷酷な光りを宿らせ、眼
前に片手を翳すと同時に男を見据えた。

「炸裂する光りよ―――エナジーブラスト!」

「くっ・・・!」

詠唱が終わると同時に男を仕留めんと眩い光が炸裂する。それを済んでの所で回避した男は分が悪いと判断し
たのか剣を収めた。

「面白い仲間がついているな・・・。また来るぞ、ルーク。私の名はヴァンだ。・・・忘れるな」

ルークの脳裏に刻み込ませるように言い残し男の姿が溶けるように消えた。
緊迫した空気が消えてもルークは暫く放心して突っ立っていた。
ヴァン。兄を・・・アッシュを知ると言った謎の男。正体の掴めない男だったが、本能が危険だと警報を鳴り響かせ
ていた。ざわつく胸を押さえ、ルークは呻きが聞こえた事に気付き、漸く首だけでガイを見た。倒れたガイの横に
跪いたジェイドが傷の具合を調べながら傷口を押えて止血を施していた。ルークはふらふらと歩み寄りペタンと座
り込んでガイの顔を覗きこんだ。脂汗で張り付いた金髪をそっと払い除けると、ガイが瞼を僅かに持ち上げた。ガ
イはルークを視界に認めると口元に小さく笑みを浮かべた。酷く緩慢な動作でルークの赤毛へ手を伸ばす。ルー
クがそれを受け止めるとガイは再び笑った。その笑顔は明らかに無理をして作っているものだとルークにも一目で
解ったが、それは自分を心配させない為に激痛を堪えて必死に笑っているのだと言う事も同時に解っていた。だか
らルークは自分を気遣ってくれる青年の優しさを受け止め、自分も今出来る精一杯の笑顔を浮かべた。

「何だよガイ、死にそうなツラしてんなよな!」

ホラ、さっさと買いだし行こうぜ、ルークが努めて明るく言えばガイも口元に苦笑を滲ませ、そうだなと覇気の無い
声で相槌を打つ。その様子をガイの容態を含めて少しの間見ていたジェイドが立ち上りルークの名を呼ぶ。ルー
クが仰ぎ見ると、ジェイドはすっと家を指差して淡々と告げた。

「和やかな雰囲気もここまでにしてないとガイが出血多量で死んでしまいますよ?それが嫌なら家に居るティアを
呼んできてください」

「え・・・、わ、わかった!」

死、と言う言葉に敏感に反応したルークは素早く立ち上がると全速力で家の方へ駆けて行った。玄関に飛び込ん
だ赤毛を確認してからジェイドは地に倒れている青年を見下ろした。うつ伏せだった姿勢は傷の具合を調べる時
に仰向けに変えていた。自然、蒼い瞳と視線がぶつかる。目が合うと、青年は気不味そうに視線を逸らした。ジェ
イドが聞こえよがしに溜め息を吐けばガイがビクリと肩を震わす。

「過保護なのも程々に、自分の身をもう少し丁寧に扱ったらどうですか」

「・・・面目無い」

しゅんとなる青年にジェイドが嫌味の一つ二つをプレゼントしようと再度口を開きかけたが、それは音を出さずに閉
ざされた。家の方から慌しく駆けてくる足音を聞き取り、止めたのだ。少女の手を引いて戻ってきたルークに笑い
かけてご苦労様ですと告げ、ガイの周りに広がる血の海に蒼褪めているティアへ治癒術を促す。ティアはくっと表
情を引き締めると応急手当として傷口を押えている布の上から手を翳して意識を集中させた。程なくしてティアの
手が淡い光りを帯びだす。目を閉じて掌へと意識を向けているティアの口元が小さく動いて謳を紡ぐ。五分ほどし
てティアがガイの上から手を退かした。不安げにガイとティアを交互に見ているルークに、少女は淡く微笑んだ。

「大丈夫よ、傷は塞がったわ。けれど暫くは絶対安静ね」

「そっか、ありがとなティア」

心底ホッとしたような表情でルークが礼を言う。ティアはどういたしましてと返してガイの身体をどう運ぶかジェイド
へ訊ねる。それを受けてジェイドは一瞬だけ考える素振りを見せた後、ガイを見て

「ガイですから、自分で歩いてベッドまで行けるでしょう」

いっそ見事とも言える笑顔でのたまった。その言葉にルークとティアは絶句し、ガイは「・・・自分が担いで運ぶの
が嫌なだけだろう」「ガイ〜何か言いました?」「いーえ、何も」ゆっくりと上半身を起こした。慌てて支えに入るルー
クとティアへ大丈夫だと笑いかけ、立ち上がる。塞がったとは言え未だ痛みの残る傷口を押え、微かに顔を顰め
る。しかし歩くのには差して障害にはならないだろうと一歩を踏み出す。だが、踏み出した姿勢でガイは固まった。

「ガイ?どうしたんだよ」

不自然に動きを止めた青年にルークが問い掛ける。ガイはぎこちなくルークを見やり、そしてあははと情けない笑
いを漏らした後

「・・・肩、貸してもらえるか?」

「ばぁーか、無理すんなよ」

呆れる赤毛に済まないと謝れば、ルークは気にすんなと言う。

「・・・それに、その傷は俺を庇った所為だろ。俺の方こそ―――」

次に来る筈の言葉はガイの手に塞がれて音に出すことが出来なかった。目を丸くして何なんだとガイを見ると、ガ
イはいたって真面目な顔でルークを見つめていた。

「お前が謝ることじゃない。俺が勝手に取った行動なんだから、お前が気にすることじゃないんだ」

な?と諭すように言われ、ルークはでもと言い募ろうとした。しかしそれはガイの手だけではなく後ろからついて来
ていたジェイドによって封じられてしまった。

「そうですよ、貴方の気にする所ではありません。それに、生傷の耐えない生活をしているのだから、ガイの負傷
も大した問題は無い筈です」

さらりと告げられた内容はガイに対しては随分な物言いではあったが、それは直ぐに気負ってしまうルークを気遣
ってのものだった。しかしジェイドの言い草が言い草なのでルークはどう返せば良いのか解らず言葉に詰まってし
まう。口を半開きにしたルークにティアは苦笑しなが「ほら、早く戻りましょう?」「あ、あぁ」背中を軽く叩いて先を促
す。前を行く三人を見つめながら、一人ジェイドは空を仰ぎ見てポツリと呟いた。

「これは、一波乱起こりそうですね・・・」

足を止めていたのに気が付いたのかルークがジェイドを呼ぶ声が聞こえてきたので、片手を小さく上げお得意の
作り笑顔も添えて応える。歩き出しながらジェイドはまぁ、そろそろ平和な日常にも飽きてきた頃ですしね、とひと
りごちた。その口元は悪巧みを思いついた子供の見せる笑みに似た形に釣りあがっていた。










***************










「閣下、この後襲撃に向かいますか?」

カツンカツンと暗い通路に足音を響かせながら、ヴァンと妙齢の女性が付き従うように歩いている。通路の先に
開けた場所が現れそこには一人の少年が立っていた。
少年の姿を見てヴァンは口元を歪めながら言った。

「いや、まだ準備がある。襲撃するのは当分先だろう。・・・下がって良い」

ヴァンの言を受けて女性は一礼し音も無く消える。
佇んでいる少年へ歩み寄り、ヴァンは優しく手を引いて更に奥にある自分の部屋へ向かう。部屋に入ると、少年
は不意にピクリと身体を震わせた。少年が身を震わすのと同時に見事な紅の髪が焔の様に揺らぐ。
虚ろな翡翠の瞳は焦点を合わさないままヴァンを映し出す。まるで人形のような少年の口元が時折音にならな
い音を紡ぐ。

「・・・く・・」

「ほう、解るのか・・・?」

ヴァンは面白そうに少年を見やって、その赤毛に手を伸ばす。紅色を一房掴み、それに唇を寄せてくつくつと笑う。





「―――幕は今、開かれた」























ハルカ様よりリクエスト頂きました
『アシュルクで正義のヒーロー物。アッシュは敵だけどル
ークの兄。ヴァンは敵で赤毛ストーカー(簡略化)』です。
すみません、続きます。
前篇・中篇・後篇の三部作になりそうな感じです。
もう暫しお付き合いを・・・!

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04.05

※この連作はハルカ様のみお持ち帰り可となっています。