貴方からの呼び声





―――ヴァンの来襲より五年の月日が流れた。



街灯の数が少なく夜の見通しが悪いとある街のとある道路で。
赤毛の青年と寄り添うように金髪の青年、そして一人分間を空けて赤い瞳が印象的な男性が並んで立
っていた。三人がいる目先には無数の人影がある。それは街中で逃走劇を展開してくれた今回の標的。
その標的たちと先程まで壮絶な追いかけっこを繰り広げ、逃走者たちがバテだしたのを見計らって制裁
を下すのだったが、どうも隣の赤毛はズレた所でお冠になっているらしい。
制裁を下す理由は本当の所であれば、犯罪を課した悪人を罰する事なのだが。
しかしまぁ、あんなに可愛らしかった少年が今ではこんなに立派になって・・・。
思わずほろりと涙ぐんで目尻を拭うガイにジェイドは小馬鹿にしたように鼻で笑う。横から聞こえてきた
小さな笑いに、ガイはぎっと睨みつけて文句あるかと低い声音で言う。ジェイドはにっこりスマイルで「い
いえ、何にも」受け流す。そんな仲間のやり取りにも気が付かないルークは、肩を震わせて戸惑ったよ
うにおろおろ動いている悪党を睨みつける。

「お前ら!!なぁにやってんだよ、もう悪い事はしないってこの間約束したじゃねぇか!」

少年から青年へと成長を遂げたルークが仁王立ちになって前方へびしりと指を突きつけて叫んだ。
指きりまでしたのに!吼えるルークに相手方はただただ困ったようにあっちへ行ったりこっちへ行ったり
を繰り返している。

「って言うか、指きりかよ・・・」

ガイはジェイドから視線を外してつい突っ込んでしまう。ルークは微妙な顔をして
いるガイをちらりと見て「約束は指きりでするもんだろ!」「誰から訊いた?」「ジェイド!」「・・・旦那」ガイ
は半眼で飄々としている長身へ再び視線を戻す。
向けられた視線を受けながら、ジェイドは悪びれた風も無く相変らずの笑顔で

「さぁ、さっさと片付けちゃいましょう」

語尾にハートマークが付きそうな口調で言ってルークを促した。
グローブを嵌めた手を何回か開閉して最後にパァンと掌に拳を叩きつけ、ルークは言われなくとも、とで
も言うようにふんと鼻を鳴らした。

「悪い事して、挙句に約束まで破りやがって!もう許さないからなっ!!」

宣言通り、ルークは悲鳴を上げて逃げ出す敵方を片っ端から捕まえて容赦ない拳や蹴りをプレゼント
し、ガイもやれやれとぼやきながら参戦する。やけくそ気味に雄叫びを上げて突っ込んでくる悪党その
一をひらりとかわし、たたらを踏んでバランスを崩して隙だらけの首筋に手刀をお見舞いする。ジェイド
も離れた所から詠唱をし譜術で敵を次々と昏倒させていく。やがて十分もすれば動く人影が大分少なく
なり、後三、四人と悪党を追い詰めた時だった。ルークが相対していた悪党の目の前に突如炎が舞い
上がった。反射的に交わしたルークは距離を取って様子を窺う。次第に威力が弱まっていき、炎が消え
たその場には人影が佇んでいた。ルークは今まで相手をしていた者とは違う気配を感じ取り、警戒する。
全身をフードつきのマントで覆った正体の掴めない相手にルークが短く問う。

「何だ、お前」

「・・・」

相手は答えることなく、炎を回避出来ず、自分の目の前に倒れ伏していた男を掴みあげた。何をするの
だとルークが油断無く見ていると、相手はマントの下から剣を取り出した。嫌な予感が過ぎり、ルークは
相手の行動を止めようと走り出す。

「・・・、止めろ―――」

「ぐあっ!」

ルークが静止の声を上げるのと、剣が男の心臓を突き刺したのとほぼ同時だった。
男はビクンと身体を仰け反らしたきり動かなくなる。伸ばした手をそのままに後数歩の距離で足を止め
て愕然としているルークへ相手は剣の切っ先を向けた。骸となった男の身体を捨て、ゆっくりと近付い
てくる。ルークはまるでゴミの様に地へ放り出された男を呆然と見、そして歩み寄ってくる相手を見た。
自分は今まで何人もの悪党と戦ってきたが、一回も相手の命を奪うような事はしなかった。それはある
意味で自分の唯一の信念でもあったから、仲間の中で一番怖いジェイドにも「甘い考えは捨てろ」と何
度言われてもそれを枉げなかった。
だから、目の前で「死」を見るのは初めてだった。
本能が怖いと警鐘を鳴り響かせ逃げろと命令する。
しかしルークの脚は地面に縫い止められたかのように動かなかった。
相手は間合いまで来ると、剣を正眼に構え飛び掛ってきた。動くことの出来ないルークには避けられな
い。反射的に目を瞑った瞬間、キィインと甲高い金属音が響いた。そっと目を開くと、ルークを庇うように
金髪の青年が立って相手の剣を受け止めていた。ガイは足を踏み出して相手を押し返し、すかさず剣
を一閃させた。ガイの攻撃を相手は済んでの所で避けたのか、負傷した様子が無い。ちっと舌打ちをし
てガイが再度攻撃に出る。相手は繰り出されてくる素早い剣戟をことごとく受け止めていく。二人の攻防
を見ていることしか出来ないルークの隣に、いつのまにか来たのかジェイドが立ってむふと顎に手を添
えていた。

「手強そうな相手ですね。―――では」

ジェイドは目を閉じて詠唱に入る。
力があれば。自分がもっと強ければガイの助けに入れるのに!
悔しくて堪らない。強く、強くなりたい。
ルークはガイとジェイドの交互を見てぐっと拳を握り締め俯いた。
ジェイドの詠唱がもう直終わろうとした時、ルークは首筋に生暖かいものを感じて振り返った。

そこには、ガイに重傷を負わせた正体の掴めない敵

「・・・、ヴァン?!」

「憶えていたか、ルーク」

「なっ、離せよ!・・・っ!」

ルークは慌てて逃げようとしたがそれよりも早く腕を掴まれて失敗に終わってしまう。赤毛の声でヴァン
に気付いたジェイドは詠唱を中断して槍を構える。それを嘲笑いヴァンはすぐ傍に居たルークを後ろか
ら抱き締めるように包み込んだ。逃れようとするルークを押さえ込み、ヴァンは耳元で囁いた。

「ルーク。お前を兄に逢わせてやろう」

「嘘つくな!」

「嘘ではない。ほら、あそこに居る」

ヴァンはそう言って前方を指差した。指の先に居るのはガイとフードで顔の見えない相手。

まさか

「そんな」

「良く見ていろ」

丁度、ガイが剣を横凪ぎに払い、それがフードを裂いた。瞬間、暗がりに紅蓮が舞い上がった。続いて
フードの下から露わになった顔に、ガイが攻撃の手を止めて唖然とする。飛び退った相手は鋭い眼差
しでガイを見据えて剣を構え直す。その双眸は翡翠の色をしていた。

ルークと瓜二つの顔。

「や、うそ・・だ、こん・・・な・・・」

ヴァンが喉の奥で楽しそうに笑っている。しかしルークの視線はガイと相対している赤毛に釘点けにさ
れ、呟いた声は掠れて、身体が小さく震え出す。ルークは耐え切れなくなって耳を両手で塞ぎ瞼を閉ざ
して外界を遮断した。現実を受け容れようとしないそのルークの様子を見てヴァンは唇を吊り上げて嘘
ではないと言う。認めたくないルークはいやいやと首を振って訊きたくないと叫んだ。

「違う!アレはアッシュじゃない!!アッシュは、アッシュは人殺しなんかしないっ!」

「では、お前と同じ顔をしたあれは何だと言うのだ」

「っ、そ、それは・・・!」

「今あそこに立っているのは紛れも無くお前の兄、アッシュだ」

目を見開いて呆然とするルークへヴァンは惨酷に冷徹に言い放つ。

「あ・・しゅ・・・」

「そうだ。お前が逢いたくて仕方がなったアッシュだ」

今や抵抗をしなくなった腕の中の赤毛にヴァンは暗示のように繰り返す。次第にルークの瞳から輝きが
失われていく。今度こそ我が手中に収まるとヴァンが笑った時だった。

ガイと対峙していた赤毛がゆらりとヴァンを見たのだ。

正確にはヴァンの腕の中にいるルークを。

そして

「・・・る・・く」

自我など無い筈なのに。アッシュへかけた暗示が解けかかっているのか。
呟きを零すアッシュにヴァンは舌打ちをした。
だが今は暗示をかけ直しているほど時間が無い。

ヴァンはルークを解放し、攻撃のタイミングを計っていたジェイドへその身体を突き飛ばした。ジェイドが
ルークを抱きとめている隙にアッシュの元へ駆け寄り片手を目の前に翳す。

「暫し眠れ」

ヴァンが言うと、アッシュはふっと瞼を閉ざしその場に崩れ落ちた。
青年の身体を抱え、ヴァンは気絶しているルークを一瞥して笑い姿を消した。















「いやぁ、重症ですね」

「・・・あんたが言うとそうは思えない」

「そうですか?これでも重く受け止めているつもりなのですが」

ひとまず地面に転がった悪党どもを片付け、意識を失ったルークを家まで運んで一息ついていた中で
ジェイドが言い、ガイが半眼で突っ込む。ジェイドは笑いながら肩を竦めて見せて、冗談はともかくと態
度を切り替えた。レンズ越しに光る紅はベッドで横たわる赤毛を見据えていた。

「何が目的なのかは知りませんが、ヴァンは執拗にルークを狙ってきています。そこで!」

ジェイドは言葉を区切ってビシとガイに指を突きつける。ガイが若干仰け反りつつ何なんだと叫ぶと、死
霊使いは悪戯を思いついた子供の見せるイイ笑顔で

「囮を使って誘き出してこちらから潰しに掛かりましょう」

「・・・・・・」

「・・・それは、笑顔で言うものではないと思います」

絶句して言葉が出ないガイの代わりに、部屋に飲み物を運んで来たティアが控えめに突っ込みを入れ
た。










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「・・・っ!ざけんな!!」

薄暗い室内に怒声が響く。続いて何かを殴る鈍い音。散らかった部屋の中心で荒れる赤毛の姿を、や
や離れた場所で壁に寄りかかって眺めていたヴァンが口を開いた。

「ふざけてなどいない。さぁ、これは『命令』だ」

「・・・?!」

ヴァンの言葉を耳にした瞬間、アッシュの身体がビクンと大きく跳ねる。見開かれた瞳が一度瞼の下に
隠れ、再び現れる。赤い睫の下から覗く翡翠の瞳は、意思を宿してはおらず輝き失せていた。ヴァンの
言葉が暗示となってアッシュの意思を奪い、思うが侭に操る事が出来る。人形のようにその場に立つア
ッシュは次の命令を待っているのか、じっとヴァンを見つめていた。
ヴァンは喉の奥で笑いながら、次なる命令を下す。

ルークとの邂逅はもう果たした。

さて、次は・・・





「          」



アッシュは無言のまま頷くと、扉の向こう側へ姿を消す。
残されたヴァンは一人くつくつと笑い続けていた。





















・・・微妙な展開。しかし次でラストです。
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04.16

※この連作はハルカ様のみお持ち帰り可となっています。