<one more Chance! 〜Mission 1〜>
「よぉ、目が覚めたか?」
「・・・・・・・」
瞼を持ち上げ視界に飛び込んできたのは己の複製品よりも明るい朱髪の男性の顔。何故か顔面が赤いがそれ
は無視する。しかしへらりと緩んだ表情に、途端、アッシュの眉間の皺が二割増しになった。仰向けに倒れた自分
に覆いかぶさる様な体勢の彼の胸を押して上から退かせる。強引に退かせればゼロスが、乱暴な奴は女性から
モテないぜぇと笑いながら言うのでぎっと睨みつけて黙らせた。頭痛を堪えるようにこみかみをぐりぐりと揉んでア
ッシュは大きく息を吐き出す。そうして周囲へ視線を向けて漸くここが何処なのかに気が付き、目を見開いて絶句
した。
落ち着いた色で統一された建物の内部。高い天井と両側に扉があり、前方には祭壇へと続く階段。
見慣れたこの場所は―――
「ダアト・・・?」
「何、アッシュこの場所知ってるのか」
アッシュが漏らした呟きにゼロスは立ち上がって辺りを見ながら意外そうに言った。
「俺さまにはここが何処なのか全然解らないんですけど」
「当然だ。ここはお前が居た世界ではないからな」
「・・・お前、頭だいじょぶか」
真面目な顔で真剣に問い掛けてくるアホ神子を今度は拳一発で沈め、アッシュは悶絶してのた打ち回るゼロスを
置いて左側にある扉へ向かった。その後をよろよろと殴られた箇所を抑えてブツブツ悪態を吐きながらゼロスが追
う。階段の横の布陣が描かれた場所を通過して更に奥へ進む。ゼロスは相変らず頭へ手をやったままで、物珍し
げにあちこちを見て軽く口笛を吹いた。
「随分な造りをしてるな〜。何なの、この場所」
「・・・ローレライ教団総本山ダアトだ」
「教団ってコトは・・・。これが教会だってのか?」
へぇ、と感心に目を丸くさせたゼロスにアッシュは先程からの苛立ちが頂点に達して振り向き様に牙を剥いた。
「いちいち五月蝿ぇんだよ!大体、どうしててめぇが俺と一緒に居るんだ!このア―――」
「はーいはい。わかったからちょっと黙ろうね〜」
お客様だよ、アッシュの背後を指差して自分の怒声を軽く流した朱髪にアッシュは収まらない苛立ちをそのままに
指先が示す方を見た。示された先には腰に手をあてて佇む一人の少年がやや呆れた雰囲気を出して立っていた。
深緑色の髪と表情を隠す仮面が特徴的な六神将の一人、烈風のシンク。
「シンク?何故お前がここに・・・」
「全く。何故お前がここに、じゃ無いでしょ。これからタルタロスを襲撃に行くんだよ。・・・まさか鮮血のアッシュとも
あろうお方が命令を忘れた訳じゃないよね」
相変らず意図的に人の神経を逆撫でするようなシンクの口調。アッシュが訝し気に眉間に皺を寄せたのもお構い
無しに用件だけ告げるとシンクはアッシュの言葉も待たずに、さっさとしてよねと言い残して去った。シンクが居な
くなり、ゼロスは生意気なガキだなとぼやいてアッシュへ訊ねた。
「あのガキ知り合いなの?」
「タルタロス・・・襲撃、だと」
「お〜い、アッシュ君?」
「まさ・・か・・・」
ゼロスがアッシュの目前で手をひらひらさせてもアッシュはまるで気付いた様子も無く一人考えに没頭していた。
そしてその表情が徐々に驚きの一色で染め上げられていく。常時ある眉間の皺が無くなる程にアッシュの表情が
変化したのを見てゼロスは珍しいものが見れたなと割とどうでもいい感想を抱く。ぽけっと突っ立っていたゼロスの
方、つまりはもと来た道へアッシュは身体を反転させて走りだした。ゼロスは一時ポカンとしてから慌てて追いかけ
る。一体何なんだと状況説明を求めても前を行く赤毛は何も答えない。ゼロスは小さく舌打ちをして次いで盛大な
溜め息を吐いた。
ロイド君は俺さまの事心配してくれてるかなぁ・・・。してくれてないと俺さまショックで泣いちゃう〜。
教会の中を走り抜けながら前方でアッシュが「おい、シンクの奴はどこに行った?!」と声を荒げて通りすがりの
参拝者に問い詰めているのを見ながらゼロスは軽く現実逃避をしていた。
* * * * *
今の状況をよーく理解しよう。その前に一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせて。
まず、今居る場所はタルタロスの艦内。左側に緊張の糸を張り詰めたティアとジェイド。その後ろにアニスとイオン
が居る。で、俺の正面にはデッカイ図体の黒獅子ラルゴ。ついでに俺の首元ギリギリにはラルゴの大鎌がある。
「・・・どうしよう」
やっぱり夢じゃないんだよな、これ。
夢だって事を頭の隅でちょっとだけ望んでいたんだけど、ミュウがチーグルの森で俺を見た瞬間に「ご主人様〜
っ!」って飛び付いて来た(反射的に叩き落したけど)のもあるから、望みは既にゼロに近いか。
アッシュが落ちたのを慌てて追いかけて、気が付けば目の前に居たのはアッシュじゃなくてティアだったんだもん
な。まじビビッた。訳解んなくて取り敢えずティアの後をついて行けば、記憶にあったりする既視感に気が付いて。
今の状況に至る訳だ。
「ミュウ、天井へ火を!」
ジェイドの声にルークは飛ばしていた思考を引っ張り戻した。ミュウは言われた通りにミュウファイヤを音素灯へ向
けて噴いた。炎に反応して輝きを増し、それを直視してしまったラルゴが腕で顔を庇う。その隙を逃さずジェイドが
懐に飛び込み、アニスがイオンの手を引いてラルゴの横を駆け抜ける。ラルゴが阻止しようとする前にジェイドは
具現化させた槍で巨体を貫いた。まるで時間が止まったかのようにラルゴが動きを止める。ジェイドは無表情で槍
を引き抜いて霧散させた。一歩後ろへジェイドが後退すると同時に巨体が大きな音を立てて倒れ込む。その一部
始終をルークはぼんやりと眺めていた。と、座り込んでいたルークへジェイドが声を掛ける。ぎこちなく首を動かし
赤の瞳を見返す。感情の読めないのは相変らずで。ルークはわかったと言って立ち上がり階段へ向かった。
腰にある剣の柄を硬く握り締めて。
敵を退けながら甲板へ出て艦橋へ向かう。
ティアが譜歌を詠い神託の盾騎士を眠らせる。仰向けに寝転んだ兵士を跨いでジェイドがティアを呼ぶ。
「タルタロス奪還を手伝ってください」
ティアは硬い面持ちで首肯した。声の掛からないルークは兵士を見つめたまま何も言わなかった。何処か様子の
違うルークに違和感を抱きつつジェイドはルークに見張りをするように言うと、赤毛は翡翠の双眸でジェイドを捉え
僅かな間の後に小さく頷いた。
「お前も付いて来い」
アッシュはゼロスに一切の拒否権を与えない命令口調で言った。その上から物を言うアッシュの態度にゼロスは
鼻の頭に皺を寄せたが、自分の置かれている現状を考えるとアッシュの言う事を訊いておいた方が賢明かと判断
して渋々頷いた。
そして現在。
草原を走るタルタロスにアリエッタの操る魔物の背から飛び降りるという初体験を済ませ、ゼロスは下の様子を窺
っているアッシュの後ろに立っていた。
「・・・いた」
「ん〜・・・?誰が」
無意識に呟いてしまったのか、アッシュがぽつりと零した言葉に引かれる様にゼロスはアッシュの上から下の艦
橋を見下ろした。そこには赤毛の青年と甲冑に身を包んだ兵士が対峙している光景があった。風が強い所為で靡
く自分の髪を鬱陶しげに抑えながら、ゼロスが「あれ、ルーク?」「・・・」訊ねてもアッシュは答えない。ったく、この
ガキ・・・。半眼でゼロスはアッシュを見て溜め息を吐く。会話をする事を余り好きじゃないらしいのは解っているけ
ど、今の問いかけぐらい答えてくれても良いんじゃないかと思うのだが。ゼロスが話しかけると極端に拒絶反応を
示して大抵は無視を決め込むアッシュはルークが会話相手だと言葉少なげだが相槌を打つ。何て言うか、扱いが
雲泥の差だと感じるのは自分の気の所為なのだろうか・・・。俺何かアッシュに嫌われるようなことしたかぁ?と本
気で考えてみても思い当たる節は無くて。もうお手上げです。
ゼロスが少しばかり感傷に浸っていると、アッシュが朱髪を容赦なく引っ張って自分の方へ引き寄せた。髪が抜け
るとゼロスが文句を言う前にアッシュが口早に
「アイツを助ける。協力しろ」
再び命令口調で告げられる。
助けると言っても、あんな雑魚兵士の一人二人はルークの相手にならないだろう。ゼロスが内心で首を傾げれば、
その疑問を読んだかのようにアッシュがゆるりと首を振って違うと言った。
「今の状況だけじゃない。この先に起こる事全てにおいてだ」
その言い方はまるで未来に起こる出来事を知っていると言っているような口調。
果たしてそんな事が実際にあるのだろうか。
けれど今目の前に居るこの青年は決して冗談を言うような人間ではない。アッシュの性格は大方解ってはいるつ
もりだ。
ゼロスは真っ直ぐに見つめてくる翡翠の双眸から視線を外して肩を竦めてみせた。
「良いぜ、協力する。ただし」
前屈みになっていた体勢を元に戻し、アッシュの鼻先に指を突きつけてゼロスは片目を瞑って笑った。
「俺さまにちゃんと何がどうなっているのかを説明してくれるのが条件だけどな」
アッシュは悪戯っぽく笑む異世界の神子を見つめ、釣られたようにふっと笑みを浮かべて頷いた。
迫ってくる兵士を目の前にルークはぎりと歯噛みする。
この程度の相手を倒してしまうのは簡単だ。自分は師であるヴァンも倒し、別世界でも旅をしてまた格段と強くな
ったのだから。
だけど、むやみやたらと人を手に掛けるのはどうあってもしたくない。
上手い具合に気絶させられたら良いのだが。
ルークが剣を片手に必死に策を巡らせていた時、頭上から声が文字通り降ってきた。
それはとても聞き慣れた声。
思わず目の前の敵から視線を外してルークは天を仰ぎ見てしまった。
「・・・っ?!」
「ルーク!」
突如上空から降ってき赤髪の男が二人。内一人はルークと対峙していた兵士の上に着地してそのまま昏倒させ
てしまうという荒技をやってのけた。もう一人は唖然としているルークの元へ駆け寄るなり彼の身体を抱き締めた。
熱い抱擁に再度目をパチクリさせたルークは呆然とした声で呟いた。
「あ・・・しゅ・・?」
「あぁ、俺だ。・・・心配かけたか」
名を呼べば身体を放して微笑む半身の姿。
良かった、無事だったんだ。
目の前にあるアッシュの顔を見てそう安堵した途端、涙が溢れてくる。それは堰を切って流れ出しルークは顔をく
しゃくしゃにして泣き出した。うわあああぁぁあん、と声をあげ、アッシュの胸へ額を擦り付けて涙を流す。アッシュは
苦笑を零しながらあやす様にルークの赤毛を優しい手つきで撫でる。もう片方の手は互いの手を握り締めて離さ
ないまま。
再会と無事を確認して喜び合っている赤毛たちの脇で気絶した(正しくはゼロスが”させた”)兵士の上に腰を下ろ
したゼロスは頬杖をついて面白く無さそうにその光景を眺めていた。
「俺さま猛烈に疎外感を感じるぜ・・・」
アッシュとゼロス。ルークはミュウと仲間たちと一緒に居ました(過去形
で、被験者とアホ神子は仲がよろしくないようです。
ロイド君登場はもうちょっと先になるかもしれません。
next→
04.21
※この長編は疾風丸様のみお持ち帰り可となっています。