<one more Chance! 〜Mission 4〜>
「―――それで。説明をしてくれますよね、ルーク」
レンズ越しに眇められた紅の双眸をルークはしっかりと受け止めながら小さく頷いた。
「ゼロスのことは・・・、少し前に知り合ったんだ。別に悪い奴じゃない」
「いつ、何処で知り合ったのですか?」
「・・・・・・えっと、あ!エンゲー―――」
「ブ、では私とずっと一緒にいたでしょう?」
「そうだった・・・」
「ルーク、はっきり言ってください。そうでないと信用はゼロのままですよ」
ジェイドとティアから追及され、ルークは上手く言い交わせずにおろおろしてしまう。
自分の口からゼロスの事やこの世界の未来を話すのは無理だ。せめてアッシュが居て二人で同じ事
を言えれば少しは目の前に居る死霊使いに信じてもらえたかもしれないけど。ルークは途方に暮れて
ちらりとガイを横目で見てしまった。これは過去、旅をしていた時の癖だった。いつも自分が上手く切り
返せないと、ガイへ助けを求めてしまう。しかし今は、その旅をしていた時とは違うのだ。ルークはそれ
に気づいて急いで視線を逸らしたが、幼馴染はルークの頭に手を置いて、まぁ良いじゃないかとジェイド
とティアの二人に言った。
「ルークは嘘をつかない。悪い奴じゃないというのなら、今はそれだけでも十分なんじゃないか?」
「ガイ・・・」
ガイのフォローに思わず嬉しさが込み上げてくる。いつだってガイはこうして俺を助けてくれるんだ。
「でも・・・」
しかしティアがなおも食い下がろうとすると、それまで黙っていたイオンが静かに口を開いた。
「僕もルークがそう言うなら良いと思いますよ。害はなさそうですし」
ゼロスを見てイオンが微笑みかける。さらりと酷いこと言わなかったかこのガキ。ゼロスは緑髪の少年
へお得意の愛想笑いを返してしかし胸中で悪態をつく。まさか彼が最高指導者の導師イオン様で在ら
せられるということを、この世界に来たばかりのアホ神子が知る由も無いわけなので、そこはご愛嬌。
不機嫌そうに鼻を鳴らした背後のゼロスに、珍しく察することが出来たルークは苦笑する。それから表
情を引き締め、未だ疑いの眼差しを向けてくる軍人二人に頭を下げた。
「頼む、信じてくれ」
その行動に驚いたのはガイだった。隣で腰を折って深く頭を下げるルークの姿なんて今まで一度も見
たことが無い。傍若無人に振る舞い、決して他人へ頭を下げるなんてしなかったあのルークが・・・。
本当に少しだけ見ぬ間に人が変わったようだ。
真摯に頭を下げたままのルークに戸惑いを見せるティア。ジェイドは見定めるようにルークから視線を
外さない。ガイもイオンもただ見守ることしか出来ない。そんな状態が幾ばかりか過ぎた頃、大げさな溜
め息が気まずい雰囲気を打ち破った。
「もういいって、ルーク。このオッサンが俺さまを信用ならねーって言うんならしょうがないっしょ。追いや
られたとでも言ってアイツの方に戻るわ。・・・お前がそこまで頼み込む必要は無いから」
ゼロスはすっとしゃがみ込んで地面を見つめるルークの顔を下から見上げる。唇を噛み締めて、翡翠
の双眸を潤ませたルークにゼロスは馬鹿だなぁと小さく笑って赤毛の頬に手を伸ばした。俺なんかの為
にそこまで必死になる必要は無いのに。ゼロスが白く柔らかい頬に指を這わすと、ルークはぎゅうと顔
を歪めて呟いた。
「違う。確かにゼロスの為かもしれないけど、これは俺の我侭だったりもするんだ」
「我侭・・・?」
「ゼロスにも、俺の『仲間』と仲良くして欲しいんだ」
別世界で沢山世話になった知的なリフィル、頭脳明晰なジーニアス、心優しいコレット、他の皆・・・。
事情を話さない俺たちを、皆は受け入れてくれた。
俺にしてみても皆は大切な『仲間』だった。
そして、今この場に居る人たちは皆この世界での俺の失いたくない『仲間』。
どちらも天秤にかければ釣り合ってしまって、一方を選ぶことなんて出来ないくらいに大きな存在。
そんな大切な人たちが、貶し合ったりする様を見たくは無い。
だから、どうか
「皆・・・俺の大切な人だから」
ぽた、とゼロスの頬に雫が落ちた。ゼロスは呆然とルークを見上げたまま、言葉が出ない。
切実な想いが込められた少年の言葉。
大切な人。仲間。
それはゼロスの心の奥底に染み渡り、広がっていく。
ルークの想いが解らない訳ではないからこそ、この赤毛の頼みを無碍には出来なかった。
ふっと口元を緩め、ゼロスはルークの首に腕を回して肩口へ引き寄せた。微かに驚いた気配が伝わっ
てきたが、ゼロスはお構いなしに少年の体を抱きしめる。
「ったく、ルークには適わないよなぁ」
「ゼロス・・・」
「そこまで言うんだったら、俺さまはルークと居る。とりあえずそれで良いだろ?」
「ん、ありがとう」
身体を離し濡れた瞳で笑みを見せたルークにゼロスが、よしとジェイドへ向き直り、冴え冴えとした蒼の
瞳でジェイドを捉えた。
「信用なら無いって言うんならそれでも良い。だけど俺はルークと一緒に居る」
殊更に「ルーク」という部分を強調してそう告げる。それを訊いてジェイドは肩を竦めた。
「・・・好きにしてください」
短くそう告げるとジェイドは話を終わりだと言わんばかりに手を叩いた。
「明日は沢山歩きます。少しでも身体を休めましょう」
パチン、と焚き火が爆ぜる。その音と一緒に傍からはすぅすぅと静かな寝息が聞こえる。
ガイは焚き火へ枯れ枝を放り入れてルークを見た。
また一人、旅の同行者が加わるということでひとまず話が落ち着くとルークはすぐに寝に入ってしまっ
た。
外見からして人の言葉を訊き入れなさそうな青年が、困ったように笑ってルークを優しく抱きしめるのを
見て、ガイの胸中に燻った炎が燃え広がった。あの青年が立っている場所は、本当なら自分が居るは
ずなのに。だがガイは頭を振ってその考えを吹き飛ばそうとした。
違う、ルークは復讐すべき公爵家の息子なんだ。こんな、こんな感情に囚われていては駄目なんだ・・・!
拳を額に押し付けガイは硬く瞼を閉ざした。
「ホント、健気だよなぁルークって」
そう思わない?明るい朱髪の青年に唐突に訊ねられ、ガイはハッとして顔を上げた。焚き火を囲んで向
かいに座るゼロスが首を傾けてガイの隣で眠る赤毛を指差す。ガイは逡巡した後、小さくあぁと頷いた。
示されたルークに顔を向け、目元にかかっていたルークの前髪をやさしく払い除けてやりながらガイは
慈しむように髪を梳く。さらりと指の合間を流れる赤毛は綺麗だった。そのガイを見ていたゼロスは膝の
上で頬杖をつき、思ったことを何気なく口にした。
「随分ルークに想い入れがあるように見えるんですけど」
「そうだな・・・。ルークは、俺にとって、とても大きな存在だ」
それこそ、生き方を左右されてしまうほどに。
ガイはルークからゼロスへ視線を流して自嘲気味に笑った。
「なんて、少し大袈裟かもしれないけどな」
「・・・・・・」
「ゼロス?」
「大きな存在、ね」
小さく零されたゼロスの言葉はガイには届いていない。控えめに名を呼ばれても返事を返さないまま、
ゼロスはそっと眼を伏せた。
そこで二人の会話は途切れた。
* * * * *
ぎこちなくぎすぎすした雰囲気のまま歩き進めて数日後、セントビナーを経由してアニスがカイツール
軍港へ向かっているのを確認しフーブラス川をもう少しで抜けるという所まできた時だった。
不意に足を止めたゼロスが眼を細めて空を見上げた。その刹那、上空から降ってきたライガが咆哮し
て襲い掛かってきた。小さく舌打ちをしてゼロスは剣を抜き様に魔物の身体へ斬りつける。襲撃に気づ
いた面々が戦闘体制に入るが、ルーク一人だけが剣を抜かずにいた。ライガと共に姿を現したのは今
にも泣き出しそうな表情をした桃色の髪の少女だった。ジェイドは槍を出現させて苦々しく吐き出す。
「妖獣のアリエッタ、ですか・・・」
「アリエッタ!止めて下さい!!」
ティアが背後に庇っていた場所から前へ出てイオンが言う。しかしアリエッタは手にしたぬいぐるみを強
く抱きしめて首を横に振った。ルークを見つめる少女の瞳は憎悪に燃えていた。ゼロスはアリエッタの
強い憎しみを敏感に感じ取り、向けられているルークを振り返った。ルークは未だ剣を鞘にしまったまま
突っ立っていた。
「その人たちは・・・アリエッタの敵!アリエッタの・・・ママを、殺した・・・!!」
「・・・・・・っ」
悲痛とも取れるアリエッタの叫びにルークが大きく反応する。ビクリと身体を震わせ、小さく開いた唇か
ら声にならない声が漏れる。しかしアリエッタの言う母親が何物なのかが解らない他の仲間たちは訝し
げに眉をひそめるだけだった。
「殺したって・・・私たちは女性を手にかけてなんて―-―」
「嘘、殺したもん!アリエッタはあなたたちを許さない!・・・殺します!」
アリエッタの言葉を合図にライガが再び咆哮して飛び掛ってきた。しかし、それは突然響き渡った轟音
と同時に地面から噴出してきた障気によって阻まれた。障気をまともに浴びたライガは苦悶の呻きをあ
げて地面に倒れ、アリエッタもまた自分の乗っていたライガから振り落とされて地面に叩きつけられ、
気を失ってしまった。地鳴りが轟く中、それに負けじとゼロスが声を張り上げる。
「一体何が起こってんだ?!」
「障気です!早く避難しなければ・・・!!」
イオンの何処か焦った声に、ゼロスは周囲を見回して脱出路を探したが、既に障気が充満していて逃
げ道は無かった。再び忌々しげに舌打ちをして余り使いたくは無かった天使術を詠唱しようとゼロスが
息を吸い込んだ。それよりも先に、澄み渡るように響く旋律が辺りに流れた。
「譜歌、ですか・・・」
ジェイドが呟き、紡がれる旋律が止むと少女を中心に譜陣が出現し、立ち込めていた障気が霧散する。
唖然とする仲間にティアは青白い顔をして声を振り絞った。
「一時的な防御に過ぎません。・・・早くここから、脱出しましょう」
「大丈夫か、ティアちゃん」
「えぇ、平気よ。有難う」
ゼロスが声をかけると、ティアは小さく咳き込みながら微かに笑んだ。この数日の間で、ティアはそれな
りに警戒心を解いてくれたらしい。初めて見たティアの笑顔にゼロスは不覚にもポカンとしてしまう。しか
し慌てて表情を取り繕いわざとらしくおどけて見せた。
「そうか?レディーはあまり無理するもんじゃないぜ〜?」
「本当に平気よ。それより・・・」
「―――殺しちゃ駄目だ!」
「・・・ルーク?」
倒れ伏しているアリエッタに向かって槍を構えているジェイドと両腕を広げてそれを阻むルークに気が
ついて慌ててそちらへ駆け寄る。ルークは果敢にも死霊使いに向かって吼えていた。
「殺したら駄目だ!別にアリエッタは悪くねぇ!!元々悪いのは・・・――」
「襲い掛かってきたことは悪くないと?・・・それにここで今殺しておかねば後々で脅威になりかねません
よ?」
ジェイドの指摘にルークは言葉に詰まるが、それ以上に殺す、と言う単語に過敏に反応した。
「死んでしまったら、その人はもう二度と戻ってこない。だから・・・なるべくなら人を殺すなんて手段は避
けたいんだ」
そのルークの言葉にゼロスはまただ、と思った。
悲哀の色を浮かべた大きな翡翠の瞳が、短く言葉にして吐き出した真意を物語っている。
あの眼は、一度、大切な人を失った哀しみを味わったことのある人間の眼だ。
言葉少ないながらにも、秘められた想いがルークの透き通った瞳に現れる。
しかし一体ルークは『誰』を失ったことがあるのだろうか。
その事がゼロスの中で引っ掛かった。
やがてイオンからも頼まれたジェイドはやや呆れ気味に溜め息を吐くと槍を仕舞った。歩き出す仲間の
後を追う前にルークはアリエッタの元に跪いて囁いた。
「ごめんな、アリエッタ・・・」
母親は殺してしまったけど、アリエッタ、お前にはどうかこの世界で、明るい場所に出て、生きて欲しい
んだ。
だって
陽だまりは必ず、誰にでもあるのだから。
更新遅くてすみませんっ;;
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08.31
※この長編は疾風丸様のみお持ち帰り可となっています。