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one more Chance!―Mission 5





フーブラス川を超え、カイツールの砦へ到着するまで、ルークは始終無言だった。
そしてカイツールが近づくにつれ、ルークの顔は緊張を孕んで硬くなっていた。隣を歩いていたゼロス
はそれに気が付いて、胸中で首を捻ったが、口に出して直接訊ねるような真似はしなかった。

「さて、アニスは無事でしょうかねぇ」

カイツールに踏み込んだジェイドがのんびりいうと、イオンは「アニスですから」とにこにこ笑顔で言い切
る。その会話にガイはやはり首を傾げてしきりにアニスが何者なのかを気にしていた。ゼロスはその後方で動かないルークを振り返った。

「さっきからどうしたよ、ルーク」

傍に寄り、ルークにだけ聞こえるように声を落として訊ねる。しかしルークは小さく首を横に振るだけで
何もいわなかった。
ただ無言で、仲間たちの前へ現れた人物を凝視していた。

「師匠・・・」

「ルーク、無事だったか」

「ヴァン・・・!」

警戒心を剥き出しにしたティアを宥めながら、ヴァンは微笑んでルークを見た。
ヴァンがルークに近づこうとしたとき。ヴァンとルークの間へ割り込むように紅蓮が上空から降ってきた。着地すると同時に、紅蓮は抜刀した剣を閃かせヴァンに向かって踊りかかっていった。

「っ、アッシュ?!何故お前がここにいる!」

「黙れ髭!ゼロス、てめぇもボケッと突っ立ってるんじゃねえ!」

「・・・いきなり現れてそれですか」

振り向き様に吼えてくるアッシュにゼロスはやれやれと肩を竦めた。突然のアッシュ登場に呆気に取ら
れている仲間の中で(ヴァンは髭と呼ばれたことに軽くショックを受けていた)、ルークは漸く表情を崩した。

「アッシュ・・・」

アッシュは僅かに目を細め、ルークを見た。しかしその視線は直ぐに逸らされ、ヴァンを捉える。やけにピリピリしたアッシュに、ゼロスは傍観を決め込みながら思案する。
髭とルークの様子が変だったことと何か関係があるのだろうか。
ある程度緊張が解された感のするルークはちら、とティアを横目で見ていた。

「今は退け、アッシュ」

「・・・・・・てめぇの思惑通りに事が運ぶと思うなよ」

静かに告げられたヴァンの言葉にアッシュは低い声音で返すと、剣を鞘へ戻して身を翻した。
去る途中にルークの横を通り抜け様、彼へ何事かを耳打ちする。するとルークは目を丸くしたがすぐに首肯して赤毛の後姿を見送った。

漸く事態が落ち着き、一行はアッシュ襲撃に疑問を抱きつつもヴァンに導かれるまま簡素な作りをした小屋へ入った。
そこで誤解だと話すヴァンにティアが疑念を取り去ることは無かった。
ジェイドからイオン誘拐のあらましを説明され、ヴァンは暫し黙り込んだ。そのヴァンへガイが旅券の話題を持ち出し、次いでヴァンは先に軍港へ向かい船の手配をしておくと小屋を出て行く。その途中、ヴァンがルークの横を過ぎる。ルークはヴァンの姿が扉の向こう側へ消えるまで、ヴァンに逢えたことを喜びもせず、強張った表情でゼロスの隣に立っていた。

その日の夜。仲間が寝静まった頃だった。ゼロスは微かに耳へ届いたドアの軋む音に目が覚めた。片方の瞼だけ持ち上げ、部屋の唯一の出入り口を確認する。するり、とひと一人が抜け出れる幅に開いたドアの間に滑り込んで外へ消えた赤毛。極力音が出ないように閉められたドアと遠ざかっていく足音が完全に消えるのを待ってからゼロスは上半身を持ち上げた。
一体この真夜中にどこへ行くつもりだろうか。
朱髪を掻き揚げて暫し逡巡する。窓から差し込んでくる月明かりが憎らしく思えて、窓の外の月を睨む。だが外へ出て行ったルークを探すにはこの月明かりは丁度良いのかもしれない。ゼロスはベッドから抜け出すと、部屋を出てふらふらと赤毛を探しに外へ出た。

ルークは眩しいくらいの明るい月光に、空を見上げて目を眇める。
昼間のことを思い出す。今日は色々あった。

「ヴァン師匠・・・」

かつての師の名を呟き、ルークはぎゅうと顔を歪めて俯いた。
また・・・、またヴァンと戦わなければならないのだろうか。それに、ヴァンに辿り着くまでには強敵である六神将もいる。
それぞれが持つ己が意思でヴァンに従いルークたちへ刃を向けてきた。
人を手にかけるようなことは、出来るならしたくないのは、例え己に向かってくる敵であっても同じ。

何よりこの先には。

「・・・・・・大丈夫、同じ過ちは繰り返さない」

だから、だいじょうぶ。

ルークは拳をきゅ、と握りそれを額に当てて祈るように何度もなんども、だいじょうぶと繰り返した。

それを離れたところから見ていたゼロスはどうしたもんかねぇ、とひとりごちる。ここは出て行くべきか、それとも行かざるべきか。とても悩むところだ。腕を組んで悩むポーズなんてものをしてみる。

「・・・おっ」

ずっと下を向いたままだったルークが顔を上げた。遠目でもゼロスにはルークの表情が和らいでいることがわかった。だから後者を選ぶことにした。
そもそもルークは誰かに助けられてばかりいる弱い人間ではないことをゼロスは知っている。
自分自身の力で立ち上がって前を見据え、歩いていけることを知っている。
ゼロスは微笑を零す。

「強いねぇ・・・」

宿に戻っていくルークを眺めながら、ゼロスも宿に戻るべく歩き出した。

太陽が昇り、ゼロスが身支度を済ませて食堂へ行くとルークはガイと話していた。ゼロスが来たことに気が付くと笑顔でおはようと声をかけてきた。ゼロスもへらりと笑って挨拶を返す。
それぞれが食事をしている中、ガイはルークが嫌いな食べ物を嫌々ながらも口へ放り込んでいることに随分と驚いていた。ガイにそのことを指摘されると、ルークはニンジンを口に入れたとき以上に渋い顔をした。

「食べないと頭に拳骨が降ってくるんだよ。・・・あれ、マジで痛いんだよなぁ」

ルークはどこか遠くを見つめていった。誰が、という主語が欠落していたがガイはそれを訊くこともなく嬉しそうな顔で、そうか、とだけ返していた。
出発する準備を整え、カイツールを出て軍港へ向かう。
三日間歩きとおし、辿り着いた軍港は異様な気配に包まれていた。ルークは軍港に入った途端、駆け出す。ガイがその後を慌てて追いかけ、ゼロスもそれに続いていく。
向かう先から響いてきたのは人の悲鳴と、魔物の咆哮。

「アリエッタ・・・!」

船、倒れて動かない人。それとヴァンが剣を抜きアリエッタと対峙している。ルークはアリエッタに向けて叫んだ。

「関係ないひとを巻き込むな!」

「・・・・・・そのひとたち、死んでいないです」

「え・・・」

意外なアリエッタの言葉にルークがポカンとする。ガイは真偽を確かめるために近くに倒れていた兵士の口元へ手を当てる。

「・・・息はあるな」

「なんで」

「アッシュにいわれました。ひとを殺すな、て。だから殺してないだけ。・・・ルーク」

それと、イオン様。コーラル城に来い、です。
そこまでいってアリエッタはふつりと黙り込む。ルークは頷いた。

「わかった」

そこでイオンとアニスがやってきて、イオンは呻くような声でアリエッタの名を呼ぶ。アリエッタは泣きそうな顔をさらに歪めてイオンを見たが、アニスがイオンの傍に立つと彼女を睨みつけた。アニスも負けじと睨み返していたが、アリエッタは人質を魔物に掴まさせたまま空高く飛翔し、去っていった。
緊迫感が消えるとヴァンは息をついて剣を鞘に収めた。

「・・・船はほぼ全滅だな」

「師匠、俺はコーラル城へ行きます」

「何だと・・・?」

「連れ去られた人は整備士の人ですよね。その人を助けに行きます」

「ルーク、僕も連れて行ってください」

イオンがアニスの腕をやんわりと押し返しながらルークに言い寄った。それに異論を唱えたのはヴァンだった。

「戦争を回避することが何よりもの優先事項なのでは?」

「ですが・・・!」

「目の前のひと一人を助けられないで何が戦争回避だ!」

「ルーク?」

「俺はコーラル城へ行きます」

ルークはヴァンの制止を振り切って軍港の入り口へつま先を向けた。その後をイオンが追いかけていく。ジェイドは呆れたように肩を竦め、ティアは複雑そうな表情を浮かべた。
ゼロスがちらりとガイを見ると、ガイの濃い青の双眸とはたりと視線が出逢った。ゼロスは悪戯っぽい笑みを口元に乗せ、ガイに声をかけた。

「色々驚くことがあって大変だなー」

「全くだ。あのルークの変わりようはキミの影響なのか?」

「いや、俺さまじゃねーよ」

「そうなのか」

「複雑か?」

「・・・・・・どうだろうな」

ガイは前を突き進んでいく朱髪を視界に映し出しながら、感情の読めない声で呟いた。

















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12.14

※この長編は疾風丸様のみお持ち帰り可となっています。